第二部「新人類」

1

 仕事帰り、俺は駅前の商業施設内にあるトレーニングジムでカーディオマシンなる物に乗って汗を流した。そんな名称であることをついこないだ認知する。

 この数日で様々な出来事が起きた。有酸素運動をしてごちゃごちゃになっている脳内をリフレッシュさせるためにはちょうどいいだろう。

 ただひたすら走った後はシャワーも浴びて、いらないものは身体から洗い流された気分になる。ラストは施設内に売られているバナナスムージーを片手にジムを出たのだが……。

 電灯がなく薄暗くなっている隅っこで男女二人が小声で口論をしていた。

 お節介とは縁のない俺の性格なら仲裁になんか入ることはないのだが、その両氏がまさかの知り合いとなったら反射的に立ち止まってしまうのはやもなし。

 しかもこの組み合わせはどういう経緯で……。

「あっ石田さん! もう助けてくださいよー」

「えっ……あっ、あなたこの前の!」

 バタバタと寄ってきたのは福西沙紀ふくにしさき。同じくこのジムに通う女性。まぁ、ここはいいだろう。

 もう一人が……そう、この前バスを乗り間違えて俺に道を尋ねてきた男。勘弁してくれよ。なんでまた会うんだよ。

「うそ、こいつと知り合いなんですか?」

「いやー知り合いというか、数日前に道を尋ねてきた方で……どうしてこちらに?」

「なんだ、それだけなんですね。石田さんとこいつが仲良いわけないですよね。でもすごい偶然か」

 おい福西、事実でもいちいち一言、多いんだよ。

 ほら、仏頂面で唇が忙しいぞ。

「どうしてって、僕もここを利用しているんですよ。まだ通い始めたばかりですけど」

 うん。ちょっと遠くなるけど東口のジムに変えようかなー。あっ、もしかしてどこかで会ったことがあるって聞いてきたけど、ここですれ違いでもしたのか。よく覚えていたもんだ。

「そりゃあ、そうですよね。で、なんか揉めていたみたいですけど、またどうして?」

「この男、肥満体型を改善したいからジムに通っているんじゃなくて、本心は若い女の子とお近づきになりたくて通っているんですよ。私と仲の良い子がそれで困っていて私が今、注意したところなんですよ。石田さんからもガツンと言ってやってくださいよ」

 なるほどね。共通の趣味を口実にして出会いを求める手法か。さて、関わってしまった以上どう切り抜けようか。

「えーっと、お名前は伺っても宜しいでしょうか?」

平山竜也ひらやまたつやです」

「平山さん。福西さんの仰っていることは本当ですか?」

「いや、まぁ、若い女性に話しかけているのは本当ですけど、こういう同じ趣味を持っている人が集まっている場なら話しかけたくもなるじゃないですか。それだけのことですよ」

「だったら別に男性でもいいはずですけど。私の知る限り同性に声をかけている所は見たことありません」

「男性だとあまりにも体型が違い過ぎて劣等感から話しかけづらかったんです。ほら、ご覧の通りこの体型でしょ。ここの男性はみんな羨むくらい鍛えあげられている人ばかりで、だから女性ならまだ風当たり弱いかなと思ってのことです」

「うーん。平山さんの言い分も決してわからなくはないけど……」

「だったら、女性が気味悪がられないようにお願いできますかね。少なくとも今、ターゲットにされている子は絶対に出会い目的丸出しって思ってますよ」

 ターゲットにされているって、もうあなたのことは信用してませんって言っているようなものじゃないか。なんでこうも喧嘩腰になるんだ、この女は。

「あーもうっわかりましたよ! 僕はもうここへは通いません!」

 やけになって去っていく。さすがにかわいそうだったな。

「福西さん、ちょっと言い過ぎな気が……」

「いいんですよ。あのまま穏便に済ませる方向に持っていってもまたいつか再発して、同じことをしますから。ストーカー事件だってそうでしょ。いくら警察が介入しても解決はしない。それで結局どうなりましたか?」

 あのままここは様子見しましょうとなって、一件落着となったかは疑問ではある。それは学校現場でいういじめ問題と似ている。はい、仲直りとなって握手をさせてもまたやらかす確率は高い。

