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 そこからの返事は約三十分後とさらに早かった。俺からの返信をずっと待ち焦がれていたのだろう。明日、会えるってだけでこっちは気後れするほどの感謝の言葉が述べられていた。

『あと、メルマガ登録の特典であるサイト非公開のエピソードはご覧になられましたか?』だと。

 そういえばそんな文章があったような。見透かされたようでいささか気持ちよくなかったが、事前に目を通しておくことをお勧めするという忠告にはむきにならず従うべきだろうな。

 これを見れば俺は相当たまげるらしいがさて、どんなものなのか。

 先ほどの自動配信メールの最下部にURLがあった。PDFファイルのようだ。パスワードを入力すれば閲覧できる設定になっている。URLの真下に記されている四桁の番号を入力してファイルを開いた。

 一ページ目に二枚の画像が肩を並べられて貼られていた。これだけで俺はこのファイルの全容を大筋で掴むことができた。

 予想通り二枚の写真には同じ人物が写っている。

 一方は無理矢理、拡大したように不鮮明でぼやけており、もう一方は文句なしの鮮明な高画質の写真。最低でもHD画質だな。

 歳を取らない人間は他にもいたか——

 眼鏡をかけていて、肌は不健康なほど白く身体の線は細い弱々しそうな男。夏は海水浴、川辺でバーベキューなんてものとは縁がなくずっとクーラーのきいた部屋で過ごしてそうだ。

 それを物語っているように画質が粗い方の写真は半袖での白いポロシャツという夏服の装いで学校の図書室のような一室に居る。本に没頭して篭りがちになるさまがお似合いだ。

 そこで背筋を伸ばして本棚をバックにして、縦に長い机の前に設置されている椅子に座って撮られていた。他に写っている人はいない。本人の目線からもこれは同意のもと撮られた写真であろう。

 高画質の方は男女四人の集合写真だ。田んぼが後ろに広がっている。

 女性二人が腰を下ろしており、男性二人がその後方で立っている。

 もう一人の男性もなぜか背丈、容姿も似たようなものだな。眼鏡までかけているのも共通していてもしかして兄弟か? だったらこちらの男も特殊な血が流れているなんてことは……。

 なんかの記念に撮ったのか、全員が何かを成し遂げようとスタートを切る前のように凛々しい顔つきだ。

 マウスでスクロールすると次のページから文章が書かれておりこの写真についての解説がなされていた。

 語り口調で始まる文章、何が書かれているのか大方、察しのつく冒頭部分はささっと飛ばして読んだ。

 写真の出どころ、ここは押さえるべき所だ。

 画質が粗い写真は基本情報、誰が、どこで、何の目的で撮ったのかは不明なのか。地方新聞や地域の広報紙の記事を書く際に取材の対象として選ばれた説が有力だとはしているが。

 もう一枚はあるブログに投稿されていた写真。二十年くらい前までは閲覧できたそうだが現在はこのブログ自体が削除されていると。

 発信されていた記事は主にある団体の活動記録だがその団体とはどんな方針で、どんな活動をしていたのかまでは詳細不明。

 この写真もそれの一環であるなら背景が田んぼなので、農作業や自然観察などをしていたのではないかとここには書かれているが、とてもそのような作業を好む人達には見えないか……うん、俺もそう思う。だったらこの人達はもっと日焼けしているはずだ。

 写真の由来については不確かな項目が多すぎるが、この二枚の写真に同一人物が写っており、双方には撮られた年代に最低でも数十年の年数が開いていることは認めざるを得ないだろう。

 すなわちこの世には歳をとらない人間が潜んでいることを示しているのではないだろうか、と締められていた。


『この謎についてもしも続報が入ってきたらすぐさまメルマガ会員登録者の皆様にもお届けしよう。もちろんこのファイルを閲覧できた選ばれし目、耳の肥えた方の中に新しい情報をお持ちの方がいらっしゃったら名乗り出てくれることを切望している。

