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『歳をとらない女性 目撃』
何を調べたいのか不明瞭な検索キーワードだったが俺たち家族のように彼女を目撃して、かつ歳をとっていない事に気がついた者はいないのかダメ元で検索してみた。
『歳を重ねていないみたいにいつまでも見た目が若い人の特徴とは?』みたいなタイトルが出てきた。
この時点でカテゴリさえ合っていない。やはり絞り過ぎたか……と思ったら上から四番目のタイトルに目を引いた。
『帰って来た息子。ある病院での怪事件』
精神の窓口、というサイト名の記事みたいだ。なんだかいかにもって感じの名前だ。
この話もオカルトに分類されるであろうから、これが一番属性的に近そうだ。俺はこの記事をクリックした。
『今から約十年前。ある病院でそれは起きた。
そこには寝たきりで意思疎通もままならない、あとは死を待つだけの九十代男性が入院していた。
ある日の深夜、そんな自力では生活できない身体から出したとは思えないほど「うわーっ」という悲鳴が院内に響き渡る。驚いた看護師が駆けつけると、なんとその男性はベッドの上に二本足で、直立で立っており呆然としていた。
そして目ん玉が飛び出た形相で看護師にこう言い放つ。
「翔が、翔が、いた。今そこに居たんだ! 俺の手を握った」
この
その父親が死ぬ間際まで戻って来なかった息子が病室に現れて父親の手を握ったというのだ。
しかし、この証言をすんなり呑み込むことはできないだろう。たとえ本当に行方不明になった息子が帰って来て父親に会いに来たとしても、息子の方も父親の年齢からして若くても六十歳前後になっているはずであり随分と歳を取っていることになるのは言うまでもない。
そこまで老けてしまっていたらたとえ息子だったとしても瞬時に理解できるのだろうか?
ましてやこの父親は認知症の症状もあったらしく友人や親戚、妻すら正しく認識できない状態だったという。見知らぬ人物が急に現れてもそこまでびっくりすることもないだろう。
だが認知症になっても昔のことはよく覚えていることがあるとは聞く。まさかこの男性は高校生のままの息子を見たというのか?
この話を嘘だ、幻覚を見たと片付けることができないのは寝たきりだったこの男性が魔法をかけたように言葉をはっきり喋るまで、自力で起き上がれるまでに回復したことではないだろうか。これは無視することはできない。
この男性はその後、息子の名を何度も呼びながら嗚咽した。看護師は辺りを、病院中を探してもそんな人物は見当たらないことからどこへ行ったのか聞いてみても「叫んだと同時に翔が歪んで消えてしまった」と言う。
以後この男性は数日に渡って誰も聞く相手がいなくても息子はどんな人物だったのかを語り尽くし、疲れ果てて倒れてそのまま息をひきとった。
一度は寝たきりの状態になってしまった患者が息を吹き返し行方不明のまま戻って来ない息子の思い出を語る。
こんなことが成せるとするなら、やはりそれは夢幻ではなく実体のある高校生の姿で出現して確かな手の温もりを感じた、これしか考えられないのではないだろうか?』
思いの外、食い入るようにこのエピソードを読んでしまっていた。記事全文の下にはあなただけが知っている怖い、奇妙な体験エピソードを募集する旨が書かれており名前、メールアドレス、本文を入力できる問い合わせフォームが設置されてあった。
この怪談も誰からの情報提供があって掲載されたのであろうか? そうであるならもう少し詳しく聞いてみたいな。
真偽はどうであれ寝たきりになってしまった老人が起き上がり長々と喋れるまで回復するというのは医学の常識を覆すもの。
うちのお爺ちゃんも最後はそのような状態で亡くなったが、あそこから症状が改善されようものなら喜びよりも慄きの方が強いすらある。
さらにその下部には関連記事も幾つか表示されてあった。
『失踪から十数年。行方不明の夫は生きている? 妻が目撃した者とは』
興味をそそられる内容が他にもあるかもしれない高揚のまま、次はこの記事をクリックしてみた。
なるほど、タイトルの通りにこっちも失踪から長い月日が経っている夫を妻が某所で目撃したという内容。
特徴的なのはこの夫は海難事故で行方不明になったらしく、遺体は発見されていないもののほぼ生存は望めないのが現実的な見方だ。
それでも死を、遺体をこの目で見届けるまでは受け入れられない妻がやっぱり生きていたと喚くなんとも切ない怪談になっている。
関連記事とあってここでも歳をとらない要素が含まれている。なんと妻はまさにほぼ歳をとっていないであろう姿のままの夫を見たと証言しているのだ。
その光景が逆に悪い意味でこたえて、妻は身動きがとれずその場で出来ることとして、震える手を抑えながらスマホで写真を撮ることを選択した。
この点に普通ならもう生きていない、諦めろと断定するには早計だと反論できる根拠がある。
要は夫は異世界にでも迷い込んでなんとか生きながらえていたとファンタジー作品によくある展開の主張をしているわけだ。
これで妻は私達の知らない世界がどこかに存在すると信じ込むようになってしまい、残りの人生をその解明に捧げているとか……。
どんなに懸命の捜索をしても亡き骸すら拝めないままの行方不明者はどの時代にも何人かいるはず。
その中にはもしかしたらどこか別の世界へ吸い込まれてしまったのでは? とオカルト好きなら想像を膨らませることはよくあること。
そんな世界があるとして、果たして老いる事なく生きることができる世界なんてあるのであろうか?
