ウサギって何だっけ?

「しかし暑いですね……」

「熱波が来ているのかも。なら、急がないといけないね」

「何故です?」

「危険な暑さに襲われると小さな動物から他所に逃げ出すんだ。そうなると狩り場には大きな動物しか残らなくなる。すると、どうなると思う?」


 大きな動物って肉食獣のことだよな?

 なら当然――


「大きな動物は……人を襲う?」

「当たり。大きいやつらは腹が減って凶暴化。獰猛どうもうな殺人鬼になるんだよ」

「うわぁ……大丈夫なんですかそれ?」

「全然大丈夫じゃないね。殺人鬼になった動物は自然と集まって群れになる。そんでキャラバンやコロニーを襲うこともあんのさ」

「げげっ?!」

「安全のためにも、普段からコロニーの回りの動物は減らしといたほうが良いね。サトーも覚えときな」

「わ、わかりました」

「いったん凶暴化した動物は銃声を聞いても逃げなくなるし、怪我の痛みに耐えるようになるからね。かなり手強いよ」

「それってもう動物じゃないのでは?」

「そうだね、怪物って思ったほうが良いさね」


 ギリーさんの話に、僕はふと思い当たるフシがあった。

 つまりアレだ。異常気象に襲われた動物は、ナーロッパ物語によくある存在、「モンスター」になるってことだ。


 なんでこの惑星ナーロウの観光事業が失敗したのかわかるわ。

 そんなの生態もった生物を野放しにするんじゃない!!!


「念のため、装備をもう一度チェックしようかね。弾をみな」

「あっはい」


 僕はマシンガンに突っ込んでいる弾倉をガチャガチャ揺らして引き抜くと、作りの粗い弾倉の中身を見る。うん、ちゃんと入っているな。


 ゴブリンから奪ったマシンガンの弾倉は、口のところの鉄板がぶつけたか何かで歪んで丸まっていて、すごく入れづらい。


 苦労してなんとか差し込み直すと、次は装填だ。

 マシンガンの横から突き出ている棒を思いっきり後に引く。

 「ガシャコン」と音を立て、これでようやく弾が発射できるようになった。


 ギリーは、ええ……?


 ライフルのL字型のパーツを操作して中に弾を込めている。

 だがその弾丸の大きさが異常だ。

 僕のマシンガンの弾の大きさはリップスティックくらいなのに、彼女が差し込んでいる弾の大きさは油性マーカーくらいの大きさじゃないか?


「あの……そんなライフル弾を受けたら、ウサギなんて消し飛びそうですけど、大丈夫ですかね?」

「ん? 何いってんだい。ウサギが相手なんだよ?」

「えーっと……ウサギですよね?」

「ああ。本当ならグレネードランチャーが欲しいくらいさ」


 ちょっと待て、何かおかしいぞ?!

 たかがウサギにグレネードランチャー?


 ギリーさんの言うウサギって、本当に僕の知ってるウサギか?

 なんか猛烈に嫌な予感がしてきた。


 僕は不安を抱えながら、彼女と一緒になってサバンナを歩く。

 そしてついにそれは起きた。


「見つけた、隠れな!」


 彼女が狩りの獲物を発見したのだ。

 ギリーに背中を叩かれ、僕も慌てて姿勢を低くする。


「あれだ、あれがウサギ――ジャッカロープだよ!」


 そう叫んだギリーは前方を指差す。彼女の細く白い指が捉えたのは、雪のように白い、ふわっとした毛玉のようなウサギだ。


 ウサギ……アレ、ウサギかぁ?


 ウサギにしては、目の前の生物には妙な部分が多い。

 まずその大きさだ。ウサギの大きさは3メートルくらいある。

 自動車と並んだら、ちょっとはみ出すくらいの大きさだ。デカッ!!

 百歩譲って、これが大きいだけのウサギとしよう。


 だが、ウサギの次の特徴が僕に警鐘を鳴らす。

 ウサギはその頭部に木の枝のように先が分かれた角を持っている。

 鹿の角にも似ているが、鹿の角は先端がボウボウ燃えていたりしない。

 いや、なんだアレ。


 その次の特徴もちょっと、いや、だいぶヤバイ。

 ウサギの背中には黒いタカのような翼があり、動く度に砂煙を上げている。重厚な羽根は空気を打つたびに、バチバチと金属質な音をたてていた。


 ヤバイ。ヤバ過ぎる。

 ウサギは僕らの存在に気付いたのか、長い耳をピンと立てる。

 そして後ろ足をダンダンと力強く地面に叩きつけた。


「こっちに気付いたみたいだね。風下のはずだけど、勘の良い奴だ」

「どうするんですか?!」

「いいかい、サトー。狩りの基本ってのを教えてやるよ」

「は、はい!」

「一度しか言わないから、よく聞きな……」


 聞き逃さまいと緊張した僕は、ゴクリと生唾を飲み込む。

 ギリーはそんな僕を見てニヤリと笑って、ライフルをウサギに向けた。


「とにかくぶっ放しまくることだよ!! 撃ちまくれええええ!!!」

「はいぃぃ?!」


<BANG!!!>


 ギリーが引き金を引き絞り、弾丸を放つ。


 銃口から光がほとばしって地面を照らし、ライフルの間延びした銃声がサバンナの水平線に吸い込まれていった。そして銃弾は白い煙のすじを後に残して飛んでゆき、ウサギの耳の付け根に命中したかと思うと、バッと血しぶきを上げる!


「当たった!」

「浅い!! まだだ、まだ終わってないよサトー!!」


 ギリーの言葉に答えるかのように、ウサギ――ジャッカロープが吠える。


「ウルァァァァァァァ!!!!!!!!」


 ビリビリと空気が震え、砂埃がウサギを中心として輪の形に広がった。

 まともに咆哮を食らってしまった僕は、耳鳴りで頭痛すら覚える。


(もう怪獣だろこれ?!)


 ジャッカロープはドン、ドン、ドン、と後ろ足で地面を蹴る。

 地鳴りのテンポは次第に早くなり、乱打が最高潮になったその瞬間。


 ジャッカロープが白い弾丸となって、まっすぐ僕の方に突っ込んできた――

 

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