9
「この渋谷の地で発端となる事が起きたのは分かったが、もう少し長台詞を喋らせてあげてもよかったんじゃないか? 柏木さんよ」
「そうだよ。藤原さんにあなたは何を話したかも気になったし」
「安心しな。そこをばっさりカットしたってことは大した中身はないってことだ。さて、じゃあ仕上げにパソコンでもスマホでもインターネットで『バベル バンド』って検索してみな。そこから出てくるある動画を再生すれば次のページがめくれるはずだ。そうそう、訂正しておくと藤原は四十代で俳優を辞めたと言っていたがその時点では歳はもっと上だ。芸能人になりたい奴らはよく年齢をごまかすよなまったく」
手短に済ませて柏木は赤く発光したと思ったら、霧のように薄くなり可視できなくなる。
「……あれが例の柏木なんだ。私にも見えたってことは同じ空間に居たってことだよね」
「そうか、そういうことになるのか。もしもまたあの気持ち悪い空間に行かされたら……戻ってくる頃には何時になるんだ? もしかしてその辺の気を遣ってくれたとか」
「そんな細かい所の気配りが出来る人は悪い人じゃないよ」
「悪い人じゃないって、でも藤原は……」
なんでこんな会話をしているのか。地に足が着いておらずふわふわしているからか。それだけ藤原の最期は、グロテスクだった。大の大人が絞った雑巾みたいに細長くなって……。
「藤原さんは、この年代までもしも生きていたらもうだいぶご高齢で亡くなっていてもおかしくなかったんじゃないかな? これも、殺したわけじゃないんじゃなよ、きっと」
「もういい。第二のヒントは貰ったんだ。家に帰って、その動画とやらを検索しよう。動画ならパソコンの大画面で」
「キーワードからしてそれって音楽の映像なのかな。藤原さん、ライブハウスの隣にある店で夕ご飯食べていたって言ってたし、そのライブ映像だったり? どこなんだろう。ちょと探してみない」
「ケバブサンドを売っている店が隣にあるライブハウス……今もあるのか。三十年も経てば無くなっていてもおかしくない」
「それもそうだね。渋谷にはライブハウス沢山あるし、残っていてもその目印のケバブのお店はもう無くなって特定が地味に時間かかりそう」
歴史探訪と言うには味気なさそうでそんな跡地に行ったところでしょうがないか、となり俺達は退却することにした。
「そういえば、さっきすっごい怖かったの。どんなに捨て身になっても、洋一朗に追いつくことはできない、そう悟ったから。どこにも、あっちの世界に、行かないでね」
「……なに言っているのかよく分からない」
冷たくあしらってしまったが、玉川は意に介さず俺の右腕に手をかけて身を委ねる。
俺はどこかへ向かおうとしている……。
自宅に着くまで俺は抜け殻みたいになっていた。
「ちょっと多すぎない……」
柏木が指定したキーワードで検索をしてみたところ、動画に絞ってみても画面いっぱいに埋め尽くされたサムネイルが展開された。
検索した際にトップに表示される簡易なプロフィールを読む。
バベル。四人組バンド。2023年に結成。活動開始直後からクオリティの高い楽曲を次々と発表して徐々にファンを増やしていき活動開始三年目では早くも日本武道館でのライブを成功させるが、翌年にボーカルであるKAZUMAが急逝したためそのまま解散。
音楽ファン、同業、関係者の間では彗星の如く現れて圧倒的なカリスマ性を見せつけたままメンバーの急死をもって解散したため伝説的なバンドとして今なお語り継がれている、か。
破竹の勢いで成功を収めたバンドだけあって情報量は多いわけか。
「あっ、この動画たち大体はバンドの公式チャンネルが上げているみたい。そこにまとめられているなら過去の映像を発掘するのも楽なはず」
「第三者が勝手に上げた違法アップロードじゃないのか。これだけの数を無料で公開しているなんて太っ腹なバンドだったんだな」
