第12話
「あー! また二位だー。ななー、手加減してよねー」
「誰がするかよ」
雅と成真はレースゲームをやり、輝響はファッション雑誌を読み、命は輝響の肩に寄りかかり眠っている。
「なびー! ななぶっ倒してよー」
「えー? 俺も勝てるか分からないよー」
雅が輝響の元へと移動し、命が居ない方の手に無理やりコントローラーを捩じ込もうとしてきた。
そんな事をしているうちに命が目を覚まし、その場で伸びをしてから大きな欠伸をした。そんな命の様子に成真は「おはよう」と言い、雅は「ゲームしてるけどみこともやる?」とコントローラーを進めた。命が小さく「――やる」と答えれば、二人と残りCPU戦から、四人と残りCPU戦に切り替えた。
命は特にゲームが得意では無いが、みんなに教えてもらいながらやる事が好きらしい。
成真が「Aボタン押してれば走るよ」と教え、雅が「ここ押せばアイテム使えるよ」と教え、輝響が「このスティックで移動方向かえられるよ」と教えた。
程なくしてレースが始まるが、一気に成真がCPUも残りの三人も追い抜いていく。
「ちょっとななー!」
「うるさいなーみやび、チートしてる訳じゃないんだから文句言うな!」
追い抜かれた雅が成真にまた文句を言い始める。
「待ってよー」
「あれ? 水に……落ちた」
そのままレースは終盤に差し掛かり、成真が一位のままであったが、輝響がお邪魔アイテムを出し、最後の最後で成真を抜き去り一位は輝響で終了した。
「やったー! 俺の勝ちー」
「くっっっっそー!」
「やったーなび!」
「あ……やっとゴール、出来た」
輝響一位、成真二位、雅三位、命最下位でレースは終了した。
口数は少ないものの、命はみんなが楽しそうにしている様子を眺めているのも好きだ。自分は上手く話せなくても、みんなが近くに居てくれるだけで、命は楽しいのだ。
命が上手く話せなくとも、三人は話しかけてくれて、様々な事を教えてくれたりもする。三人もまた、命となんでもない事でも話したり、近くに居れるだけで楽しいのだ。
輝響、雅、成真は命が意識障害である事も、女である事も知っている数少ない人物だ。
女と最初から知っていたわけではない。高校生の頃は命の事を三人とも男だと思って接していた。
命を女と知ったのは去年の事だった。
こうして四人で輝響の部屋に集まった際、命が突然「あ」と声を出したので三人とも「どうしたの?」と問うと、命は表情一つ変えずに
――俺、結婚したんだよね。
と話した。
命に恋人が居る事は高校生の頃から知っていたが、顔を見せてもらった事がない三人は「奥さんの写真ないの?」と聞いた。命はズボンのピスポケットから携帯を取り出し、ホーム画面に移動すると、画面を三人に見せた。
その場にはしばらくの沈黙が続いた。
画面に写っていたのは、男であろう革だったからだ。
三人は革の事も男だと思っていた為に、命は同性愛者だったのかとびっくりした。
――えっ、あらたくんじゃん……どういう事?
成真が問うと、命はなんの迷いもなく口を開いた。
――俺さ……女なんだ。
その場に二度目の沈黙が流れた。先程の沈黙よりも明らかに長く、急に女だと告げられた三人には、部屋にある時計の音が、やけに大きく聞こえてくる気がしていた。
命が女である事に驚いている中で、座っていた雅が急に立ち上がると、二、三回深呼吸をしてから口を開いた。
――僕も言いたいことがあるんだ。――僕は……ゲイです!
先程までは眠そうな顔をしていた命も、その告白に目を丸くする。成真は顔を少し引き
すると、雅に続き輝響が立ち上がり、大きく息を吸う。
――俺はバイです! 女の子にも、男の子にもドキドキします!
成真が最後に立ち上がった。
――お前らいい加減にしろ!
成真は状況が整理できなくなり、やっと言葉を絞り出し、話を中断させた。
――えっと……まず、みことは女の子で、あらたくんは男の子でオッケー?
成真は命に問うと、命は首を横に振る。
――違う。あらたも……女。
成真は眉間を右親指と人差し指で抑え俯き「はぁー」と溜息をついた。
――みことはレズで、みやびはゲイで、なびきはバイだって? いつ打ち合わせしたんだお前ら!!
成真はもうどんな反応をしていいのか分からず、鋭いツッコミを入れてしまった。
――ええーっ!? あらたも男じゃないの? 驚きー。
雅はそう言った。
――今まで気づかなくてごめんね。――話してくれてありがとう。みこと、みやび。これからもよろしく!
