最終話 先輩って……。

「そこに座って」


 指さされた場所は、ただの倉庫の床。

 窓から日が差して、キラキラと埃が光っている。

 埃っぽいところはあまり好きではない。……これは誰でもそうか。

 私は渋々、床に体育座りで座った。


 倉庫の匂いは、独特過ぎて苦手な部類に入る。この匂いが好きな人もあまりいなさそうだし、好き好んで入る場所でもない。……そういう趣味を持った人は知らないけれど。

 ゴムの匂いというか、酸っぱい匂いもあるような……。

 汗の匂いの方が言い方的にしっくりくるかもしれない。


 そして蒸し暑い。なんだここは。

 額から汗がダラダラと落ちて来た。ここから早く涼しい場所に行きたいのだけど……。


 そう思っていると、美紅先輩が目の前にしゃがんだ。

 目は若干細く、品定めをしているような、目つきで少しゾクっとした。

 ハーフアップにまとめられた長い髪は、床に広がるようにばらけて、きれいな髪が汚れそうなんて思っていたつかの間。


「……くすぐったいです」


 人差し指でふくらはぎをなぞられる。上から下へ、下から上へ。

 強すぎず、弱すぎず。

 くすぐったかったのだが、なぜか背中に電気が走ったような感覚に襲われる。

 足が少し、じれったい。

 

 そして息が熱い。


「結愛ちゃんってもしかしてウブだったりする?」


 何をもってそう判断したかわからない。でも当たっている。

 こういう事は、今まで一度もしたことがない。

 答えずに耐えていると、美紅先輩は指を止めた。


「……まあ、反応を見てればわかるわ。かわいいわね」


 そして、美紅先輩が「手貸して」と言ってきた。


 右手をそっと差し出す。

 美紅先輩の柔らかく、細い、そして温かい手が私の手を包み込む。

 そしてそのまま私の手の甲を、美紅先輩の頬に当てた。


 目を瞑り、長いまつげがキラキラしている。

 頬は少し湿っていた。……汗だろうか。


 しばらくして、そのまま私の手先を舐め始めた。

 生暖かい舌の感触に、気持ちが良いって感じてしまった自分に、知りたくもないことに気が付いて少し後悔する。

 手のひら、首筋がゾクゾクっとして、いけないことをしているっていう背徳感を感じた。


「先輩って変態なんですね」


「それはあなたも同類でしょ?」


 舌が、中指と薬指の間を這わす。

 濡れたところが空気で冷やされて、私の体温より若干高い舌が触り、また濡れる。

 くすぐったいけど、気持ちが良い。


 濡れた手に吐息もあたり、電気が走ったみたいに腕がゾクゾクした。

 官能的だった。この美紅先輩は妖艶で、色っぽかった。


「この反応見てると、私もちょっとゾクッとしちゃったわ。私をそんな気にさせるなんて結愛ちゃんはダメな子ね……」


 私の首筋に吐息があたる。……これ以上はダメだ。

 目を瞑った。背中が痺れて、ドクドクと心臓はうるさい。

 感覚がめちゃくちゃにかき回されて、おかしくなりそうだった。


「結愛ちゃんとお付き合いしても正直構わないわよ。毎日の告白を避けるって意味でもあるけど」


 色っぽい艶のある声で囁かれて、耳が熱い。

 吐息で熱せられたのか、私が反応して熱くなったのかわからなかった。


「どうする? 付き合う?」


「……お願いします」


 意識がまとまらなかったけれど、幸い聞き取れて頷く。

 美紅先輩は少し笑みをこぼして、私の正面に移動して、そのままキスをした。

 あの時に比べて随分優しいキスだと思った。甘くて、若干苦い。チョコレートのような可愛いキス。

 

 先輩も体温が高かった。それがこの倉庫によるものなのか、わからない。

 だがこの体温を感じれたから、夢ではないのは確かだ。


「ただ、バスケは上手くなってよね。これが私からの〝言う事〟だから」


 そういって、美紅先輩は私の手を握り、絡ます。

 俗に言う恋人握りらしい。


「わかりました。また頑張ります。その時は一緒に教えてくださいね?」

 

 そういって少しの間、この倉庫で過ごした。


 暑くて、独特な匂いだけれど、美紅先輩と一緒なら悪くないって思った。

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【短編】先輩のその癖、知っています。 量子エンザ @akkey_44non

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