第7話「早城姉弟と素晴らしき日々」
白い制服に茜色の
「あと二週間で夏休み! ……質問なんですけど、速く時が過ぎる方法ってあります?」
「……毎日を楽しく生きれば過ぎ去るだろ、退屈だと遅く感じるとかいうアレで」
『また始まった』と言わんばかりに気だるそうな回答を上げる
「ナイスよ! それ採用!」
「採用しなくても、お前の時間の流れはジェット機以上だよ」
「だな、ハハハッ!」
夕焼けに塗りたくられた学校の階段を、様々な生徒とすれ違い三人揃って降りていく。
部活に励もうとする子、帰宅していく子、バイトに急ぐ子。
人にはそれぞれの人生というものがあって、それを誰かが強制的に変えることは出来ない。
出来たとしても、それは悪であり最低な支配者だ。
「──おい、真士!」
侑弥の大きな声に驚き振り返ると、二人が心配そうに此方を見つめていた。
「あぁ……どうした?」
「真士、最近何かあったのか?」
誠良の言葉に小さく声をもらし、自分の心臓の鼓動が少し強くなるのを感じる。
「誠良の言う通り、慌ててたと思ったら今度はズーンと落ち込んでんだもん」
侑弥もそれに続いて俺に問いてくる、そんなに顔に出てたのか。
「あー……そうだな。最近、姉さんと喧嘩してる……くらいかな」
少し考え半分嘘ではない話で誤魔化すと、二人は「あー……」と微妙そうな表情で納得した。
「……シスコンが生じて、下着を部屋に持ち込んだのがバレたか」
「バカ」
すると何を思い出したのか、靴を取り換えながら思い返す様に侑弥が喋りだした。
「姉と喧嘩かー……良いなぁ。
そういや小さい頃、日曜の朝にやってた特撮でそんな回があったな」
それって……と自分の記憶を辿りだし、その言葉だけで内容を思い出してしまった。
「……それ知ってる。主人公のヒーローが姉と喧嘩して、姉がその後誘拐されて怪人にされちゃって敵になったやつだろ。……最後は新しい最強フォームに変身して助けてた気がする」
不思議と覚えていた話をスラスラと喋り、自分でもここまで覚えていた事を意外に思っていると侑弥は歓喜として声を上げだした。
「おぉ! 解る奴がいたとは……お前も筋金入りのオタクよのぉ!」
「ちげぇよ、小さい頃に姉さんと一緒に朝起きて見てたんだよ。あのヒーロー、ガキの頃すげぇ好きだったから印象に残ってただけ」
「ふーん」と素っ気なく言葉が返り、俺たちは靴を変え学校から出て行った。
あの日から三日経ったけど、至って変わらないいつもの日々を俺は送っている。
姉さんも普段と何も変わらず、「うん」「ご飯」「お風呂」だけと会話も全く交わしていない。
まるでエネシアの正体を知る前に、時間が戻ったみたいだった。
一つ違うのは俺の心だけで、ぽっかりと穴が開いたみたいで気分はどん底の中。
※
日常が壊れかけてしまうような出来事だったはずのに──まるで時間が巻き戻ったみたいな毎日を無意味に過ごしている。
一つだけ違うのは、私の心に大きな穴がぽっかりと開いてしまっているということだけ。
気分転換にと『ころよい』を買って飲んでみたけど、咽るだけで美味しくない。昔からお酒は苦手だ。
どうしようもない自分に溜息をついて机に寝そべさせるが、それだけでも時間はただ無駄に過ぎていき、外も心も暗くなっていくだけ。
すると、円を描くようにボンコイが頭上で浮遊し始め、いつものペースで話しかけてきた。
「無理して
感情を持たない奴は、気楽で良いな……。
「時間的にもう講義ないよ……今日は休み、明日からちゃんと行く……」
鬱陶しそうにボンコイの話を流し、また一人憂鬱へと沈みだす。
「はぁ……世界とか他人とかどうでも良いよ……」
私にしつこく勧誘をしてきた魔法少女、
そんな理由で、今まで戦ってきた訳じゃないのに。
「──その心配はもう必要ありません、
数日前に行った発言を思い出させると、俯いた状態で視線を向ける。
