第66庫 君の手をもう一度

 ナコの声ももう聞こえない。

 向こうとの連絡は完全に途絶える――どこまでツイてないんだよと、あまりの不幸に思わず笑いがでた。

 だけど、サマロがナコを制止してくれたことに安堵する。

 あの満身創痍の状態でこちら側に踏み込んでいたら――道連れにしていただろう。


 ……このまま、ゲームオーバーか。


 いやいや、この期に及んでゲームオーバーってゲーム脳すぎるだろ。

 左足に走る激しい痛み、溢れ出す血、ここはリアルで本当に僕は死ぬ――、


「違う、違う、違う」


 ――今こそゲーム脳にならなくてどうする?

 恐怖、怒り、悲しみ、今この場で無駄な感情は全て吹きとばせ。

 このまま、なすすべもなくゲームオーバになるなんて悔しいにもほどがある。この窮地を脱することこそが面白いんじゃないか。

 攻略しろ、攻略してみせろ。


「かかってこい理不尽、どうせなら楽しんでやるよ」


 僕にサーベルを突き刺したスカル・キラーの上半身を捕食した。

 難しく考える必要なんてなかった。

 こいつらはアンデッド族、命がないものは捕食可能じゃないか。

 さすがに、上半身を失い――動くことはできないのだろう。

 そのまま、スカル・キラーは灰となって消え去った。



 ――《闇耐性超アップ》を獲得。



 喰って、喰って、喰いまくってやる。

 アイテムボックスから天使の秘薬を取り出し一口――足の傷が治っていく。レアアイテムを出し惜しみなんてしない。

 立て続けに獲得したてのバフを発動、ここに来て闇耐性はありがたい。現在の装備とバフを重ねることにより――サークルドレインを無効化できるはずだ。

 さあ、準備は整った。

 

 ――全員噛み殺す。


 自身を中心に、糸状の触手を円形状に張り巡らせる。

 注意すべきはシャドウムーブ、この高速移動からのサーベルによる攻撃は死に繋がる可能性が高い。


 常に回避できるよう警戒網をマックスにする。


 残り4体。

 その内の1体が真正面から、3体はシャドウムーブから、仲間が即死したのを見て一気に勝負を仕掛けに来たのだろう。

 僕の前後、避けるには――上しかない。

 即座に触手による跳躍、高速移動してきた3体を捕食で噛み殺す。

 無理難題な身体の動きに――全身から悲鳴が上がった。


 スキルの発動が間に合わない。


 捕食ストック数の限界――すでに満身創痍に近い状態、僕は無防備に落下する。まさに地獄への入り口、残り1体が下でサーベルを構えて待機していた。

 せめてもの抵抗と触手で自身を守るよう包み込んだが、完全に防ぎ切ることは叶わず僕の身体を斬り裂いた。大量に噴き出す血、早く天使の秘薬を飲――震える手、手元から零れ落ちる。


 ……目が、霞む。


 とどめを刺しに、スカル・キラーがサーベルを大きく振りかぶったのが――ぼんやりと視界の端に見えた。

 さらに周囲からはカサカサとした足音、いつの間にか大量のスパイダーが僕を取り囲んでいた。

 新たな個体が湧いていたのだろう。

 僕が死ぬのを待って、エサにするつもりなのか。これはもう――僕という存在は塵一つ残らないかもしれない。

 

 ――このエリア全てが僕の命を奪いにかかっている。


 僕は、抗った方だろうか。

 結果、助かっていないのだったら――意味はなかったのか? いや、半数以上撃破することができたんだ。


 一矢報いた――そう、一矢だけだ。


 ナコ、ごめん。

 約束を守ることはできなかった。ナコの伸ばした手を最後に掴みたかった――握りたかった。

 僕は天に向かって手を伸ばし、


「……そうだ、ナコの手を」


 触手を展開、スカル・キラーのサーベルを弾き飛ばした。


「諦めるてたまるか! ナコのもとに帰るんだっ!!」


 僕の咆哮に、スカル・キラーが怯み――距離を取る。

 最後の足掻き、最後の奮い立ち、窮鼠猫を噛むという――僕の姿になにか危険を感じ取ったのかもしれない。

 その気迫は十秒にも満たない時間だったろう。

 もう動かぬ僕を見て――スカル・キラーが再度攻撃を仕掛けてきた。

 たった十秒、死の間際に生み出した小さな空白、


「誇れ」


 天井から声が降ってくる。


「お主が諦めず抗った時間、それこそが生を掴み取ったのでござる」


 大地を揺るがす衝撃音、重厚な装備を着込んだ鎧武者が落ちて来た。

 新たな敵? いや、違う――鎧武者は目にもとまらぬ速さで僕たちとスカル・キラーの間に割って入り、


「"無の刃――神威むのじん かむい"」


 蒼き閃光が全方位にほとばしる。

 その攻撃を受け、スカル・キラー含むエリア内のモンスターが瞬時に灰となった。想像を絶する威力、常軌を逸したこの技は一定のものにしか使えない。


「動けるでござるか?」


 鎧武者が僕に手を差し出す。

 これは、奇跡だろうか? こんな出会いがあるのか――見覚えのある姿に僕は思わず目を見張る。

 差し出された手、僕は残った力の全てで強く握り返しながら、


「Gozaru――ゴザル、さん?」

「お主、拙者と顔見知りか。小さき乙女の助けを呼ぶ声を聞いて駆け走った甲斐があったでござる」

「……ナコ」

「詳しい話はあとに、今はここを脱出するでござるよ」


 僕たち"Nightmares"メンバーの一人。

 オンリー・テイルにて唯一無二、武士の『超越者』――ゴザルさんが目の前に立っていた。

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