3

「一体、何を見たんですか? まさか……」

 体勢を正す。只事ではない俺の挙動に家永は急接近できた喜びにそこまで溺れることなく切り替えていたようだった。

 そのまさか、だと断言できればいいのだがあれは厳密には違う。有り得ないなものを目撃してしまったのは間違いないのだが。あれをどう説明すればいいのだろう。

「取り乱してすみません。その、白い発光体を窓から見ました。それはもうはっきりと」

「白い発光体? それは初めて見たのですか」

「はい。直前まであんな話をしていた手前だったので、いつもよりオーバーリアクションになってしまいました」

 家永の視線は最後部の大きな窓へ。誰も座っていないのが幸いだった。通り過ぎた自然公園入り口に神経を尖らせているようだ。あそこに心当たりがあるとでもいうような目つきなのはなぜなのか。

「その、ふるさと村自然公園には行ったことがあるのですか?」

「いえ。生徒の中には小学生の時に毎年、課外授業先として選ばれている学校が幾つかあるらしく行ったことがある子がそれなりにいるみたいですが」

「もしかしたら、そこは何か曰く付きの所なのかもしれませんね」

 家永はまさか霊感がある人なのか。そして俺にも……。

「家永先生って、そういうの見えたりするんですか?」

「……それが霊的なものなのかは分かりませんが先ほども申し上げた通り、ってことは自覚しています」

 自慢の白い肌も相まって能の女面おんなめんのような表情で抑揚なく発した。

 これではまるでこの家永こそ幽霊みたいだ……。

 そこから俺達は終点の駅まで無言だった。ネタが無いからではなくあの出来事をそれぞれの感性で咀嚼する合間だったのかもしれない。俺も早く確かめたいことがあって仕方がない。


「私の自宅、ここから歩いて十分ほどなんです」

 大型商業施設を背に、家永は下車するやいなや振り向きこう言った。

 十中八九、お誘いだった。学校から近くて通勤が助かるとは聞いたような気がするが思ったより近いな。

「さっきの続き、カフェとか公衆の場で話すことじゃないと思うんですよね。スーパーで買い物をして、二人っきりで落ち着いて話しをしましょう」

 どこも不自然な提案ではなかったが、今日の俺はそれよりも優先するべきことがある。その決意は固くちょっとやそっとでは揺るがない。

「すみません。実は今日、実家に戻らないといけない用事があるんです。またの機会で宜しいですか?」

「えっ。そうなんですか」

 手と手を合わせて腰を低くする。断られるとは思っていなかったのか、ポカンと気の抜けたようだ。

 その隙をみて俺は会釈をして走り去る。余計な会話すらしたくなかった。追っかけて来ることはないだろう。もう家永の存在は消し去って改札前まで突っ走った。

 俺は改札を一旦、スルーして比較的に人気ひとけのない東口の広場までやって来た。

 スマホをポケットから取り出して、悩んだ末に実家の電話番号にかける。夕飯時は準備やらでスマホを離しているため固定電話の方が気がつくだろうから。

 十秒ほどのコールで母さんが出る。

「あっ、母さん。あのさぁ、お爺ちゃんとお婆ちゃんのアルバムって二階の物置にあるよね? えっ、いや、ちょっと気になることがあって。そう、必要なの。だから今からそっちに行くからよろしく。夕飯はいいよ。適当に買ってから来る。うん、じゃっ」

