第10話 好きになるって


 私の声はすこしムスッとしていた。だって女の子とデートしてみたいっていうのの相手が私なのはおかしいでしょ。

 きっと死ぬ前に好きだった子がいて、その子とデートしたかったんだよね。その子のいるはずだったレイくんのとなりに私が並んでいるのは、なんだか落ち着かない。

 するとレイくんは意外なことを言われたような顔になった。


「俺だって、誰でもいいってわけじゃないんだけど」


 レイくんはすごくビミョーなふくれっ面をしていて、悪いことを言ったかなと思った。レイくんだってどうしようもないんだろう。


「あの、ごめん。今、相手を選べない状況なのはわかってるよ。ここ私しかいないし」


 しょーがないかあ、と私は笑ってあげた。

 レイくんが誰なのか、レイくんがデートしたかったのは誰なのかも知らない。それにレイくんが死んでしまった理由も知らずに、勝手な意見を押しつけるのはよくないよね。


「……あのなあ」


 レイくんはめずらしくイライラしたように頭をかいた。やっぱり怒らせたかな。だからごめんてば。


「あー、まあいいや。俺もヘンなこと言ってごめん。なんて言うかさ、気持ちの整理がつかないっていうか」

「そんなもんなの? 私もごめん、ちょっと死んだことないからわからなくて」

「……ちょっと死んだことないって、おまえ」


 レイくんは大きく吹き出した。


「ちょっと死ぬとか、ちゃんと死ぬとかないだろ」


 ケタケタとレイくんは笑う。え、そんなツボに入るようなこと言ったかな? 私は困ってしまい、言いわけした。


「『ちょっと』は『わからない』にかかるの! なによもう、だって死んだ人と話すことなんてなかったんだもん、なんて言えばいいのよ!」

「――べつに、ハコベに気をつかってもらいたくなんかないから。そうやってワーワーしゃべってていいよ」


 平気な顔に戻ってレイくんは一人で歩き出した。あわてて追いかける。でもなんとなく並ぶことができなくて、私はその背中を見ていた。



 好き、てむずかしい。

 私はまだそんな気持ちになったことはないと思う。だから撫子なでしこが困っていた時も、何も言ってあげられなかった。


『平子先輩はいい人だけど、私、はこべちゃんといる方がいい!』


 そう言って撫子は、私の腕にぎゅっと抱きついた。


『いっぱい話しかけてくれるけど、平子先輩といると、なんだか疲れる』

『それ、先輩には言わない方がいいかも』

『言ってないけど』


 くちびるをとがらせる撫子はかわいくて、そりゃあ先輩だって好きになるよね、て思った。もしかしたら他の男子にもいたのかな、撫子ねらいのヤツ。

 かわいくて、おしゃべりは苦手で、ニコニコしているばかりの撫子。女子からは、かわいこぶってると陰口を言われることもあった。


『気にしないで』


 わざわざ聞こえるように悪口を言った子に言い返そうとした私を、撫子は止めた。


『はこべちゃんも悪く言われちゃうから、やめて。私はだいじょうぶ』

『……だいじょうぶじゃないでしょ』

『だいじょうぶだよ。だってあの子たちのことなんて、私も好きじゃないもん。どうでもいい子に悪口言われても、どうでもいいでしょ?』


 撫子が強いのか弱いのか、私にはわからなかった。


 平子先輩に告白された後、撫子の靴の中にゴミが入ってることが何回かあったけど、その時も平然としていた。廊下ですれ違うとにらんでくる先輩女子がいたから、その人がやってるのかなと思った。平子先輩を好きだったんだろう。


『あの人のこと、先輩に相談してみれば?』

『平子先輩に言いつけるの? かわいそうじゃない?』


 首をかしげた撫子は、何も言わなかったらしい。

 でもそれからしばらくして嫌がらせはやんだ。撫子が職員室に呼ばれてたから、あの人のやっていたことが先生に見つかったんだろう。事情を聞かれた後の撫子は、さっぱりした顔だった。


『これで終わりかなあ。告白されるってめんどくさいのね。いじわるされて、からかわれて。やっぱりはこべちゃんといるのが、いちばんいい!』




「カピバラ、でかいけどかわいいな」


 レイくんが立ち止まって私は我にかえった。そうだ、今は学校じゃないんだ。

 振り向いたレイくんは私をじっと見ていた。黙りこくっていたから気をつかわせたかも。


 カピバラは二匹いた。カピバラって水に入って泳ぐんだっけ。だから水族館にいるのか。

 二匹は起きてるのか寝ているのかわからない。むー、と細めた目でお互いにフニフニ顔をすり寄せていて私は思わず笑った。


「ほんと、かわいいね。でも近くで見ると毛が固そう」

「モフる感じでもないか? ハコベ、ネズミ好きだろ?」

「ハムスターと一緒にしないでよ」


 私の豆だいふくとは大きさが違いすぎるけど、確かにカピバラもネズミの仲間だ。

 それを教えてくれたのは撫子だった。ハムスターを飼っている話をしたら、じゃあ大きなネズミを見に水族館に行こうよと――。


「あ」

「どうした?」


 レイくんを無視して私はキョロキョロした。

 そうだ、水族館。撫子が行きたがっていた場所。

 撫子はペンギンが大好きだった。


『ペンギンもカピバラもいるね。お魚もみんな水の中だと自由でいいよね。一緒に遊びに行こうよ』


 そう言っていた。思い出した。


「――レイくん、わかったよ。ここ、やっぱりあの子の心の中だ」


 鼻の奥がツンとする。胸がドキドキする。

 私は、あの子を呼んだ。


「ねえ、そうでしょ、『ナデシコ』――!」


 私が呼びかけると、すこし向こうにゆらりと影が揺れた。

 私と同じ制服。ふんわり二つに結んだ胸までの髪。すこし上目づかいにして、うれしそうに笑う。


「――ハコベちゃん、会いたかった」


 そこに現れたのは、あの日のままの撫子だった。



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