工場見学

「終わったのかい?」

「どうも、そうみたいですね……」


 電源が復活したことで、汚染の除去装置が稼働した。

 汚染されていた空気が清浄になると、アリたちはバタバタと倒れていって、動くものはなくなった。


 ひとまず安全は確保できた、ってことでいいのかな。


「もう安全そうですね。防護服を脱いでも平気でしょう」

「ようやく脱げるのかい」

「おさらばだぜ―!」

「こら! 脱ぎ散らかしちゃだめですのよ!」


 汚染の除去装置が室内に風を作ったので、暑さは多少マシになっている。


 汗でべしょべしょに濡れたガスマスクから開放された僕は、外の空気を久しぶりに肺にとりこんだ。


 自分の体温で温められていないってだけで最高だ。


「開放感がすごいや。この防護服を考えた人に感謝したくなりますね」

「お礼に力いっぱい握り込んだ拳を贈りってやりたいね」


 さて、僕のスーツはテープかなんかで補修しないとな。

 工場で補修資材が見つかると良いけど。


「上に上がって、物資を探しましょう。」

「あぁ、お待ちかねのやつが来たね!」



「プイ!」

「何とか大丈夫だったよ」


 上に上がると、ポチは心配そうにして待っていた。僕の無事を確認すると、いつものハムスターに似た鳴き声を上げたのだが、なんとなく嬉しそうに聞こえた。


「さて、手分けして工場の中で使えそうなものを探しましょう」


「あいよ。ハクとクロの二人は見張りをさせたほうが良いね」

「そうですね」


 二人に探索を任せるのは無理があるからね。

 ここはギリーさんの提案の通りにするのが良いだろう。


 文明なにそれおいしいの? っていう生活をしていた彼女たちだ。

 ハイテク製品を探させるより、さっきのアリみたいな連中が工場の中に入って来ないように、見張ってもらうのが良い。


「さっきのアリ、あれが全部とは限りませんからね」


「そうだね。外に出ていた連中が、そのうち帰ってきてもおかしくない。ドラム缶を集めていたんなら、なおさらだ」


「はい。汚染の浄化を見て、諦めてくれれば良いんですがね」

「あちら次第だね。備えておくに越したことはないよ」


 ハクとクロに見張りを任せ、僕とギリーさんは手分けして工場を家探しする。

 さて、工場見学と行こう。

 なにか目ぼしい物があればいいが……。



「手始めに一番近い所から見てみるか」


 僕は手近にあったスチール製のドアを開けて中に入る。

 うーん、事務所、かな?


 机が5つ。あとは書類の詰まったキャビネットとホワイトボードがある。

 ペーパーレス時代に逆らう、なかなか古風なスタイルの事務所だ。


「もしかしたら、施設のカギがあるかも知れないな」


 僕は手当たり次第に引き出しを開けて中を調べてみる。

 机の中には、文房具やマンガ本、何かのメモが突っ込まれている。


「特に目ぼしいものは……ん?」


 デカデカと「廃棄」の赤文字がスタンプされている報告書が僕の目に止まった。廃棄と書いてるのに残したままか。この机の主は適当な性格だったんだな。


 なんだろう?

 タイトルは……「生態系を利用した汚染除去計画」だって?


 まさか……目を通してみるか。


ーーーーーーーー

 有毒発電機が放出する汚染物質は、極めて危険な存在だ。

 現状では、膨大な時間と電力をかけて、毒素を分解する手段しか無い。


 しかし、これを分解……いや、摂食する生物が居たなら話は変わる。

 ワンダーランドは以下の企業と協賛して、このプロジェクトに取り組む。


ーーーーーーーー


 少し下に、多数の有名企業の名前が記述されている。どれどれ……?

 ウソだろ!? 僕が勤めていた会社の名前もあるじゃないか!!


 あのクソブラック会社、こんなのにも手を出してたのか……!

 まだページは続いてるな。お次はなんて書いてあるんだ?


ーーーーーーーー


 無限に吐き出される汚染物質を、生態系に組み込むことで、サステナブルな循環社会を生み出す。それがこの計画の目的である。


 そして、この計画がなったあかつきには、関係各位に多大な利益をもたらすはずだ。


 この計画を実現するに当たって、多数の遺伝子サンプルが必要となる。

 各地の刑務所、また、汚染にさらされている貧困地域より、遺伝子の採集を行う。


 通常、遺伝子スキャンと採集は連続して行えない。

 採集されるサンプルを保全するためだ。


 短期間でハーベスターによる採集を行うと、不妊、脳障害、腎障害、精神錯乱、内臓破裂、脳髄の破裂を引き起こす。


 だが、今回のプロジェクトは予算の制約が厳しい。

 よって、身寄りのないものを選別して、秘密裏に徹底的な採集を行った。


 採集のコストを比較した図は以下となる。


ーーーーーーーー


 採集地域やそこで確保した人数、遺伝子特性などのデータが記されていた。

 データの日付は……50数年前。わりと最近だな。


 リストに記載されている地域と人数は、とんでもなく膨大だ。

 10個以上の惑星、数億人単位の人間……。


 このデータが正しければ、とんでもないぞ。

 この計画とやらのために、宇宙を股にかけて遺伝子狩りしてるじゃないか。


「まさか、あのアリはもとは人間の遺伝子を使って作られたものだったのか?」


 ありえないとは言えない。

 アリの女王は人間によく似た姿をしていた。


 書類の途中経過サンプルにはあのアリと、――ッ!


 ドラゴンらしき生物の写真も見つけてしまった。

 でも、姿はハクとぜんぜん違うな。

 こいつの名前はポイズンドラゴンっていうのか。


 ……そういう事か。

 この星はただのテーマパークの廃墟じゃない。

 表沙汰に出来ない実験をしていた場所でもあったんだな。


「……コレは持って帰ろう。この星で何が行われていたのか? その証拠になる」

 

 僕は報告書を荷物にしまい込んだ。

 あのブラック会社も参加しているなら、コレは良いお土産になるぞ。

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