矯正、お茶会
その日は王宮メイドたちが一同に揃っていた。
そして、ナンシーからの説教で1日が始まった。
「最近のお嬢様は口調も乱れていますし、姿勢も大変悪うございます」
「え? そうかな? 俺はきちんとマナーを守っているつもりなんだけど……」
「ですから、それですっ! その『俺』という一人称をやめてくださいませ」
「いや、あの、ナンシーさん? 俺は男なんだけど?」
「いいえ、今はお嬢様です。服装もきっちりと女装をし、軽い化粧もして、先日頂いた爪磨きで爪をしっかりと光らせているお嬢様がどの口で、自分のことを男だと言えるのですか?」
「はっ! いつの間にか化粧まで含めて、女装がルーティンになっていた!?」
「あと苦情も来ています。男性の護衛を侍らしていると。この件については、奥様に相談して、女性の護衛もつけてもらうつもりです」
「えー、あの二人だけでも窮屈な思いしてるんだけどなー」
「お嬢様は、これからお茶会などにも出席する機会が増えると思います。その際、男子禁制の場合もございます。そのときのために、女性の護衛を用意しておくことは大事なことだと思います」
「お茶会……、俺が参加する必要があるの?」
「また口調が……。最近では、珍しい料理を作り上げた、などという噂により興味を持ったご婦人方も多いのですよ?」
「はあ、どこかでガーデンパーティーでも開かないとダメかな? インパクトをつけるために庭に石窯を作ってもらうのもありかな?」
「で、す、の、で! 人前に出ることが多くなります。そのため、お嬢様には口調と姿勢の矯正を行ってもらいます!」
「ええ!? それってもう決定事項なの?」
「奥様と私ども王宮メイドたちが付きっきりでお教えします。ですので、逃げ場はないと思ってくださいね?」
ナンシーがニッコリと微笑み、俺に死刑宣告をした。
そして、母上と王宮メイドたちによる洗脳講座が始まったのだった。
扇子を持ち、笑うときは口元を隠し、上品に笑う。
一人称も『俺』から『私』へ。
歩き方、座った時の姿勢、何から何まで矯正されて、『私』は生まれ変わった。
ただし、思考回路だけは『俺』を維持するという器用さも身についた。
身体は渡しても、心までは渡さないぞ!
新しく女性の護衛も紹介された。
真面目そうなこれぞ女騎士! って人と、元気いっぱいで緩そうな雰囲気な人だ。
あの二人と実にお似合いそうだ。
「クリスです、お嬢様。以後お見知りおきを」
「ペティでーす! お嬢様、よろしくねえ!」
「クリス、ペティ。護衛の件よろしくお願いしますわね」
「はっ、この命に代えましても!」
「任せてよお、お嬢様の身辺警護は私たちがしっかりと守るから!」
「ペティ、お嬢様に対しての態度が軽すぎるぞ」
「クリスはお堅いなー、気軽に行かないと疲れちゃうよ?」
「ふふっ、お二人ならあの二人とも気が合いそうですね」
「あの二人とは? 前任者ではないのですか?」
「いえ、男手も必要なときが来るかもしれません。なので、あの二人は今後も私の護衛ですよ? 仲良くしてくださいね」
「むむっ、クリスみたいな奴がいるのです。いっぱい怒られそうです……」
「あの軽薄そうにこちらに手を振ってる男、護衛する気があるのですか? やる気が感じられません」
(頼むから仲良くしてくれよ。喧嘩してギスギスした護衛なんていらないぞ?)