「……ボンコイは良いの? 私が魔法少女にならないこと」
意外にも賛同してくるので聞いてみると、画面には「
「私は知性を持つただの
ですので
ずっと戦ってきたボンコイの言葉を聞き、また机の方へと俯き返してしまう。
有難い言葉なのにどうも晴れないこの気持ち、涙がずっと流れ落ちているみたい。
「私は……昔やってたアニメに出て来るような、戦う女の子になりたかったんだ。──シンちゃんにキモがられるのも当然だけど」
今更ながらそんな
ボンコイは画面に付いているカメラから私を見つめ、その考えに物申した。
「アニメの様に戦う女の子──
「……言わせようとしないで、病みそう」
そう今のは少し本音だが、それでも戯言に過ぎない。
真の理由は更に醜い、世界平和や人類勝利なんて二の次どころか一兆の次も良いところだ。
「そんなに暗い気持ちになるのでしたら、心機一転すべきです」
その言葉に反応し、ゆっくりと私は顔を上げ復唱する。
「……心機一転?」
「二十五年という人生の中で、魔法少女として半分も捧げてきたのです。
ですから、ここから新しい自分に生まれ変わるという考えのもと行動したら、生活がさらに豊かになるかと。環境も考えも変えるのは自分からです」
機械音声によるアドバイス。しかし、ボンコイのアイディアは意外にも心に刺さり、私はゆっくりと体を起こした。
「そうだ、そうだそうだ……うん、ボンコイ良いこと言った。
こんな調子じゃ駄目だ、もうエネシアにならないって決めたんだから、もう気にする事なんてないじゃん」
私の顔の前を浮遊するボンコイの画面に『
大雨と落雷降らす気持ちの雨雲に、突如穴が開き始めそこから日光が柱の様に降り注ぎだしていく。
それではまず明日から……いや、今日から気持ちを入れ替えてちょっとずつシンちゃんと話せるようになろう。
私が大学落ち続けた時は結構気を遣わせちゃったし、少しずつあの時の様に仲良くなれるようにしなきゃ。
「そうと決まれば……」
机から離れるとすぐさま部屋を出てリビングに向かい、エコバックを手に取りながら冷蔵庫の中身を確認し始めた。
キャベツに玉ねぎ、ピーマン、今日の夕食はシンちゃんが大好きな
「──いつも利用している最寄りのスーパー。今日は
私の顔色と視線だけで何を作るか察するとは、
「ありがとう、ボンコイ。今日はやっぱり回鍋肉だ」
ボンコイがメモ機能で自動的に買うものを入力するとスカートのポケットへと入り込み、私は玄関へと歩き出した。
──今日から私は、普通のお姉ちゃんだ。
たぶん先に帰ってくるだろうから、その時は「ただいま」って言って今日の夕飯を教えてあげて、緊張するけどそこは頑張って話しかけてみよう。
そう思うとなんだか怖いけど、これからが楽しく思えてきて、走り出してしまいそうだ。
緩くなっていた靴紐を結び直し、ドアノブに触れようとした瞬間──
私は、手を止めた。
このドア、否、この“先にいる何か”
既視感のある感覚、天使などではない。奴らだったら人を察知した瞬間、ドアを破壊してすぐに侵入してくるはずだ。
ポケットに入っていたボンコイもブザーを鳴らしながら、ドア越しにいる気配を知らせてくれている。
これからの事に感じていた楽しさが薄れだし、ドアの奥にいる気配を睨みつける。
決心を固めドアノブに捻ると、重い音をあげながらゆっくりとドアを開けていった。
そこに、一人の青い魔法少女が立っている。
薄水色のポニーテールに、愛らしい──
初めて見た魔法少女。しかしその顔立ちには見覚えがあり、たった一時間ほど同じ空間にいただけで覚えてしまう程の存在感がある子だった。
情熱に溢れている理想だらけの正義感ばかり語っていた、シンちゃんと同じ学校の人。
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