星王のたくらみ


 とある崩壊しかけたビルの一室に、ある男がいた。

 「星王」を名乗る宙族のカシラだ。


 およそ人間味というものを感じさせない瞳で、男は全面ガラス張りのビルの窓から、眼下の町並みを見つめている。


 街の通りには、戦いで腕や足を失って、物乞いに落ちた宙族が喰いカスを求めて拾い歩く以外に動くものは無い。


 街は朝の光で青ざめて、ひっそりとしていた。


 深夜までどんちゃん騒ぎの宴会をやらかした連中、その最後の一人が前後不覚に陥った夜と朝の境目の刻限。この時間がこの街の最も静かなひと時だ。


 そのうちに略奪品を持ち帰った連中が、荷物を一刻も早く金に替えることを求めて早朝の商いを始める。この静けさはそれまでの束の間の静寂だった。


 突然、静けさを打ち破る足音が星王の背後からやってくる。

 片足を引きずったようなこの調子に、彼は聞きなじみがあった。


 星王の権勢ならば、この不快な音を打ち消すために銃を引き抜いても誰も咎めはしない。しかし彼は銃に手をかけることなく、サイドテーブルのコップに水を注ぎ入れた。


「星王様! お耳に入れたいことが!」

「どうしたイゴール? 水は要るか?」

「へ、へぇ頂きやす」


 イゴールの飲みっぷりときたら、砂漠をさまよっていたアルパカのようだった。コップを逆さにして勢いよく飲み下す。


 そして息継ぎもほどほどに、慌てて言葉を吐き出した。


「墜落者ギルドの連中は武器開発に力を入れているようです」

「ほう……?」


「ガンスミスが新しい武器を開発したそうで、ボロボロバッグとか!!」


「……ブローバック、だな。」

「えぇ、えぇ!! まさにそれを言いたかったんです!」


「墜落者ギルドはついに、自動装填式の銃火器を使えるようになったか」


「えぇ、一大事ですよ星王様! もうパパパパって撃った後、カチカチ殻を落としてから込め直さなくて良いんでございます!」


「箱をカシャッと入れて、横についた棒を力いっぱい引けばもうおしまい。もっと額に汗して、丁寧な戦いをしてもらいたいもんですな!!」


「ふむ、そう遠くない未来に、短機関銃サブマシンガンやマシンガン、自動式のショットガンが出てくるだろうな」


「これはえらいことですよ星王さま!」


「本当にそう思うか?」


「えぇ、えぇ、思いますとも! なにせ私どもの手下ときたら……真っすぐ歩けないような酔っ払いが半分、もう半分はドラッグで幻覚を見て、横にしか銃を撃てないじゃありませんか!」


「耳が痛いな」

「胃薬しかごぜぇませんが、塗りますか?」

「いや、いい。」


「しかしそうだな……送り出した蛮族からも音沙汰がない」

「野垂れ死にましたかね?」


「いや、そんなはずはない。あれはこの辺境世界の生態系の頂点に居る存在だ。」

「転げ落ちたんじゃ? ピラミッドの上は狭くて立ちづらそうですから」


「それも有り得る。だがもっと有り得るのは『気が変わった』だな」

「なんと無責任な!」

「実際のところ、奴らは責任を取らせるほうだ。不注意の責任をな」

「文句の付け所がないってのは困りますな」


 星王は話して喉が渇いたのか、自身の酒坏に水を注ぎ、ぐいっと飲み干す。

 清涼な水で喉を潤し整えた彼は、音もなく丁寧にグラスをテーブルに戻した。


 そして彼は、見るものに不安感を掻き立てさせる視線をイゴールに送る。

 イゴールはその眼差しをはすになった眼で受け流すと、歓喜の声を上げた。


「その様子ですと、なにやらお考えがありそうですな!」

「次の手を打つか。そろそろ本格的な遊びを始めてやってもいいだろう」

「へぇ、イゴールも遊びは好きですな!」


 星王はこの部屋の白い壁に近寄ると、隠されていた端末を操作する。

 すると、壁がカタカタと音を立て、下から上に向かって開き始めた。


 壁が姿を消すと、そこに現れたのは人型のロボットのような物体だった。


「これは……機械人形ですか?」

「似ているが、違う。これはロボットではなく人間が着用するものだ」

「なんとも気味の悪い。機械になりたい時に着る服ですかい?」


「興味深い言い回しだな。これは動力で戦闘を支援するボディーアーマーだ」


「俗に言う強化外骨格。パワードスーツ、パワーアーマーと言われるものだな」


「もとから会社ってやつは人を機械みたいに扱ってますから、人が機械になるなんて言われても、ぞっとしないですな」


「フフ、言えてるな。イゴール、お前が選んで良い。突撃部隊を編成させろ」

「おっいくさですか? 大戦おおいくさになりますか?」


「そうだな……たまには景気よく行こう。20名ばかり選べ」

「このイゴール、承知しました!! なんと言って集めましょう?」


「そろそろ連中にムチをくれてやる時間だと言え」

「へへー!!」


 来たときと同じく、イゴールは慌ただしく足を引きずって部屋を後にした。


 星王は専用のハンガーに懸架されたパワーアーマーの装甲板の表面をなでる。


「墜落者ギルドの連中、ただ地面にへばりついていれば良いものを。空を見ようとすればどうなるか、しっかりとしつけてやらんとな」


 人を不死身の殺戮マシーンに変えてしまう甲冑をいつくしむ星王。彼の顔は部屋のライトとは反対にあり、逆光になって影に沈んでいる。

 だがそれでもなお、彼の眼だけが暗く、妖しい輝きを放っていた。


「――さあ、襲撃の時間だ」

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