「うん。プロモーション用のミュージックビデオならタダで観られるものだけど、長さからしてダイジェストじゃないライブ映像もそれなりにありそうだからね。じゃあ、並び順を古い方から順にして……。あっ、タイトルに渋谷の文字が。これかな。初めて投稿したライブ映像みたいだし。クリックっと」
動画が再生されると間髪いれず、夜の渋谷の街並みが流れると共にズンズズンと巨人の足音みたいな音がバックで鳴っている。これはドラムの音か。
そこから数十秒後に会場の後方に設置されてある全体図を撮っているカメラからのアングルに切り替わった。先ほどからのドラムの音はライブ音源を重ねていたのか。暫くスピーカー越しから響いていた。
音響に優れているわけではない貧弱なスピーカーからでもそれなりの音圧。売れる前のバンドが少ない予算で初期に撮影した粗い音質ではないなこれは。
他のメンバーも袖から出てきた。ギター、ベースとそれぞれの楽器を肩に掛ける。
ギターがメロディアスな旋律を奏でるとアングルがギタリストのアップに変わる。複数のカメラで撮影して、作品として編集までされているのか。収録に思った以上に金かけているな。これが売れるバンドの気合いなのか。
ベースの低重音が追加された。今度は巨人の息遣いのようだ。三つの楽器がそれぞれの音を鳴らして曲の輪郭がはっきりする。
満を持してボーカルがアップに。照明が暗めで表情はよく確認できないが、なんだこの魔術師みたいなシルエットは。長身でスリムな体型だ。
心臓がドクンドクンと加速する。そして、腹のあたりから湧き出てくるものがあった。
ひっ。どういうことだ。3D機能もないし、そのメガネも装着していないぞ俺は。
なのに、なんでパソコンの画面から、青白い蝶が飛び出してくるんだ!
「どうしたの?」
目がくらみ、後退りして壁にぶつかりそのまま背を擦りながらずるずると……またもや尻もちを着いてしまった。
これが、藤原の言っていた蝶……。
何十、いや何百匹の蝶が……!
「画面を閉じてくれっ!」
雷に怯える子供みたいに頭を両手で隠して尻を前に丸くなる。
「ど、どうしたのよ。えっ、と……ほら、画面は閉じたよ」
震えながら顔を上げる。よかった。蝶はいなくなっていた。助かった、でいいのか?
「お前は蝶が見えなかったのか? あの青白く光る蝶が」
「蝶って、藤原さんの言っていた? 映像にはそんなの映っていなかったと思うけど」
「映っていたんじゃない。貞子みたいに画面から飛び出してきたんだよ。それも、尋常じゃない数の蝶が」
「貞子って……あぁ、あの古典ホラー映画ね。私には見えなかった。でも、洋一朗には見える。……この違いもその、新人類とそうじゃない人の差?」
「これ、
「再生数は……動画は再生しないでおくね。すっごい。八千万回以上、再生されている」
脳内で意味不明な呪文のような語りが何度も何度も俺に投げかけてくる。反響してこめかみを小突かれているみたいだ。これは昔、夢でも同じようなものを聴いたあれに似ている。
あんな拒絶反応を示したのに、なぜかまたあの映像に
渋谷で起きたビックバンは、こうして範囲を拡大させていったってわけか。
パソコン、インターネットに高性能な携帯電話が普及して個人が映像を手軽にシェアできるようになった時代だからこそ実現できた。
それ以前の時代であれば拡散力はごく僅かでこうはいかなかったであろう。
「はい。ジャスミンティー。ちょっとは落ち着いた?」
渋谷のあるライブハウスで行われたライブの模様を収めた映像が動画サイトに投稿されて、全世界の人々が観ることができるようになる。
その映像には柏木に匹敵するとんでもない力を持つメンバー、俺と玉川はバンドで一番目立つポジョンであるボーカルKAZUMAであると仮定して、そのKAZUMAが歌っていたことにより、それを観た人がその力に感化されて結束されていく、おおよそはこんなところだろうと結論を出した。
「歌って団結を促すか。なんか、かっこいい。魅力ある人がステージ上で歌えば、普段はおとなしい人もライブ中だけは騒いだりすることあるからね。一部は決して新人類さんだから出来ることでもないけどね」