 母さんの調子からして、電話越しからでもそう易々とは見つからないだろうことが伝わってきた。今日は泊まりかな。

 運悪く高校生と思われる三人組がうるさい車両に乗ってしまった。しかも序列が明らかに低い男子一人がいじめられているようだ。

「そうだ。金はあとでやるから次の駅に停まったら急いでホームの売店に行ってなんかお菓子買って来てよ」

「大丈夫だって。ここからだと停まったら目の前に売店があるはずだから間に合うって」

 なんという悪ふざけ。間に合うって言っても現金払いだと流石に無理だろう。店員は事情など知らない。

 次の駅に着くとちょうどドアの正面に売店はあった。頼むだけあって絶好の位置にはある。

「脇にあるポテトでいいよ。のり塩味で」

「あっ、荷物置いてけよ」

 とことんプレッシャーをかける二人の男子。ターゲットにされている子はドアが開くとダッシュで商品を取りに行った。

 店番である高齢のおばさんは電車から降りてきた人が大急ぎで商品を取りに来たさまに驚きを隠せない。ただならぬ焦りに感化されたのかその速さに合わせるように商品をスキャンしてくれた。

 支払いは鉄道系のICカードかな。すんなりいけば会計は二、三秒で終わるがカードケース越しなのがいけないのか反応が悪く何度かタッチしていた。

「バカ。商品忘れている!」

 そこまで手間取らず支払いは完了したものの、商品を持たずに立ち去ろうとしたので大きな声を出す。

 電車内へ無事、帰還を果たしたと同時にドアは閉まる。ギリギリのスリルを味わい、ミッションも成功。ハイタッチを交わし二人のテンションは高いが、やらされた方の子はただ息を荒くしているだけであった。

 次の駅で相方の方が降りて無言になった。お菓子を無心に食べている。二人っきりになると話すことなんてないんだな。

「お金、月曜日に渡す」

 そのままはぐらかして返さないに一票。渋々といった感じで遊び道具にされていた子が二番目に降りた。

 俺が降りる駅に間もなく着くとアナウンスがされ減速する。俺は席を立つ。最後に残った男子も寄りかかっていたドアから離れて両足の間に挟んで床に置いていたバッグを肩に掛けて前を向く。降りる駅は同じか。

 なんだこれは。何気なく見つめていた駅名が表示されている液晶画面の文字がへんてこな記号みたいになったぞ。

 まばたきをする俺。疲れているのかな。

 あれ。

 右側を向くと縦長の席をあいだにして立っていたあの男子高校生が居なくなっていた。いつ移動したんだ。俺の方へは来ていないはず。背中を反らして見える範囲で隣の車両を覗いてみた。学生服を着たそれらしき人はいない。降りるはずだから座ることはないと思うが。

 ……床にはスポーツメーカーのロゴが大きくプリントされた白いエナメルバッグが寂しそうに放置されていた。男子高校生がさっきまで立っていた位置だ。

 胸がジジッとノイズのようにざわついた。

 ドアが開く。降りなければ。

 発車を知らせる音楽が鳴り止み電車は次の駅へ。

 首を左右に振り見渡してもホーム上にあの男子高校生は見当たらない。

 ザーっと分厚い音がした。ラジオから流れる砂嵐のような音だ。

 また一人消えて、が訪れた?


 駅からさらにバスに乗り継ぐ。降りたらコンビニへ寄り電子レンジで温めれば食べられる惣菜などを購入した。白いご飯だけは実家で頂こう。

 半年ぶりくらいに実家、祖父母の家にやって来た。今は両親の住む家になっている。チャイムは押さず鍵を挿し自ら開けて入る。

「なんだ洋一朗か。お父さんかと思ったよ」

「まだ帰って来てないの?」

「うん、今日はちょっと遅いみたい」

 普段は七時前後には帰ってくる父さんは八時を過ぎても帰って来てなかった。

「昔のお爺ちゃんとお婆ちゃんのアルバムが見たいって、まだどうして? 仕事帰りにわざわざ来ることなの」

「うん。気になることがあって」

 詳細を省いてもそれ以上、こちらが話す気がなければしつこく追求して来ることはないのはありがたい。父さんもまだいないことだし俺は早速、二階へ上がり物置の現状を確かめた。