 ちなみに誰がこの情報を提供してくれたかは本人の希望により、詳しい経緯は伏せさてもらうことをご了承していただきたい』


 くそ。一体誰が、偶然にも二枚の写真を発見、見比べることができてこの男は歳をとっていない! と気が付くに至ったか、そのもう一つ重要なことは隠されている。

 俺のような人がもう一人いる——

 その人は今はどこで、何をしているのだろう。

 笹の葉という管理人がなぜ躍起になって明日にでも会いたいと言ってきたのかこれで分かった。

 二人目が現れたからだ。


 日曜日に会う、それも互いに早急な案件のはず。

 なのに待ち合わせ時間が夕方の十八時とはどういうことなのだろうか。居酒屋で飲むわけじゃあるまいし、いくらなんでも遅すぎないか。

 こっちはお客様だということに甘えて、何もかもお任せしてしまったのがいけなかったか。時間、待ち合わせ場所、話し合う店まで決まったと連絡が来たところに口を挟むのは申し訳なくなった結果だ。

 井の頭線乗り場へ続くエスカレーターの前に俺はいる。

 さすが渋谷駅は外国人観光客が多い。欧米、中国人、東南アジア系、黒人と様々な人種が行き交う。日本の観光地という観光地は外国人の遊び場と化してしまっているな。現地の日本人とどっちが多いのやら。

 ひと昔前は若者の憧れの街として栄えていたそうだが、俺が学生時代の頃にはもう単純に買い物だけなら地元のショッピングセンターで十分だと、そんな風潮は消えつつあった。

 積極的に行くのは推しのバンドやアイドルがいるなどイベントに行きたい、ファッションに人並み以上にこだわっている人だけ。

 ただ漠然とそろそろ渋谷や原宿、都心へ足を運んでみたいなどという願望が自然と湧くことは今の学生にはないだろう。

 インターネットを通じて知り合った人と実際に出会うのは初めてではない。

 この渋谷もよく集合場所として使われたこともあり馴染みがないわけではないのだが、会う直前になっても性別は聞きそびれて、これほどまでに繋がってから早く会うことになったのはさすがに例はない。しかも二人っきりで。緊張してきたな。

 外出先でも迅速に連絡が取り合えるようにスカイプのアカウントを作らされた。先ほど一足早く待ち合わせ場所に着いたとメッセージを送るが反応はない。返事がきてくれた方が外見的、特徴を伝えやすいのだが。

 あと五分で十八時。そろそろ来るだろうから返事を待たずに大まかな服装を教えるか。

「石田さんですよね?」

 エスカレーターから降りて来る人の列に、そのまま真っ直ぐ抜け出して来た髪の長い人。つばの広い紺色の帽子を被り、すいかのような色合いの赤い長袖のドレスシャツに、青いロングスカート。

 女性だったか。

「管理人のさ、笹の葉さんですか?」

 人の名として呼ぶにはちょっと抵抗がある。喉元まで込み上げた、もっとマシな名前を付けろというクレームは飲み込んで、なんとか言い切った。

「はい。初めまして。本日は無理を言ってすみませんでした。お会いできて嬉しいです」

 騒音が凄まじいここでの挨拶は手短に俺たち二人は事前に笹の葉が決めておいた渋谷ストリームへ歩き始めた。

 一度、地下へ降りてからまた所定の出口にある地上へ出るエスカレーターに乗るとそれはある。

 ここまでの会話はゼロだったが、これはデートではない。俺は特に居心地が悪いとは思わなかった。笹の葉も肩に力が入っている様子もなく悠然と歩を進めるのできっと似たような心持ちだろう。

 建物の中へ続くライトアップされている豪華な階段を上るとちょうどこの階にある喫茶店にしていると告げた。なかなかモダンなインテリアだ。この高層ビルを前にしてどこへ連れて行かれるのだろうと思ったが低層階で助かった。

 陽も落ち、中の歩道に沿って点在する店の暖かい明かりが優雅さを演出していた。こういう雰囲気には俺は慣れないが、笹の葉はこんなお洒落な店しか利用しなさそうではある。

 一見、共通点が見出せない二人がある怪異で繋がるとは世の中、何が起こるのかほんと分からないもんだ。

 ガラスの壁側の席に座る。通りすがりの人がこうして向かい合っている俺たちをふと見たら、どんな関係性だと思うだろう。

 笹の葉はふぅと息を吐き帽子をこれまたエレガントに外した。

 顔全体がさらされて歳下かと思っていたが、歳上かもな。隅々まで美容の手入れが施されていて美人の部類であるのは間違いないだろうが、勝てない老いに抗っているように見栄を張っている感も否めない。

