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 街は下校する学生、退勤するサラリーマン達でごったがえしていた。今日も各々がひと仕事を終えたとあって跳ねているような足取り。

 俺は原に表向きは賢ちゃんの件について報告すると持ちかけて、夕食を駅と隣接している建物内の適当な店で一緒に食べることにした。

 無事、発見されたと一報を受ければ親しい間柄の人はみな「どうしたの?」と気になってはいるがいい歳した男性が突如、行方をくらましたとあって安易に触れられない事情があるのか? と気まずさがあり単刀直入に訊くことができずにいた。

 そんな中で俺が先陣を切って賢ちゃん宅を訪問してそれを実行したので、原も前日の誘いとはいえ多少、強行でも予定を空けてくれたようだ。

 先に入店して席に座って待っていると、約束の時間より二十分遅れて原が到着。キョロキョロと目を配らせ俺を見つけるとハァハァと急いでやって来た。

 椅子にリュックをドスンと置いて「わりぃ遅くなって」と謝る。

「いいよ。こっちもいきなりだったし」

「先ずは注文しようか」

 メニュー表を掴んで品を選ぶあいだは互いに無言だった。どこかのテーブルでは男性二人が大声で笑い合っている。

 日付が変わる頃には店をはしごして、酔っ払ってしまいバカ騒ぎしているなんて今日の俺達には無縁だろう。

「俺は、この、和風たらこパスタ一つで」

 日本語がまだ所々、不自然なアジア系の外国人店員に注文を告げると、俺はお冷やをひと口。原はおしぼりを開封する。

「まぁなにか、複雑なのかは知らんけど賢ちゃんは連れ去られたんじゃなくて自らいなくなったんでしょ? 俺はもしかしたら夜行バスとかでどこか遠くへ行ってしまったのかなと思って。で、それはなく石田が近所で発見してくれたわけだけど、その……なんでいなくなったりしたのかはちゃんと教えてくれたってことで良い?」

 おしぼりで手を拭くのはどうでもいいようにただ広げていじっているだけだった。

「そうだね。本人からしてみれば深刻なんだろうけど、どうにもならないような悩みじゃないよ。ほら賢ちゃん、今年に入ってから結果が出せてないじゃん。しかも強豪プレイヤーとは思えない酷い負け方で。それで気に病んでいたみたい。このままじゃ来年は大きな大会にも招待されず予選も勝ち抜けそうにない、まともに賞金も貰えないからプロゲーマーとして生活が出来なくなるって」

「そんなんでいなくなったの? 莫大な借金から逃れたいとかならまだ分かるけど」

「借金って……賢ちゃんは全盛期には一流企業で働く人並みの収入あったけど、それでも生活が贅沢三昧にはならなかったでしょ」

「いや、俺は具体的には何も思いつかなかったから、もしや借金と思っただけで。他だと家族の問題とか? そういう問題だと親友でも所詮は赤の他人で、干渉しづらくて相談できないだろうし。ゲームを仕事にしているから、成績が悪いのもそれはそれで石田の言うように生活かかっている深刻な問題かもしれないけど、それで自宅から逃げたって気休めにもならんでしょ。それが原因なら大会に出ても負けるのが怖くて無断で欠場、こっちの方がまだ納得する」

 さて、ここからどうするか。原がもやもやしているように賢ちゃんは当時、自ら失踪する気なんてさらさらなかった。それを手招きした張本人である柏木の存在を原にささっと打ち明けるべきか。