「あくまで、かもしれないっていうだけで違う場合もあるけど、ボーカルが登場した時に
「うん、洋一朗が推しの名を叫んで楽しむとは思えない。私も音楽で感動することなんて、耳や眼が肥えてくるとそうそう無くなってくるんだけどね。久々にイントロから釘付けになっちゃっていた」
「とりあえず、あの映像に特別な力が込められているとみていいだろう。時代背景からこうなることは遅かれ早かれ必然だったんだろうな。葉山はそんな力の持ち主は大昔からいたんじゃないかと言った。それでもここまで支配の歴史が傾くような事は起きなかったのは影響力を及ぼせる範囲が限られていたから。でも科学技術は飛躍的に進歩して、それはこうして映像などを電波に乗っけて投稿することによって可能になったでもう間違えないだろう」
「なるほどねー。で、それによってどうなったか? 十年、二十年と経っても何も変わっていないように思いますけど」
天秤のように左右の手を天井に向けてなぜ? というジェスチャーをする玉川。
奇妙な事件なら未だにちょいちょい起きてはいるが……。
「そう、それはなぜなのか葉山もずっと解明できていないみたいでその真意を計りかねていた。今度はなぜここまで長い期間大人しいのか、柏木さんが次の道標を示してくれると嬉しいんだが」
が、柏木は出てこない。家に来られても正直、困るが。
「あのバンドメンバー達は現在、何をしているのか調べてみようか。ボーカルの人は若くして亡くなったみたいだけど、そんな不幸がなければどの人もまだ存命している年齢のはずだから」
「それはいいアイディアだな」
バンドメンバーの内、何人が新人類だったのか。そこも気になる。そう一気に何人も集まるとは思えないが、包み隠さず力は共有されていたのか。
どちらであっても当事者ではある。一人くらいコンタクトが取れたら次へ進めそうだ。
「なにこれ。このバンド呪われているの……」
玉川が自分のスマホを手に絶句した。
「呪われているって?」
「ギター、心不全で五十六歳でお亡くなりに。ドラム、ラストライブ前に急な脱退をしており以後、音楽活動は確認されていない、元からメディア露出もなく、SNSのアカウントも作っていないため近況は不明」
「四人中、三人は駄目ってわけか。しかもギターの人も早死にしている。ベースの人は?」
「現在はアメリカに生活拠点を移している、とだけ。ベースの人をもっと詳しく調べていけば、ホームページとか見つかって問い合わせできるかもしれないけど」
「アメリカで生活しているとなると直接、会うのは容易じゃないな。……今日はここらで終了でいいだろう。続きは明日以降」
逸るような有効な一手がなさそうだとなるとやる気は尽きて、バタンと横になった。
「了解。お疲れ様でしたー」
とは言うものの、玉川に検索は任せっきりで大半が
ボーカルのKAZUMA。ミュージシャンではお馴染みの長髪で、編み込みをしている。メディア用の写真だろうが鋭い目つきで異彩を放っている。
この人は、アメリカに在住しているベースの人みたいだが……どこかで見たことがあるぞ!
どこでだ? 記憶をかき集めてどれだと選別する。
実は会ったことがありました、はないだろう。こんな赤い髪色で、しかもとさかみたいな髪型をしている人を前にしたら忘れるはずがない。なら……。
『父さんのお兄さんが……』
これは原の一言。思い出した。原のいつかの生配信中の雑談で自慢話みたいに語っていた。
父親の兄が有名なバンドに所属していた。その紹介でパソコン画面を表示させてこの人の写真をでかでかと……!
原はこのベースの人と親戚に当たる、これはなかなかの接点だ。こんな身近な所に重要な情報源を持っていそうな人がいるとは。
こうなると原、そしてその家族、親戚も一枚噛んでいるなんてことは……これはデリケートな部分ということもありうる。
ここは慎重に飯にでも誘って……またしても玉川には悪いが、玉川抜きでそれとなく尋ねてみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます