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 葉山のめいにより俺をここまで尾行してきたこの美女の名は玉川彩那たまがわあやなという。

 手足を拘束されたわけでもなく相手が女性なら力で負けず逃げようと思えば逃げられたと思うが、俺の生活圏までやって来た曲者。ここは渋らず命令に服すことにした。なにより葉山が怒っているというのは威し文句としては抜群の効果だった。

 駅から徒歩で三分ほどの有料駐車場まで連れて来られた。鉄筋で建てたれた二階駐車場、左横にはそこそこ広い舗装された土地に自転車、バイクも停められるようになっている。屋外ながら通行人の目からは身を潜められる。

「初めてじゃないんです」

 一階の駐車場内へ入り玉川の車かもしれない車体の横まで行くと、振り向きこう告げた。

「初めてじゃない?」

「あなたのように直接、会いはしたもののその後、連絡手段を全て絶って消えたのは。だからそれを見越して私が密かにマークしてたんです。葉山さんと別れた後は私がけて、どこに住んでいる人なのか等リサーチします」

 葉山よ、どれだけ嫌われているんだ。

「無断で蒸発してしまったのは悪いと思っていますが、それはもうこの件については葉山さんのように熱心になるだけのモチベーションがなくついて行けないからなんです。そこは自由ですよね?」

「ふーん。そのわりにはスカイプのアカウントやメールアドレスが即日、削除されてたり無効になっていたそうですけど。もうこの件に関してはいいかなーなんて緩んでいる人が迅速にこんなことしますかね」

 鋭い。が、相手はこうなることは想定していたんだ。このくらいの監視は当たり前か。もうどう弁明しても穴があってお手上げだな。

「……これまで蒸発した人はどういうつもりでいなくなったかは存じませんが僕は、葉山さんがただ単にどうも苦手なタイプだなって思ってしまったから協力関係になりたくなかっただけなんですよ」

 これは嘘偽りのない心。このまま付き合いを続けたらいずれ化けの皮が剥がれて、後悔することになる。俺はそう見越したからこの選択をしたんだ。

「あっ、石田さんもそうなんですね。なんか安心した。私だけじゃないんだって」

「じゃあ、玉川さんも?」

「はい。だってどこへ行くのか完全ランダムな人の尾行を頼まれるなんて給料貰っている刑事でもないのにやってられないじゃないですか。おまけに交通費、自腹なんですよ。新幹線や飛行機の利用であまりにも高額になるなら支給される温情はありますけど、それでもヒヤヒヤしますからね。今度こそ旅行でもないのに北海道とか九州に行かされたらどうしようって。なんつーか、人使いが荒いってことですね。目的達成のためなら人間をためらわず駒として使う、自分は指令官になったつもりでそこまでの肉体労働はしないってスタンスです。そりゃあ、ちょっとの不満くらい出ますって」

 入会前の無料体験者には手厚くもてなしておいて、手懐けたとなったらぞんざいに使っていくパターンか。ジャンル問わずどこでもやり方は同じだな。

「あっ、でも葉山さんが取り組んでいることは面白い、価値あるものだとは思っています。そこは思い違いしないでください。詐欺もグレーな商売もしていませんし、お話した通りの研究や調査をきっちりしている方です」

「ちなみに玉川さんはなぜ葉山さんに協力しているのですか?」

「私は代理なんです。元々、問い合わせたのが私が尊敬している先輩なんですけど、安全な所なのか気がかりだった私が代わりに突撃して、その流れで。先輩は心も身体も弱っているし後輩の私が一肌脱ごうってなりました」

「先輩というのはお勤め先の?」

「勤め先というか、芸能事務所の先輩です。私、モデルを中心に色々と芸能活動をやっています」

 どこか一般人とはかけ離れた面構えだと思ってはいたがモデルだったか。その地位になれた人とこうして対面しいてみると学校で一番美人くらいの容姿ではなれないと彼女が体現しているな。

「その先輩も会えることになったということは、葉山さんが食いつく体験談をお持ちだったからなんですよね?」

「……そうですね。石田さんは読んでいませんか? あのサイト内に記事になって載っています。その先輩の婚約者が水難事故に遭って亡くなったんですけど……」

「あっ。読みました。あれですね」

「それなら話が早いです。その人とは紆余曲折ありながらもようやく結ばれた人だったんです。そんな最愛の人をまだ二十代という若さで亡くしてしまった。ショックは想像を絶するものだとは思いますけど生きている、しかも歳を取っていない姿を目撃したなんて……。あの事故がなければ先輩はきっともっと精力的に活動が出来ていたはずなのに。まだその過去を振り切ることができていないんです」

 涙ぐんでいる。玉川さんにとってその先輩はそこまで偉大だったんだな。

「その目撃談に信憑性あるんですか。あのサイトには歳を取らない人間が何人か登場していますけど」

「……はい。私はいくら先輩の証言でも内心では信じていませんでした。元が不安定な状態ですし。でも……あの日、その考えが初めて大きくぐらつきました」

 なんだ。瑞々しい若者からいきなり老婆が語りかけるように低い、しわがれた声に豹変したぞ。

「石田さんはあの日、あんなに急いで走って逃げたのですか?」

 そうか。尾行していたのであればあの場面をしっかりと目に焼き付けていたか。

「私には石田さんが見たものが見えませんでした。その視線の先の床に何があったのか。私はそこへ身を屈めながら手を伸ばそうとしました。そしたら……『やめておけ』と背後から低くガラガラな男の声。さらに続けて『そこを越えるとあんたも。そうなったら戻って来れる保証はねぇ。あのあんちゃんを追っかけるんだろ。急がないと見失うぞ』と私の耳元で囁きました。私はもう課せられた任務などよりも、あまりの恐怖で走り抜けました。石田さん、あなたは何を見たっていうんですか!」

 未知との遭遇に玉川さんは憑かれてしまったか。持っている情報を差し出せと圧がすごい。

 ——

 ……それは、まさかか……!

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