第4話 フリースロー
はっきり言って、結果は散々だった。
週末、土曜日。時刻は昼過ぎ。
部活が終わって、みんなは帰っていった。
私と美紅先輩だけ残って今、体育館にいる。
「それじゃあ、このフリースローで私が勝ったら結愛ちゃんは私の言う事を聞くのね?」
言いながら、美紅先輩は首を傾げ人差し指を唇に当てる。
ええ、受けて立ちますよ。
どんなことでも聞いてあげます。恥ずかしい事でも、なんでも……。
「私が勝ったら、お付き合いしてくださいね?」
言って、右手を差し出す。
美紅先輩は「わかったわ」と言って、握手をした。
真剣勝負のはじまり。
ゲーム数は三回。単純に多く入ったほうが勝ち。そしてドローの場合は……。
「ドローの場合はどうしますか?」
美紅先輩は悩んでいた。
私も悩む。
「十回まで延長してもドローのままだったらお互いの言い分を飲む。それでいいんじゃないかしら。多分そこまで延長せずに決まっちゃうと思うわ」
私は頷いて、それで行くことにした。
次に先攻か後攻かは平等にじゃんけんで決める。
せーので声を合わせて。
「「じゃんけんぽん」」
……あらら。負けちゃった。
じゃあ、と勝った美紅先輩が言った。
「私は後攻で」
やっぱり後攻なのね。
美紅先輩はガチだって事がわかる。
一切手を抜かないつもりだ。
なら私も手を抜かない。
私は負けない。
私は息を整え、丸い円の書かれた線の中に入る。
対角線上に伸びた中心の線がフリースローのラインだ。
……第一球目。
ボールの感触を確かめるように数回、ドリブルをした。
トントントンと体育館の床が揺れ、弾む音が反射して自分の耳に返る。
周りは静かだ。時々風が流れ、カサカサと葉っぱが掠れる音や車のエンジン音が過ぎ去っていく音も聞こえる。
タイミングを整えて。
――これなら。
大丈夫なはずっ……!
ラインに両足を乗っけ、垂直に背筋を伸ばしてひざをバネにしてジャンプする。
そしてボールを垂直に持ち上げ左手を添え、右手でスナップを効かせる。
ボールは綺麗な弧を描いてゴールに向かう。
一瞬の静寂。この静寂で決着はあらかたつく。
空中に飛んだ私の身体は、すぐに重力に従って床に降り立って。
――いける。
っと思ったのだが。
「あ」
ガコン、とゴールの赤い枠に当たり弾かれてしまった。
抑揚のないボールが跳ねる音と私の間抜けな一音が館内を響かせる。
やってしまった。
私は緊張に弱い。決めないと、っていう意識が脳裏に働くと本来の精度を出せない。
負け惜しみ? 言い訳? そんな言葉で片付けられるかもしれない。
これが私の実力なのか。神様は微笑んではくれなかった。
今すぐにでも、どうしようもない現実をひっくり返したいと思った。
続いて、美紅先輩の一球目。
フリースローラインに立った美紅先輩は、とても美しく窓から入り込む日に照らされ、輝いていた。
ボールを軽くドリブルしていた。
すでにこの段階から決着がついているのか。
なんだか余裕そうな雰囲気を出していて、決めてしまいそうと思った。
私はこの迫力に飲まれていた。
現役スタメンの美紅先輩は勝負の時、会場を作り、持っていく。
それだけの実力者なのだ。
表情が切り替わった。獲物を駆るかのような鋭利な目つき。
キュっとバッシュが鳴いて、美紅先輩はピンと背筋を伸ばしジャンプした。
右手をスナップさせ、バックスピンをボールにかけた。
数十メートル先にあるゴールを目指し、ボールは弧を描く。
きれいな線を描いたボールはスコッと音を鳴かせた。
ゴールの若干くすみかかった白いネットは、重力に逆らうかのように上へあがって、下がる。
ボールは垂直に落ちる。私の時みたいに弧を描いて落ちたりしない。
この時わかった。決まったんだと。
三回勝負だと、一回目でほぼ結果がついてしまうようなもん。
……真剣勝負だから、ここでは終わりしないつもり。
最後までやり通す。先輩に失礼がないように。
◇
結果は完敗であった。
私の実力不足。厳しい現実という壁が目の前に現れ、道具を何も持っていない私は、立ち尽くす。
ゴールに入った回数は一回。先輩はすべて決まった。
やはりというべきか。対策済みなのか。格の違いを見せつけられた。
「結愛ちゃん、中学の頃あんなに上手だったのに、どうしちゃったの?」
……? 中学の頃を知っているの?
確かに、スタメンでは出ていたけど、サポート役に徹していたし、自分から前へ行くようなタイプではない。
目立とうとはしなかったけど、目立とうとも思っていない。
大体、メイン所はすべて私以外のメンバーに持ってかせた。
……のに。
「中学の頃を知っているんですか?」
質問を質問で返す。自分はアホみたいだ。会話になってない。
「ええ、それはもちろん。シュートは決めてなかったみたいだけど。あれは今考えると作戦……だったのかと思ったわ」
ああ、やっぱりこの人は、いじわるだ。
なんだか全て、見透かされているような感覚になった。
この今回のフリースローも、これまでの告白の受け答えも。
すべてこの人は計算していたのか。
私は身長が少し低く、アドバンテージがないのでわざわざシュートは決めには行かなかった。
どうせ、弾かれるのだから。
どうせ、ブロックされるのだから。
だから私は、パスに全力を注いだ。
そしたら上手くチームが回り出して、点数が伸びていった。
小柄な体を生かし、相手のスキを突く。シュートが上手いメンバーにパスをし、そのままゴールへ向かう。
結構単純だった。
大勢の人は、シュートを決めた選手に目線が行く。
だけれど。
「結愛ちゃん、あの頃は凄く輝いていて、正直シュートを決めている人よりかっこよかったって思っていたのに、私ちょっと残念」
凄い観察眼だ、と思った。
そして、そこより気になったことが。
「ええっと……もしかして、一度当たってます?」
私は記憶の彼方に追いやった当時を思い出してたが、それっぽい人はいなかった。
それどころか、中学の頃のバスケなんか、もうほぼ忘れてしまった。
「ええ、中学二年の頃にあった、練習試合の一回戦。ここで私はあなたに圧倒されたの」
「そう、だったんですか」
うーん。記憶が……ない。
「それで、あなたに追いつきたくていっぱい練習したの。それであなたがこの部活に入ることを知って私は嬉しかったわ」
思い出に浸るような、しっとりとした声だった。
「でも、入部してからのあなたをみて思った。変わってしまったっと。あの神業みたいなパス回しではなくなってしまって、なんでか平凡な恋愛脳な高校生にしか見えなくなった」
美紅先輩は続けた。
「だからあなたを振り続けた。今のあなたは好きじゃないわ。でもあのキスは不慮の事故ね。可愛いのは間違いないの」
だから、と言って
「今日は返さないからね。約束、守ってね」
私の手首を掴み、体育館倉庫へ早歩きで引っ張られた。
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