「それで? ナンシー、今日の予定を教えてくださる?」
「はい、お嬢様。本日は公爵令嬢であるティナ様とのお茶会ですね」
「たしか、お兄様と同じ年齢でしたわよね? なら、お兄様の方が適任だと思うのですが……」
「あちらからの要望だそうです。どうもお嬢様が誘拐されて、助かった際の魔法についてを尋ねたいそうですよ?」
「会話の内容が準備されているのなら、そのお茶会はなんとかなりそうね。そうね、お茶のお供には新作のラング・ド・シャをつけてちょうだい。公爵令嬢としての感想を聞いてみたいわ」
「はい、では厨房にそのように伝えておきましょう」
(さてさて、アレクと同じ年齢のお嬢様ね。儀式は受け終わってるはずだから、魔法も使えるのかな? 俺の訓練方法を教えてもいいのかな? まあ、本人のやる気次第だな)
お茶会当日、優雅なカーテシーを披露した水色の髪色をした女の子がやってきた。
目元はツリ目がちで、強気な印象を受ける紅色の瞳だ。
「ごきげんよう、ディーネ様。今日は楽しみにしていましたわ!」
「ごきげんよう、ティナ様。立ち話もなんですから、まずはこちらへ」
「はい、ディーネ様! 本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございます」
「いえいえ、私の話を聞きたいだなんて、つまらない話かもしれませんよ? ですが、ティナ様のお役に立てれば幸いです」
スッとここでティナ様の椅子を引ける紳士のシャフリ。
一歩遅れて俺の椅子を引こうとしたヤンだったが、クリスの方が早かった。
適材適所ってことで、今回は目をつむろう。
精進したまえ、ヤンよ?
護衛に目線で訴えつつ、改めてティナ嬢へと視線を向ける。
「こちらは新作のお菓子ラング・ド・シャです。ぜひ感想を聞かせてくださいませ」
「あ、はい。では、いただきます。っ!? サクサクとした食感でほろほろと口の中で崩れて、甘さもちょうどいいですね!」
(ふむ、好評のようだ。緊張してたみたいだし、お菓子で釣ったみたいで罪悪感はあるけれど……、まだ子供だし問題ないでしょう)
「紅茶とも合いますね、とても美味しいです」
「ふふっ、お口に合ってよかったです」
しばし、和やかな雰囲気でお茶をする。
だが、意を決したような顔で、ティナがこちらを向き、本命の話題を切り出す。
「あの、ご不快な思いをさせてしまうかもしれません。ですが、誘拐されたとき、どのような気持ちでしたの? 男たちに乱暴をされるかもと恐怖は感じませんでしたの? 魔法で切り抜けたと聞きましたが、どのようにして切り抜けたのですか?」
(いっぺんに質問してきたな、落ち着いてひとつひとつ答えていくとしようかね?)
「そうですね……。薬をかがされたときは、さすがにまずいと思いましたね。護衛と離れてしまったのも悪手だったと今では反省しています。犯人に何かされるという恐怖はなかったですね。何かされる前に土の壁で四方を囲いましたし」
護衛と離れてしまったと口に出した瞬間、シャフリが苦い顔をした。
そうだね、シャフリにとっては失敗談だものね。ごめんね。
「土の壁で四方を……それは、崩されなかったのですか?」
「ええ、魔法は想像力だと習ったのです。とても硬い土の壁を意識して魔法を放ったのです」
「魔法は想像力……。そんな話、家庭教師の先生はしてくれませんでしたわ」
「あら? 私が読んだ文献ではそのように書かれていましたよ? もうどの本かもわかりませんが」
「ほ、ほかにはどんなことが書かれていたのですか!? 何か特別な訓練方法でもあるのですか!」
(おお? ぐいぐい来るね。自衛のために魔法で身を守りたいのかな? うーん、ここまで前向きなら教えるのも吝かではないかな)
「そうですね。体内の魔力は感知できますか? 私の訓練方法はまずそこからです」
「はい、魔法を使うようになってから、ぼんやりとですが魔力は感知できます」
「なら大丈夫ですわね。その魔力を魔法として放つのではなく、体内で魔力として集めてみてください」
「はい。……難しいですわね。」
「集めることができたら、今度はその魔力を体内で循環させてください。私たちの体内では魔力を循環させる魔力管なるものが存在します。その魔力管が太くなることで魔力の扱いがしやすくなるそうです」
「むむっ、魔力を集めて体内で循環……」
「最初はゆっくりでいいですわ。慣れてきたら循環させる速度を上げたり、集める魔力を増やしてみてください。より効果的な訓練になると思います」
「ふう、その年齢で大人のように理路整然と話すお姿。その上で私にもわかりやすく、かみ砕いて説明してくださる……。ディーネ様は不思議な方ですわね。ディーネ様がもし殿方でしたら、惚れてしまいそうですわ」
(なんて爆弾発言を。ここで俺、実は男なんですよとは言い出せないよなー)
男性陣の護衛からジト目を向けられて焦る俺。
よくわかってない女性陣の護衛は、そんな男たちを見てキョトンとしている。
いや、どうしたらいいんだよ。マジで……
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