第27話「おねえちゃんってよんで【前編】」
青春の一ページとも呼ばれる『夏休み』。
誰もが待ち望んだ大型連休の訪れる前日を終業式とも呼ぶ。
更にその終業式の一日前、赤白い日の下の屋上で──白い制服を着た男らはそれぞれの方角を見つめていた。
「……嘘みたいだよなぁ」
青天井を見上げていた
あくまで冷静に、ゆったりとした口調で、彼は誰が返答するかも想像せず、言葉を紡ぎだしていく。
「全部だ……
街も……今回の天使で死んだ人たちも……いまだに信じらんねぇよ……」
この話を誠良は自分が気付いていないだけで、ここ数日何度も繰り返し呟いていた。
されど、それは全て本当に起きた事で──その衝撃が彼の頭に深く刻み込まれていたのだ。
「だからさぁ……」
すると、フェンスに背凭れを預けながら背中越しに校庭を見下ろしていた
その様子はまるで
「“アレ”なんだって……あのでっかい天使と戦ってた時に、姿を変えたエネシアが全身から振り撒いていたっていう“ピンクの粒子”が風に乗って、天使に壊れた世界中のありとあらゆる物を再生させたんだって……
すっげぇぇよなぁぁ」
空気が抜けきったかのような脱力しきった言葉にやはりいつもの興奮は無い。
その代わりなのか、この話をすると決まって侑弥は自身の右肩を擦りだす。
「お前の
命を再生させるなんて……もはや神様。地球最強魔法少女なんて名前も持て余しちまうな」
もはや物理の命の垣根を超越したエネシアを想像し、誠良は思わず苦笑してしまう。
そして再度、侑弥を尻目に見るも彼は何も言わずにやはり校庭ばかり見つめている。
もはや同じ方角を見ずとも、侑弥が何を見ているかは一目瞭然ではあるが──
「そういや命運先輩さ、変わったよな。“英雄”って讃えられるようになってから。リリィ・ミスルトからただの“ミスルト”に改名したし、性格も厳しく無くなった。学校の裏暴君が今や超善良人だな」
「……いうて……そんな前も厳しくなかったと思うけど」
微笑を浮かべながらノスタルジーに浸るかのように話すと、侑弥は瞬時に反応してきた。
「お前の口からそんな言葉が出るとはな」
と笑みを浮かべながら、誠良も同じ方角を見下ろしてみると──校庭では
異様すぎる光景。
しかし、今までとの大きな違いといえば、皆が笑顔になって彼女を慕っているということだ。
それは喜ばしい事なのだが、侑弥は浮かない表情で最近彼女ばかりを見つめている。
「……推し変、するか?」
「は? 何に?」
「ミスルトに」
「はぁぁぁぁぁぁぁ⁉ だ、誰がそんな邪道な事するか! 俺はエネシア様一筋だし、ちょっとこの前助けられただけで……」
いつもの調子を取り戻し、赤面で慌てる侑弥を見て「そうかよ」と誠良は笑い飛ばした。
「しっかし、なんでまた名前から“リリィ”を無くしたんだろうな」
と、誠良は侑弥の様子を見ながらも、ふと浮かんだ事を口にする。
あの特徴の一つであった“リリィ”という名字の様なものを突然消してしまったのだ。
ネットでは様々な考察がされているがいまだ真相は明らかになってなく、解ったところできっと「なぁんだ」程度で終わるかもしれない。
あの巨大天使を倒す為の先導者となった彼女が、いったい何故──
「もう……甘ったれたガキじゃいられないからだよ」
刹那──地面に座りながら俯いていた“
二人は彼の様子を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
顔色は真っ青でまるで力尽きたかのように座り込んでおり、蝉の鳴き声だけに耳を傾けている。
熱に溶かされた生きる屍のようになった
「なに、厨二病?」
完全に調子を取り戻した侑弥が冷静にツッコミを入れるも、真士は一言も発しようとはしない。
「おい真士、ほんと大丈夫かお前。どうせ明日で終業式なんだから休んどきゃ良かったのに」
「マジですげぇ顔だな。俺は肩治ってるから良いけど、お前は病み上がりなんだから今日ぐらい家にいた方がさ……」
心配する二人の言葉を耳にしながらも、真士は大丈夫と言いたげに引きつった笑みを見せるが、それでは彼らの不信感を拭う事は出来ない。
「だ、大丈夫だって……そんなずっと休むわけにはいかないし、今はまだ平気……」
「いやいや、大丈夫じゃなさそうだから言ってんの」
「……あぁあぁ、そうかそうか真士」
唐突に侑弥は何かを理解したかのように、腕を組み頷きだすと真士は嫌な予感を想像し眉を
「なんだよ……」
「風邪で休んでる時は、下の世話をお姉ちゃんに任せっきりだったから溜まっててしょうがないんだろ」
「何でそうな──ゲホッゴホッゲハァ‼」
あまりにも怪訝しく、そして
「侑弥お前なぁ! くそっ、真士連れて行くの手伝わないと命運先輩にチクるからな!」
「な、なんでそこで命運先輩が……ああ、手伝うって! ワリィ、ワリィっての!」
誠良が侑弥の頭を軽く叩くと二人は真士の両肩を支え、保健室へと付き添って行った。
苦しい……けど、これって生きてるからなんだろうな。
頭がクラクラするのに、何故か生きている事を喜んでいる自分がいる。
変なの。
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