第三話 広まる噂       ②


 うざい離せ! とか言われても仕方ない行いだったんだけど、意外にも仙人は嫌な顔をするだけで僕を振りほどこうとはしない。


 まさか、顔とは裏腹に僕にくっつかれて、まんざらでもないのか!?

 僕は今、眠っていた獣を目覚めさせようとしているのかもしれない……!


「馬鹿なことを考えてるな?」

「…イヤ、ベツニ」

「お前の考えてることなんて顔を見ればわかる。あほなことを考えるなら、歩きにくいし振り払うぞ?」

「これは修行です! やましいことなんて微塵もない!」

「なんの修業かはよくわからんがな」

「ほら、たとえば何かが起こって誰かを助けようとしたとき、その誰かを抱えることくらいするかもしれないじゃん? 普段から鍛えてるだなんだって言ってる仙人なら、腕に引っ付かれるくらい軽々とこなして見せなきゃ情けないじゃないか!」

「それはそうかもしれないが、この学園にいる以上、その何かが起こった時に助ける対象は基本女子だと思うけどな。お前程の負荷はかからんだろ」

「お嬢様学園にだって、デブがいないとも限らないだろ!」

「よせよせやめろ……! その敵の回し方だけは絶対に女子にするべきじゃない‼」


 文句は言うけどやっぱり振りほどきはしない。

 よしよし、一瞬危なかったけど、今の仙人は修行モード。間違いなくお荷物な僕だろうとせっかくの足枷を外そうとはしないようだ。


 ありがたいことこの上ない。

 ぜひこのまま僕をクラスまでエスコートしておくれ。


「あれ?」


 仙人とひっついて少し歩いて、僕は違和感に気がついた。

 なんというか、お嬢様たちが遠い?


 元々道を塞がれるようなことはされていなかったんだけど、それでも腕を組んでから僕たちが進む道がやけに広がった気がする。


 男への耐性がまだ獲得されていないお嬢様方はくっつき歩く僕たちを避けて道を譲ってくれているのかな?


 もしもこの場に正義感ある王子様タイプがいたら、お嬢様たちを怯えさせる僕たちに絡んでくるみたいな展開もあったのかもしれないけど、どうやらそういうタイプのお嬢様はこの場にはいないみたいだ。


 そもそもそんなタイプのお嬢様がいるのか知らないけど。


 危険人物扱いだったさっきまでと違って、遠目で僕たちをキラキラした目で見るだけで、お嬢様たちは特に何もしてこない。


 ……なんでキラキラしてるんだろう。


 敵意とか警戒心みたいな目ばかりだったのに、明らかにお嬢様たちの視線がさっきとは違う感じの好奇の色に染まっている気がする。


 耳を澄ませば聞こえる程度だったひそひそとした話し声も今はちょっと興奮気味な声が耳を澄まさずとも聞こえてくる。



「見て、殿方二人が腕を絡めて……!」

「しかもあれ、空森からもりさんですよね? 確かあの方は夜空谷よぞらだにさんと……」

「もしかしてそれを知った宇留部うるべさんが空森さんは渡さないと周りに見せつけているのでしょうか……!」

「そういえば、さっき宇留部さんの一人称が拙僧から俺に変わってました!」

「まさか空森さんといるときだけ一人称が変わる⁉」

「そんなの秘密の関係じゃないですか⁉」

「「きゃー‼」」



 うん。どうやら学園の判断は色々と正しかったみたいだ。

 毒されているというか、ある方向に向けて男子を誤解しているというか……。

 多分僕と仙人が恋人的な関係に見えてるんだろうけど、そんな事実はもちろん一切ない。


 まったく困ったもんだ。今の世の中、好意の有無に関わらず、男子だってこうやって腕くらい絡めて体を摺り寄せて学園を歩くくらい……しないな。


 僕だってこのやりとりで、もしかして仙人はそっちの気かって疑ったくらいだし。

 それをやるのはそれこそ性に囚われずに愛を育んだ者だけな気がする……!


 というか、今この状況は夜空谷さんとの関係とは別に新たな問題を作り出してるんじゃなかろうか?

 仙人のことは巻き込む気満々だったとはいえ、なんか想定よりもえらい方向に巻き込んでしまった気がする。


 ちらり。

 流石に怒ってるかな?

 そんな気持ちで僕はちょっと申し訳なくなりながら仙人の顔色を覗き見てみた。


「そんな不安そうな顔をするな。さっきあほなことを考えるなと言ったばかりだろうが。女人禁制は俺の生き方に付きものだが、俺は別にその欲求を同性にぶつけるつもりはないから安心しろ」

「あ、そういう方向で受け取ってくれるんだね」

「ん? さっきのを聞いて他にあるのか?」

「いや、仙人がいいならいいんだ。気にしないで!」


 てめぇと変な噂が立ってるだろうがふざけんなごらぁぁぁ‼ くらいは言われて仕方ないと思ってたんだけど、意外とそういう方向にはキレないタイプらしい。


 付き合っていないのだから、付き合ってるんじゃないかという邪推に反応することはないってことなのかな。


 毒されてるとは言ったけど、今や多様性の時代。男同士のそういう関係も奇異の目で見る時代ではなくなってきてる。

 仙人がそういう理解ある行動を取るなら僕も何も言うまい。


 好いてるかどうかの部分は否定しとかないとまずい気はするんだけど、色めき立っているお嬢様に何を言ったところで聞いてもらえないだろうし、それこそ今後の行動で違うんだってことをわかってもらったほうが理解も早いし、幻想を諦めるのもすっぱりいくことだろう。


 まぁ疑問があるとすれば、なんで仙人はこの学園に編入を決めたのかって部分くらいかな。

 女人禁制が付きものの生き方を貫こうとしている奴は男子が極端に少ない共学化したばかりのお嬢様学校に普通入らないと思うんだけど。


 誘惑をわざと増やして、それに惑わされない心を得ようとしてるとか?

 もしもそうなら、悟りまでの道がまだまだ遠いところをさっき見たばかりなので、卒業するときに仙人が女性を何人も侍らせるような男になっていないことを願うばかりだ。


「ど、どういうことですかこれは⁉」


 そんなこんなで、お嬢様フィルターを通せばイチャイチャするカップルに見えなくもない僕たちの後ろから動揺で震えた声が聞こえた。

 今までだったら声の主がわからなかったと思うけど、あいにくと昨日の今日だ。


 たった数分のやりとりで人生において絶対に忘れられない人へとカテゴリーされた彼女の声を聞き間違えるはずがない。


 後ろを振り返ってみる。


 そこにはやっぱり──

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