第3話 それがいい

 舞台が終わった後、握手会が始まった。二点五次元の男性俳優が沢山いる。舞台俳優、俳優、舞台俳優、舞台俳優……。正直、誰が誰か分からない。

初めてで何を話せばいいのか分からないわ、周りはガチ勢だわでよく分からないでいたけど

「初めて?」

さっきの悪役の男性舞台俳優の人が手を出してきた。

「あ、はい」

「日菜乃さん、こんにちは〜!俺は成川涼晴なるかわりょうせいです」

胸あたりに付けているシールに名前を書いた字を見て私の名前を呼んでくれた。

「こんにちは」

緊張した。その成川涼晴は、綺麗な顔をしていたということにも確かに緊張したけど、瞳や笑顔が吸い込まれるように綺麗だと感じたからだ。それに、心の中であの小説の中の人物だと思っていて、余計にドキドキしてしまった。

「あ、あの……舞台、凄かったです。特に終盤の殺陣のシーンが好きで」

「本当?嬉しいなぁ〜!あのシーンは頑張ったんだよね〜」

「すごいですね、努力家で……すごいです」

「ありがと」

「えっと、あの……あの……これからも頑張ってください!」

私は精一杯の気持ちを込めて言った。本当はもっと聞きたいことがあったけど、恥ずかしくて言えない。すると彼はクスッと笑って言った。

「また来てくれたら会えるかも」

少し恥ずかしそう。演技なのか、素人の私には分からない。

「あ、はい」

「日菜乃さんは、なんか不思議な感じがするなぁ〜」

「不思議ですか?どんなところでしょうか?」

「なんかねー。ふわふわしてるっていうか」

「よく言われます」

「でも可愛いよね。あ、俺のファンになってくれる?」

「え、はい、もちろんです」

「やった」

そう言った彼の表情は無邪気に少年そのもので、母性本能がくすぐってしまいそうだ。

「あの、ファンです」

「うん、ありがと。お礼は……いいや、ファンになってくれてありがとう」

手を再び握ってもらった。


 帰り道、私は心愛の話を聞いていた。

「推しの舞台俳優さんがね、『お、よぉ』って!対応が慣れ過ぎてもはや雑!でも覚えていてくれてて嬉しい〜」

「今日はありがとう。連れてきてくれて」

「よかった、スッキリした顔してんじゃん!」

 それから、一緒に仕事も恋愛も頑張ろうと意気込んで駅で別れた。天気は晴れ。春の匂いがする気がする。それでいい。それがいい。

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