技術の無駄使い


 ポチが作ったバリケードの射撃用の穴から、僕は機関銃の照準器サイトを覗いた。


 照準器、といってもそんな上等なものではない。銃の背中についているのは、小さな鉄の板にV字の切れ込みを入れただけの物だ。


 僕は照準器の谷間を覗くが、黒い渓谷の間を動くものは何も見えない。


(――無線機の報告は、すこし気が逸っていたのかな?)


 ふぅ、と息をついて、両手で支えている武器を下ろそうとした、その時だった。

 砂塵を見つめていたタレットが「ピピピ」と、電子音を立てた。


 この電子音は、敵対的な存在を発見した時に発するものだ。


(何だ、どこに敵がいるんだだ!?)


 機械に過ぎないタレットが僕の疑問に答えるはずもない。

 魂なき砲台は、砂煙に向かって鉛玉を猛射した!


<ババン! ババババン!!>


「グワッ!」


 空中に声が上がり、宙族が倒れるのが見えた。

 たしかにさっきまでは何もいなかったように見えたが……。

 あれは一体?


 倒れ込んだ宙族が風に吹かれて、死体の上から何かが飛んでいく。

 砂色のボロキレがたくさんついたマントのようなもの……。


 なるほど、砂煙に溶け込む柄の迷彩ポンチョを使ってたのか!


 このクソ熱いサバンナで、長いこと厚着はできない。

 きっと、襲撃にあたってあれを着込んだんだろう。


 襲撃のことを教えてもらっておいてなんだけど……。

 もうちょっと詳しいことを、無線の主は教えて欲しいな。「常識やろがい」って言われると、「アッハイ」としか言えないけど。


 ともかく、ネタが割れてしまえば大したことはない。

 視覚的な迷彩で僕らの目を誤魔化しても、機械の目はごまかせない。


 タレットに使われているカメラは、ただの民生品だ。

 コンビニや街頭で使われるような、ごくごく一般的な監視カメラのもの。


 つまり、赤外線探知はもちろんのこと、光学迷彩に対応したモーションセンサーや重力波レーダー、量子ゆらぎ及び、空間ねじれ測定システム、現実改変に対応したスクラントン現実錨といった各種システムを搭載している。


 現代の文明は、いくつもの技術的特異点を通過している。


 スリルを求めた主婦が、万引きのために現実改変能力で今日を明日にし、半グレの不良たちが光学迷彩を使って影もなくマンガやタバコをかっぱらおうとするのは、イ◯ンのあるちょっと都会な惑星では、ごくごくありふれた光景だ。


 それに比べればあの程度の偽装では、役に立つはずもない。

 真っ昼間の道路を黒いマントで歩くようなものだ。


 フフフ! 辺境惑星のコロニーだからといって、あなどったな!


「ギリーさん、ダレットの射撃に合わせて射撃しましょう!」

「あいよ!」


<ババン! ババババ!!!>

<ドン! タタタタン!>


 タレットから発射された曳光弾が残す、オレンジ色の光線を目印にして、僕たちは銃撃を重ねる。


 大体でも教えてくれれば、僕たちの目でもわかる。注視すればわかるが、漫然と見ていれば気づかない。連中の迷彩は、そういったレベルのものだからだ。


「不意打ちに失敗して、やつら泡を食ってるよ!」

「このまま追い返しましょう!」


 撃ち始める前に撃たれた宙族たちは、明らかにうろたえている。

 このままなら追い返せる。そう思ったときだ。


 宙族たちは何かの号令とともに迷彩ポンチョを脱ぎ捨てると、光の泡に包まれ、こちらに突進してきた!


「サトー、やつら突撃を仕掛けてきたよ!」

「数で圧殺する気ですね……足止めします!」


 僕は新鮮な弾の詰まったマガジンを差し込むと、トリガーを引きっぱなしにして宙族にすべての弾を叩き込む。だが――


<ダカカカカッ!! パキン! ピキン!>


 僕の放った弾丸は、光の泡に触れるとバシッと弾かれた。

 泡を貫通したものはひとつもなく、なおも宙族たちは走り寄って来ている。


 見ると、ヤツらは長い銃を持っているが、そのどれもが先端にナイフや斧をくくりつけており、槍としても使えるように改造されていた。


 遠距離から打ち合いを始め、ジリジリと距離を詰め、仕上げの突撃。

 それが宙族のプランだったのだろう。


「ポチ、制圧射撃を!」

「プイ!」


<ヴィィィィン!!>


 ポチの背中にあるガトリングガンが唸りを上げ、膨大な鉄量を宙族の前衛に叩き込む。しかし、それすらも効果がなかった。陶器を指で弾いたような軽妙な音を立てるばかりで、弾丸は泡を貫通することができない。


「げっ!! ポチのも弾くのか!?」

「なんだいありゃ。みんな弾いたよ!」

「あれは……キネティックシールドです!」

「キネ……なんだって?」


「キネティック・シールドといって、弾丸を防ぐバリアーです。宇宙海兵隊の突撃部隊が使用するもので、射撃ができない変わりに、使用者に弾丸に対する絶対的とも言える防御を提供する装備です」


「クッソ早口だね」

「好きなもので」


「じゃぁ、どうすりゃいいんだい?」

「接近されると、お互い銃が使えなくなるので……殴り合うしかありません」

「すごいハイテクなのに、最後はえらく原始的なんだね」

「なので軍の装備としてはあんま流行んなくて、一気に廃れたんですよ」

「あぁ、じゃあアレも惑星ナーロウに捨てられたゴミのうちってわけだね?」

「そういうことですね……」


「「ウォォォー!!」」


 このまま接近されてしまえば、弾を防ぐためにある塹壕は何の役に立たない。

 もはや銃を棍棒として使い、そのまま塹壕を墓穴とするだけだ。


 もう勝ち目はない、普通であれば――。


「撃ち合いしてたなら、まだ墓に入れたのに……」

「まったくだね。こういうのが好きなヤツが、ウチにはいるからねぇ……」

 

 ギリーさんの言葉を聞きつけたわけではないだろうが、それはやって来る。

 白と黒の流星が天空から降ってきて、暴虐の限りを尽くし始めたのだ。

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