 電気を点けると三段、四段と積み重なっている段ボールが何組もあった。

 歩けるスペースは確保されているので整理されていないわけではなかったが、昔のしなをいきなり欲しいとなってもホイっと出てくるものではない、それはお決まりだった。

「これ全部、お爺ちゃんやお婆ちゃんの物?」

 二階から声を張り上げて母さんに聞いてみた。

「そんなわけないでしょ。大体の物は捨てちゃった。段ボール一つ分くらいしか残ってないんじゃないの」

「じゃあ、どこら辺にあるの?」

「うーん。奥の方なんじゃないのかな。前の方にあるやつはお父さんが昔やってた趣味のやつだと思うよ」

 夕食を食べる前にやるべきことは段ボールを掻き分けて奥のやつを発掘することか。


「せっかくこないだ整理したのに、また散らかしたのか。ちゃんと片付けろよな」

 二階の狭い廊下に段ボールが敷き詰められているさまを見て愚痴を吐く父さん。

「わかってるよ。ちなみにアルバムの他に何が入っているの?」

「俺が小さい頃、運動会とかお遊戯会の様子をビデオカメラで撮った映像をDVDディスクに焼いたらしくて、そのディスクが何枚もあったかな。あとはファミコンとか」

「ファミコンってなんでまた」

「ソフトも何本もあったからいつかまたやりたくなる時が来るかもしれないってつい残しておいたんだ」

「それより貴重なのはプレステ2の方でしょ」

「プレステ2か。あれは残念ながら二台買ったらしいけど、どっちも数年で壊れて捨てたって聞いたな」

 ファミコンやDVDディスクが一緒に入っている。その情報を得たところで食器を片付けてまた作業に取り掛かる。

「お風呂は?」

「最後に入るから先にいいよ」

 と、母さんから聞かれて咄嗟に答えたものの実際に入るかは定かではない。何か一つの作業に夢中になると終えるまで止めないのが俺の性格だからだ。早めに見つかって、その疲れを入浴で癒せれば最高だが。

 嫌な予感がしてきた。前方に置いてある段ボールをどけて真ん中、辺りの箱からざっと中身を目視して当たりか外れかを判定、それを何度か繰り返すと意外にも早くファミコン本体が姿を現した。

 これで作業は終わりかと達成感で満たされるはずだったが、肝心のアルバムは入っていなかった。

 風呂からあがった父さんにそれを問いただしてみると、どうやらアルバムは懐かしさのあまりゆっくり腰を下ろして思い出を回想してしまったので、他の物とは別のタイミングで片付けたから上手く仕分けされていないかもと新たな可能性が浮上した。

 つまり父さんの物が入っている段ボールに紛れ込んでいる可能性があると。

 俺は天を仰ぎたくなった。

 当初の見込みとは大きく外れた事態になってしまったため俺は気持ちをリセットする意味で二番目に風呂に入った。たまに帰った時くらいはその考えがコロコロ変わるのは控えてもらいたいと風呂に入ろうとしていた母さんから小言を貰う。

 実家の風呂は広かった。両足をピンと伸ばして湯船に浸かれる。

 俺が写っている写真は一枚もない祖父母のアルバムをなぜここまで必死になって探しているのか。父さんも母さんもいぶかしく思っているだろう。

 俺がその探し求めているアルバムに出会ったのは小学二年生の頃か。

 畳の寝室には仏壇と共にお爺ちゃんの両親であった遺影が飾られていた。

 それを毎日、見ていると俺はお爺ちゃんの写真も見てみたいと告げた。恥ずかしそうだったがニコニコとアルバムを取り出し結婚前の若い頃の写真を中心に一枚、一枚丁寧に思い出を語る。

 一ページ目から最後まで一通り写真を見終わるとお爺ちゃんは買い物に出かけて俺は一人でまたアルバムを見直した。

 そこで俺は気がついてしまった。写真と写真の間にもう一枚の写真が隠れていることを。

 それを取り出すと俺は鳥肌が立った。

 その写真には一人の少女が写っていたのだが、その少女と俺は出会ったことがある。

 どこで? それは夢の中でだ——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る