特に何も気にする事なく、輝響はそう言って、ニカっと笑った。
命も雅も、お互いのカミングアウトに驚きはしたものの、普通に受け入れて笑い合った。
成真は一人取り残され、ぼんやりと立ち尽くしていた。
成真はノンケだ。何があろうとも、いくら積まれても、同性と恋愛する事や、身体を重ね合う事は出来ないと思っている。
友達はこれからも友達だと思いたいのに、その日成真は迷ったままだったが、しばらく経ってから話し合いを重ねて、気持ちに折り合いが付き、これからも四人友達でいる事を了承した。
「ななおーなんかオススメのエロ本ない?」
「お前なあ……なんで女の子に未だにエロ本貸さなきゃいけないんだか」
命は至って普通に成真にアダルト漫画のオススメがないか聞いた。
命は三人と友達になった時、今まで男友達を作った事がなかったので、どうすれば良いのかと考えた事があった。
そこで命が気づいたのは、みんなたまにアダルトな会話をする事だった。恋愛等ではなく、主に体の一部分や、行為についての話だった。命は下品な話には全く抵抗がなかったが、知識がなかった為「それ何? どういう話?」と興味を示したりしていた。
当時男だと思っていた三人は、命に色々な事を教えたり、時にはアダルト漫画や雑誌を貸す事もしていた。
余談だが、命はそれを家で読み、兄に「アダルトなやつは、命がもっと大人になってから!」と、怒られた事がある。
本棚の奥から「はいこれ。最近のオススメ」と、成真は命に一冊の漫画を渡した。「サンキュー」と言い何も気にせず、命はその漫画を普通に読み始めた。
輝響と雅はレースゲームを二人でやり、成真はイラストを描き始めた。
成真の家に来て一時間は経ったであろう頃、命の携帯に着信が入った。命は本を閉じてから携帯を確認すると、相手は革であった。命はその着信に対して応答ボタンを押した。
「もしもし? どうしたあらた」
「みこと、今何してる?」
「今? エロ本読んでる」
「――は?」
正直に答えなければいいものの、命は今している事を革に正直に答えてしまい、革は怒りの声を露わにした。そして「冴えないクソ眼鏡にかわれ!」と大きな声で命に言うと、命はイラストを描いている成真の元へと歩み寄り、携帯を渡した。
「えっ、何?」
「あらたが…‥話したいって」
「う、うわぁ……やだな」
何を言われるか、成真は大体予想がついていた。革はいつも同じ様な事で何度も怒ってくる。
それだけ命が心配なのだろうが、遊びに行くと言ってるのに一時間後に電話してきて何してるのか聞く革に対して、成真は気持ち悪ささえ覚えていた。
革がこうして電話をかけてくる事は毎回と言っていい程だ。
「心配なら一緒に来たらいいのに」と輝響は言うが、雅と成真は「面倒だから来てほしくない」と言う。
成真は革からの電話に恐る恐る応答した。
「もしもし? あらたちゃん?」
「てめぇ‼︎ 冴えないクソ眼鏡! みことにまた変な本貸しやがって! いい加減にしろや!」
「いや……俺だって友達だろうと、女の子にエロ本貸したくないけどさ、みことが読みたいって言うし……ねぇ?」
「なんで貸すんだよ! ほんとクソ眼鏡だなお前は!」
何度も怒鳴り散らされて耳が痛くなってきた成真は、無言で命に携帯を返した。
「話……終わった?」
「ん、ああ、みことか。いや、逃げられた。また今度しっかり話してやる」
「あんま……怒らないでね」
「俺は、みことが心配なんだよ。なんかされそうになったりしたら、いや、なんかされたりしたらすぐ言うんだよ?」
「大丈夫。みんな、友達……だから」
命は優しい声色で柔らかい表情をしながら、みんなの事を「友達」と言った。
そんな命の態度に観念したのか、革は「じゃあね」と言って電話を切った。
✝︎✝︎
午後十九時四十五分頃、夕飯の支度をしている革はインターホンが鳴っている事に気づいた。
今日の夕飯はカレーだった為に、今はカレーを煮込んでいる最中だった。一度火を止めてからエプロンを取り去り、玄関までかけていく。
ドアについている小窓から外を
「みこと寝ちゃって、起こしてもふらふらしてたから送るついでに運んできちゃった」
「なびに感謝しなよねーあらた」
「みこと、みこと、家に着いたよ」
ニカっと笑う輝響。フンとまるで自分が運んで来たかの様に自慢する雅。命に呼びかける成真。まるで起きない命。
革は少し機嫌が悪くなったが、命を安全に家まで運んで来てくれた事には感謝を感じた。
「お、おう……その、あ、ありがと」
「うん。あらたちゃんの声なら起きるかも。呼びかけてあげて」
「みこと俺だよ、あらた。おかえりみこと、ほら、起きて」
革はそう言うと、命の肩に手を置き、少し揺さぶってやる。命はゆっくりと瞼を開けると、革と視線が交わった。
「あ……あらた。おはよう」
「おはよう。さぁ、一緒に夕飯食べよ」
「うん」
そう言うと、命は輝響から降りて一人で立った。その場で少し伸びをしてから、大きな欠伸をした。
「なびき……おんぶしてくれて、ありがとう」
「いえいえ、良いんだよ。楽しかったね! また遊ぼう」
「うん」
「今度は僕の家来ても良いよ!」
「どっか出かけるのも良いかも」
四人で和気藹々と話をしていると、革が咳払いをしたので、三人は「帰るよ」と言った。
「またね、みこと、あらたちゃん」
「まったねー」
「じゃあね」
「うん。また……な」
そう言い終わると、三人は背を向け帰っていく。その様子をしばらく見つめてから、命は玄関のドアを閉めた。
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