「原は俺のことを人を探すのが上手いって思っている?」

「えっ、いきなりなに? ……あぁ思っているよ。こないだも言ったけど昔、小学生を見つけてお手柄だったわけだし」

「そのについて、他にコメントできることはある?」

「他にコメントって……俺からなにを引き出したいの?」

 あまりにも回りくどいか。目を丸くして純粋に困っているみたいだし。この挙動だと原は裏にある本音をなんとなくでも汲もうとしている感じもないな。

「ごめん。試すような質問して」

「試すってなにを試したの?」

「ご注文の品をお持ち致しました。これが和風たらこパスタですね。どっちのお客様でしたっけ?」

「俺です」

 原は邪魔すんな、ってか品数は少ないんだから覚えておけ、様々なクレームを含んだ眼差しで店員をにらんだが、声は極めて明るかった。

「こちらがナポリタンになります。ご注文の品にお間違えはないですね?」

 俺が大丈夫だと言うと店員が伝票を置いて去る。

「料理が来たことだし食べようか」

「ここでワーイって食べられるかよっ」

 それには応じず俺はフォークを木製のかごから取り出して麺に絡めつけた。舌打ちのような音を立てながらも、俺の固い意思に観念したのか原も食すことにしたようだ。

「味は上出来だけど、量は少ないよね。俺、味も量も文句なしのラーメン屋をこの前、職場付近で見つけたのよ」

「へぇー」

 おっさんの年齢に差しかかっている男二人が向かい合って黙々とパスタを食べているシーンに耐えられなくなったのか。原は賢ちゃんの件とはなんの関連性もなく、どうでもいいような話題をふっかける。元々、喋るのが好きだから特に無理はしていないだろうが。

「その店、サブメニューの唐揚げがとにかくデカいのよ。運ばれてきた時びっくりしちゃった」

「それは嬉しい誤算だね」

 そろそろ俺からも話題を提供した方が良いかもな。

 ……そうだ、これでいこう。

「そうそう俺、昨日いいバンドを発見しちゃったんだ」

「バンド? 音楽の話か」

「そう。残念ながらもう活動はしていないんだけど、サウンド的に原も好みなんじゃないかな。バベルって言うんだけど」

 バベルという単語に、フォークを持っている手が連動しているかのようにタイミングよく止まった。

「三十年くらい前のバンドで、だいぶ古いなって思うじゃん。けど、音楽ってその時代の流行りなんかを写しているんだろうけど、その時代を肌で感じたことがない人が聴いたらむしろ前衛的で、かっこいいなんて思ってハマることは珍しくない。音楽、芸術は本物であれば時代を越えて愛されるってのは言い得て妙だなって初めて感じたバンドなんだ」

 評論家が絶賛するように誇張してはいるが、あのバンドが現代でも通用するだろうと認めたのは本心だ。ここまで感想を述べればそれなりのリアクションが返ってくるはずなのだが、原は俯き腕が小刻みに痙攣しているみたいだ。

「どうしたの? そのパスタに変なものでも混入してた」

「いや……バベルってバンド、その」

「あっ、もしかして記憶は正しかったかな。そのバンドのベースって原のお父さんの兄弟なんでしょ?」

「う、うん。そうだよ」

 か細い返事で頷く。原らしくない。

「それと今、見るからに生気が無くなっているのは何か関係あるの? やっぱりパスタのせいで腹の調子が悪くなったんじゃ」

「ははっ。俺も、こっちの腹も大丈夫だよ。ただ……そのバンドってボーカルの人が早くに亡くなったり悲しい末路だったでしょ。それでちょっと感傷的になっただけだよ」

「そっか。いつかの配信では自慢気だったとはいえ、ついでみたいに紹介していたと思うけど、思入れはあったんだな」

「よく覚えているな。石田……石田はを観てしまったのか?」

 きた。あの動画とはしかないだろう。

「あの動画……動画と言ってもたくさんあるじゃん。他とは違う特別な動画なんてあるの?」

 あれだけ動画がアップされているが、その全てに力の影響を受ける作用はあるのか? その疑問に答えてもらおうと敢えてとぼけてみた。

「一つだけ、とんでもない、曰く付きの動画ある」

「なにそれ。呪いの動画だったり?」

「呪い……死ぬわけじゃないけど特別、強い魔法がかけられている動画だ。観る人によっては、させる……」

 原はあの動画の秘密について、俺と同じくらいの知識量があるとみた。これなら。

「ごめん。また試した。ここからは腹を割って話そう」

「またダジャレかよ。……石田、お前は観たらやばくなるかもしれないぞ」

 やばくなる……そうだったかもしれない。

「原は見ることができるのか?」

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