第2話
「今のエーファの態度じゃ、あの国に着いた途端に軟禁ってことも本当にあり得るよ? 軟禁ならまだいいけど……彼女を見て。それなら従順な振りをして油断させて自由に歩き回れる方がまだいいよ」
マルティネス様はまだぼんやりどこを見ているか分からない状態で、食事の時はエーギルが介助しているが今のところ水分しか口にしていない。
そろそろエーギルが口移しで食べさせるのではないか、とエーファはビクビクしながらチラチラ見ることしかできない。
あんな風にはなりたくない……軟禁だってされたくないが、心のどこかで番を愛しているなら軟禁などしないのではないかと思っていた。だが、マルティネス様は足を折られたのだ。軟禁くらい十分あり得る。
その可能性に思い至ってエーファはぞっとした。思わず腕をさする。
相手は獣人だ。人間とは価値観も何もかも違うのに、なぜ番には危害を加えないと自分は思っていたのか。ギデオンの微妙な態度だろうか……エーギルを見れば足を折るくらい危害に入っていないというのに。
今のところギデオンは気持ち悪いが、エーファに相手されずしょんぼりする犬にしか見えない。でも、あれはオオカミなのだ。強さが大きな指標となるドラクロアで公爵の地位にいる。勝手にこちらが決めつけて番だからと安心していてはいけない。
ギデオンとカナンは足を折られたマルティネス様を見て引いてはいなかった。だから、エーギルが異常なわけでもないのだろう。
ちなみにカナンとエーギルに様をつけていないのは一度何かで様付けで呼んだら、カナンに「ねぇ、それって嫌味?」と可愛く怖く問われたからだ。
カナンとエーギルに、エーファはもう「ギデオンの番」として見られている。三人は幼馴染だから気安くしゃべっているが、爵位が上の者から下の者に様付けで呼ぶのは基本的に嫌味のようだ。
「こんなこと言ってごめん。そろそろお風呂入る?」
「うん……ありがと」
ミレリヤの言うことが正しいのはエーファでも分かった。彼女は生い立ちからか、令嬢らしい話し方をしないので喋りやすい。
ああなってしまったマルティネス様だって獣人を舐めていたわけではない。ただ、情報が圧倒的に足りなかった。まだまだ情報は足りない。
エーファは自分の視野の狭さと幼稚さを恥じた。着替えを取り出して、反応のないマルティネス様を魔法で浮かせて三人で部屋についている風呂に向かう。
「子供っぽくてごめん」
「別にエーファが子供っぽいとは思ってないよ。子供っぽいのは態度だけ。逃げたいという思いは全然子供っぽくない。むしろ、それが普通だと思う」
エーファは貧乏で、ミレリヤは虐げられていたので使用人の手伝いなしに一人でお風呂に入る。が、マルティネス様は今の状態プラス裕福な侯爵家のご令嬢なので一人でお風呂に入れない。だから三人一緒に入っているのだ。
「エーファの魔法はすごいね。いろんなことが出来て! 私一人じゃ彼女の風呂の介助なんて無理だった」
「魔法を使っとかないと感覚鈍るから。ミレリヤだって訓練したらもっと使えるようになるよ」
「でも、ドラクロアでは魔法は存在しないもんね。というか竜人しか使えないか。先生とか頼むのも無理かな~」
風呂から上がったら、髪の毛を乾かす。ミレリヤはほんの少しだけ魔法が使えるので、マルティネス様の髪を乾かすのは彼女の役目だ。
「マルティネス様、体重減ってるからそろそろ何か食べないと立てなくなりそう。治癒魔法、私使えないから……」
「あの人がほっときそうにないからほんとにそろそろ食べないとね。あ、後で果物もらって来よう。高級宿に泊まる機会なんてめったにないんだから!」
「果物なら食べるかも。獣人ってガッツリ系の料理ばっかり頼むもんね……あ、男性だからか。スタンリーもそうだったし」
ミレリヤの提案に同意すると、彼女は明るく笑って紐を引っ張りやってきた宿の職員に果物を注文する。
「ミレリヤは楽しんでるね」
「実家に比べたらどこでも楽しいよ」
ミレリヤは三人の中でただ一人冷静で、そしてこの状況を楽しむ余裕がある。エーファは怒りと憎しみでとんでもなく視野が狭くなっていた。
こう言っていいのかは分からないが、ミレリヤがいてくれてよかった。
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