すなわち時間の流れという概念がない世界か。それは宇宙の外側? 或いはこっちとは時間経過のスピードが異なるなど……それはつまり……。
このサイトには刺さる人には何時間もかけて記事を回りたくなる情報がたくさん集まっていそうだな。
俺は自身の体験談もサイト管理者に送り、意見を仰ぐのも有りだと思い至った。
善は急げ。一時間ほど文章作成に勤しんだ。
人様に堂々と読ませられる文章が完成して、出来れば入力したメールアドレスに管理者様の意見を聞かせてほしいと添えて送信ボタンを押す。
画面は切り替わりお礼のメッセージと共にメルマガ会員登録をすると、登録者限定の情報を受け取ることができるというメッセージが表示された。
『メルマガ登録をしますか?』に俺は「はい」を選んだ。
こうなったら、とことんのめり込もう。俺はもう一度、メールアドレスを入力欄にペーストして登録ボタンを押した。
登録後は自動配信メールが来るみたいだ。受信トレイへ移ると登録が問題なく完了したことを伝えるメールが受信されていた。
そのメールを開いてみるとサイト上では記載されていない管理者のプロフィールが書き連ねてあった。
サイト管理者のハンドルネームは『笹の葉』だとここで初めて知る。
なぜこのようなサイトを立ち上げたか? については自身の体験によるところが大きいようだ。
幼少期からどうやら自分には他の人には見えないもの、聴こえない音が聴こえるようだと自覚するようになる。
それに対して孤独だと感じていた。こんな人は私一人だけなのか、そんな訳はないと大人に近づくにつれて想いを強くして情報を広く集めるためにサイトを作成した、か。
インターネット、SNSの発達で身近には居なくても同じ趣味、同じ境遇の人とは手軽に繋がれるようになって久しい。
それなら霊感が強い人や特殊な感性を持っている人だってその気になれば探すことはできるのに、この分野のコミュニティーは実はこれまで有りそうで無かったかもな。気軽に告白できるものではないし、信じてもらえないことだって多く敬遠されてたり傷つくこともあるだろうし。
時代は進みようやくその発起人として名乗りを上げたのがこの人物なのかもしれない。
なぜメルマガを登録しようと思ったのか、どうやってこのサイトに辿り着いた、あなたが持っている特殊な能力などがあったら教えられる範囲でこのメールに返信してくださいとも最後に付け加えられていた。
これに関してはたまたまあるキーワードで検索したら目についたとだけ答えて、あとの質問は先に送ったメールにきっかけとなった出来事が書いてあるのでそちらを読んでくださいと返信しておいた。
……あなたが持っている特殊な力か。心当たりがあると言えばあるが、これを特別な能力と称していいのか微妙なところがあるので現時点では敢えて教えなくてもいいだろう。
やれることはやった俺はここで小休憩をとることにした。
夕方までいつも通りの休日を過ごしているとサイトの管理者、笹の葉から二時間前に返信が来ていた。
行動が早いな。メールの返事が早い人は仕事ができる。それは自称、霊能力者にも当てはまるのか。
自称か。そう、まだ油断することはできない。メルマガ登録をしたなど食いつきはしたものの騙されるかもしれない、そんな用心深さも持ち合わせておかねば。
返事を読むとかなり興奮しているのが文字だけで伝わる。あっちはあっちで俺が綴った現象に相当、飛び付いているみたいだ。
是非、直接会って話したしたい、明日は日曜日、明日にでも会いませんか? そこまでのことが書いてある。
待ち合わせ場所は渋谷駅の適当なお店で、もしもこっちの住まいが遠方なら往復の交通費を、ホテル代を領収書を提出すれば出す、近隣の距離でも交通費を出してまで会いたいと思わないならその場合でも喜んでこちらが払うだと。そこまでするのか。
渋谷駅なら電車で一時間弱で行ける。
会ったらいつの間にか霊感商法に誘導されていたなんて事も起こり得ると頭に入れつつ、最高で十万円近くになることだって有り得る交通費、宿泊代を支給してまで会いたいと言っていることに、そんなつもりはない意思も読み取れる。
どんなにしつこく迫られようが断るのは得意だ。
よし明日、会ってみるか。交通費は払ってやる。
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