実食。そして案の定。

「どうぞ、召し上がれ♡」

「エー?」


 僕はこの茶色いダークマターをオークたちに押し付けることにした。いやちょっと考えてもみよう、ゲストに先に食事を提供するのは何も間違っていない。うん、僕がやっていることは常識的に考えて正しい。


 決してこのトレーの上にある、極めてウンコに類似した有機物を拒絶したいわけじゃない。そう、僕はもてなす者として、最低限のマナーを守っているだけだ。

 それにちゃんと安全と味が確認されたなら、食べる気がしなくもない。たぶん。


「エー……エー?」


 オークさん、すっごいイヤそう。

 僕が身をよじるボスにトレーを差し出し続けると、観念した彼は、とぐろを巻いた茶色い物体にゆっくりと木べらを差し込んだ。うわー、何か見たことある。


 押し付けといて何だけど、やっぱり見た目が最悪だ。


「……」

「どうです?」

「味はともかク、食感がドロドロで気持ち悪イ。餓え死にしそうな時なラ、美味しくいただけそうダ」


 案の定、散々な評価だ。

 少なくとも毒物ではなさそうなので、僕も口にしてみたが……マズイ。


 なんていうんだろう。すごい硬い肉で焼肉して、それを小一時間口の中でクッチャクッチャ噛んだ物体を口に入れられたような感覚だ。柔らかいけど硬い部分はしっかり残っている。味は焼肉のタレっぽいけど、食感が最悪すぎる。


 この世界の食事に慣れたオークが文句を言うレベルの代物なので、文明世界から来た僕にはかなりキツイ。できるだけ速やかに、料理できる人をコロニーに呼び込まないといけないな。


「すみません。こんなに不味いとは思いませんでした」

「うムー。本当に不味いナ、コレ」


 一食だけ作るのに留めてよかった。

 マジでキツイぞコレ。


「ゴハン事情は早急に改善しないといけないですね。食料加工機はちょっとその……開発したギルドの人には悪いですけど、無いわ。」

「だナ。キャラバンもコレばっかり食わされたラ、ケンカが起きル」

「ですよねー」


 まずはゴハンだな。

 しかし、中、長期的にこのコロニーをどうしたらいいのか、僕には具体的なプランがない。うーん、ちょっとオークさんにそこらのことを聞いてみるか。


「まずゴハンを何とかしたいところですけど……ボス、コロニー経営って普通は何から始めたら良いんでしょう?」

「うーン?」


 黒いカウボーイハットのつば先をいじりながら、ボスは考え込む様子をみせた。


「まずは偵察だナ。この回りの事をよく知ることダ。どんな資源が採れるのかはもちろン、賊どもの襲撃から一時的に避難できる場所もダ」


「わぁ、思った以上に本気のアドバイスだ」


「お前は戦えなさそうだからナ。襲撃が来たときのために、一時的な避難場所を探しておくと良イ」


「はい。あ、ここってキャラバンが時々来るそうですけど、優先して買ったほうが良いモノってあります?」


「まずは食料と医薬品関係だナ。農業関係の次ハ、無線機がいいナ」

「農業関係って……タネとか肥料ですよね。それは納得ですけど、その次が無線機ですか?」


「うム。墜落者ギルドに連絡が取れたほうが良いだろウ。他の勢力にキャラバンを要求したリ、襲撃の時に助けを呼んだりできル。ウチは傭兵もしてるゾ」


 へぇ、このオーク、ブーブーボゥイの人たちは傭兵もしてるのか。

 頼もしいな。何か荒事があったら頼ろう。

 砂エルフみたいにヤバイ連中もいるみたいだしな。


「なるほど。最初のコロニーは何もないから、助けの声を上げるのが重要と?」

「そういうことダ。まあここを襲撃するやつハ、そういないだろうガ」

「クソマズ料理を吐き出す機械の他には何もないですからね」

「そういうことダ。ところで……」

「なんでしょう?」


「このコロニーの名前はどうするんダ? 名前がないと、他の奴らに紹介するのにも不便ダ」

「あ、確かに。っていうか、紹介って何です?」

「このコロニーをキャラバンや旅人に紹介すル。すると彼らが休憩のため屋根を借りに来ル。お前は彼らに寝る場所を貸しテ、スクラップを払わせル」

「なるほど、宿屋みたいな感じでしょうか?」

「そうダ。金が入れバ、それを使ってコロニーを良くできるだロ? 育てた作物を売る以外にモ、そういうやり方があル」

「へー、そういう方法もあるんですね。それでコロニーの名前かぁ。うーん……」


 それでウチの宣伝をしてくれるつもりなのか。

 このオークさん、見た目によらずイイ人だなぁ。

 だからランドさんも仕事を任せてるんだろうけど。


「じゃあ、『サトーのゴハン屋』っていうのはどうでしょう?」

「アレを出してゴハン屋を名乗るのカ? それになんか危ない気がすル。その名前は止めたほうが良さそうダ」

「うーん、じゃあ――」


 おもてなしするんだから、そのまま「何とかホテル」みたいなのが良いかなぁ?

 いや、名前負けし過ぎだ。ホテルっていうよりただの一軒家だし。僕なら普通に民家と思って素通りするわ。


 ならもっとこう、抽象的な名前ならどうだろう? サンクチュアリ。何か宗教色が強すぎるな。静かな場所だし……サイレント・ヒルなんてのは?

 いや、フサフサした崖(?)だし、ヒルじゃダメだ。


 もっとこう、おもてなしする場所にふさわしい名前は……。

 誰も働かなくて良い、そんな理想の場所、ニート、NEET、ハッ! そうか!!


「そうですね、ニートピアという名前にしようと思います」

「オー? どういう意味なんダ」

「そうですね、NEETニートとは労働から開放された社会階級のことを示します。それとユートピア、理想郷を重ねてもじった名前です。このコロニーを訪れた人たちが普段の労働を忘れ、ゆっくりして欲しいという思いを込めました」

「オオ、すごい良い名前だと思うゾ」

「でしょ? ニートピアをこれからもよろしくお願いします」

「わかっタ。皆にも伝えてまわろウ」


 それからしばらく、オークさん達にはコロニーの運営のあれこれを色々教えてもらった。そして彼らは夕方前にはコロニーを出て、拠点に帰っていった。


 なんでもブーブーボゥイの拠点は、ここから8日ほどの距離にあるらしい。

 お隣さんと言っていいか怪しいところだが、また会うこともありそうだ。


 さて、このコロニー「ニートピア」の方向性は、訪問者のおもてなしをする場所ということに決まった。あとはそれに向かって動くとしよう。ひとまずやることとしては、オークさんに言われた通り、周囲の偵察かな?


 よし、明日はこのあたりをぐるっと見回ろう!

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