「改めまして私、葉山詩織はやましおりと申します。さすがに面と向かって話す時に、笹の葉では調子狂うと思いましたので、本名を名乗らせていただきます」

 葉山か。いい名前じゃないか。葉山は葉っぱの葉に山かな。笹の葉はこの苗字からきているのか。

「ご丁寧にどうも。ではこちらも。フルネームは石田洋一朗です。しかし、よく僕が今日、会う予定の石田って分かりましたね。どんな服を着ているのとか教えていなかったのに」

「うーん、いわゆる直感ですかね。石田さんもありません? 根拠はないけど、こう思う、感じるってことが。あそこに立っている四、五人の中で醸し出すオーラや仕草からあなたしかいないって手応えがありました」

 直感か。醸し出すオーラとか霊能力者ぽっい言動をすかさず切ってきたな。エスカレーターから降り切る一分も満たない間で自信を持ってそう決めつけることができるなら洞察力はあるようだ。

「それはそれで凄いですね。えっ、もう僕の顔はお見通しなのかって唖然としてしまいましたよ」

「こんなのは特別な力でも何でもないですけど、石田さんにもあるはずですけどね。常人には持っていない不思議な力が。だってそんな人に導かれてこうして私達も巡り会えたのですから」

「えっ。どういうことですか?」

「申しました通りこんな人外な現象が起きているとキャッチしてそして信じ込む、これって実は誰でも遭遇できるものでも、ましてや信じ切るなんて出来るもんじゃないんですよ」

「そう、なんですか」

「そりゃあそうですよ。だって同類ではない別の世界を生きるヒューマンなんかに無闇やたらと関わりたくないじゃないですか。石田さんが見た女性だって、石田さんだからこそ姿形をしっかりとロックオンできたはずです」

 ヒューマンとかロックオンとか所々、英単語がチョイスされているのが引っかかるが、出会うためには人を選ぶというのは俺の推理と近いな。

 別の世界を生きる人間か。

 これだとまるでこの世界では同じ人間でも育った文化圏や人種なんて違いではない、もっと根本的なところで違う二種類の人間がいることになると言っているように聞こえるが。

 そのあたりをもっと質問してみよう。

「僕と葉山さんは同類で、そこの道を歩いている人はそうじゃないってことですか? それならそんな区分はいつから生まれたんでしょう?」

「何百年前、いえ何千年も前から。地球、いえ宇宙が誕生してからずっとだと思います。ただ我々が気がついていなかっただけで、潜在的にそう区別することができるとようやくここにきて各地で特別、勘の鋭い人から順に自覚するようになり徐々に広まってきているんです」

 宇宙が誕生してから……そこまでいくと何千年前どころの年数ではなくなっているぞ。ともあれかなり壮大な物語のように発展していっている。なぜそこまで当たり前のようにスラスラ淀みなく喋れるのか。

「葉山さんはその特別、勘の鋭い人に含まれるんですかね?」

「私は……残念ながら並の部類だと思います。近い位置にはいると思いますけど。本当に凄い、選ばれた人はもう特別なパワーを開花させている。そして、仲間をかき集めているフェーズにいる。私はそう読んでいます」

「仲間を集めている? その、同類のですよね。集めて何をしようっていうんです」

 人間は時に相手の面目を立てるために理解しているのにしてないフリをすることがある。

 その仲間を集めて何を企んでいるかって、そんなの決まっているじゃないか。

「そんなの決まっているじゃないですか。この世界をその人達が代わって支配するんですよ」

 ご丁寧にまたどうも。そう、そんなのは決まっている。

 やはりか。そうなってくると今日の主題であった彼女とどう絡んでくるのか。まさか。

「じゃあ、特別な力の一つにその歳をとらない人間がいるというのがあるとお考えですか?」

「はい。でも、厳密にはどうなんでしょうね。それ自体が力というわけではなく、おまけみたいに付随しているだけかも。そのへんを解明するのが現段階の私の方針です」

「歳をとらないのがおまけですか。なぜそう思うのです?」

「だって単に不老不死なだけじゃこの世界を支配なんてできないじゃないですか。逆に見世物扱いされていいように商売道具として使われるのがオチです」

「じゃあ、彼女がその仲間を集めるために中心的な役割を果たしていると僕はここまでの話を聞いて感じたのですが、これは合っていますか?」

「無関係ではないと思います。むしろ世界がそっちの方向へ舵を切ったから、彼女も出没し始めたとみるのが正しいかもしれませんね」

「そっちの方向へ舵を切った……もう支配は開始しているってことですか! 葉山さんはなぜそんなことまで分かっているのですか?」

「話すとちょっと長くなりますが……」

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