 けど、それで叩きのめしたところでどうなるか。福西はその点は考慮してなさそうだ。今後、何事もなければいいが。

「石田さんは逆に優し過ぎるんですよ。あんな見るからに嫌われていそうな男、優しく扱う必要ないですって。友達が被害に遭っているならなおさらです」

 お礼に今度、食事でも奢らせてくださいと誘いを受けて福西とは別れる。別れ際に適している社交辞令ではない熱があった。

 ここがチャンスとばかりに。こちらも本気にしているかもしれんな。

 一緒に居て苦ではない。付き合って長続きする女性とは彼女のような性格の子のことを指すんじゃなかろうかとここまで巡り会ってきた女性を振り返り考えに耽る。

 俺みたいな物静かな男は女性の方からグイグイと引っ張ったりアクションを起こしてくれた方が助かるんだよな。

「石田さんと僕って何が違うんですかね?」

「うわっびっくりした」

 エスカレーターを降りてそのまま直進でガラス張りの自動ドアから外へ出ると、真横に張っていたのは平山だった。まだいたのかよ。

「何が違うって……具体的には僕とどこら辺と比べて?」

「石田さんは待っていても可愛い女の子がやって来ます。でも、僕は行動しなければ会話すらままならないどころか拒絶される。この違いってなんですか?」

 そんなの第一に見た目の違いだろうそんなことも自己分析できないのか、と福西のように面と向かって指摘する勇気は俺にはない。自分をイケメンなどと自信満々に評すること自体、吐き気がするが。

「うーん、平山さんは不機嫌になると、怒りの感情を過剰に露わにするのが欠点なんじゃないかと。大人なんですからもっとクールに、或いはにこやかに何事も対処すればまた違う結果になったりするかもしれませんよ……」

 また適当なことを。ここでスバっと一撃をかませればさっきみたいにグダグタせずに終わるのかな。福西の度胸が一転して輝いてくる。

「やっぱり石田さん、いつも笑顔を絶やしませんもんね。それが女性を惹きつけるってことか」

 真に受けているよ。それは小手先の、枝葉の部分であって自分はもっと幹の部分を育て直した方が良いってなぜ直視できない。

「まぁどうすれば異性から好かれるとか、僕にはよくわからんのでこういう相談は別の方にしてくれませんかね? お力になれず申し訳ないですが」

「福西さんのこと、どう思っています?」

「えっ?」

「いきなりぶちまけますけど僕、福西さんに一目惚れしてたんです。けど僕、本命の人を前にするとアガッてしまうので、先に親しい友人と接点を持ってからじわじわと心の準備をしつつお近づきになるって作戦にしたのですが、まさかの勘違いでファーストコンタクトが悲惨な有様になってしまったので、もうあそこから挽回するのは不可能でしょうね。それよりなにより、福西さんがあなたに助けを求めて近寄った際にさりげなく、それでも腕をがっしり掴んでから甘えるような表情をしていました。多分、福西さんあなたに惚れてますよ。あれは軽いボディタッチなんてもんじゃない。なので、どう思っています?」

 まさかの惚れていたのは福西の方であったか。その女性から容赦ない罵詈雑言を。あぁ神様、どうか彼にお恵みを。

「僕は特にどうこう思っていませんよ。恋愛感情もありません」

「どうしてですか! あんな魅力的な女性なのに。もう彼女がいるとか?」

 平山からしてみれば女性の方から好意を抱かれるなんて夢のまた夢なのだろう。自分が手に入れたくてしょうがないものを釣り名人みたいにホイホイ釣り上げておいて、それを放流してしまっている俺が恨めしくてしょうがないのかもしれない。

「洋一朗、いつまで話しているの? 早くしてくれない」

 俺を下の名前で呼ぶ者は数少ない。

「あっ、もしかしてこの人が……。くっ……失礼しました。僕はここでおいとまさせて頂きます」

 平山を一瞬で撃退してくれたこの女は何者だ。俺の彼女? 付き合っている人がいる覚えはないが……。

 長身でショートカットのこの美女は何者なのか。俺は初対面のはずなのに名前を調べられている。どこから個人情報を、ってか俺はいつからそんな狙われる対象になったのだ。

「葉山さんが怒っていますよ」

 あっ、そういうことか。あっちが一枚上手だったか。

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