第88話 父親としての悩み

 現在、クララとミラと別れて、ディガーとして活動を休止中のアルド。仕事と言えば、炭鉱夫の仕事をしている。


「ふう……」


「おお、アルド。最近調子はどうだ?」


 親方がアルドに話しかけてくる。アルドは汗をぬぐい親方と視線を合わせた。


「最近、ディガーとして活動してないみたいだな」


「ええ。あの仕事も結構危険ですからね。もう家も買ったし、そこまであの職業にこだわる必要もないかと思いまして」


「あはは。それは良いな。俺様もアルドがこの職場にずっといてくれるなら助かるぜ。それに娘のイーリスちゃんのこともあるしな。あんまり危険すぎる仕事はやめといた方が良いな。うん」


 炭鉱夫も事故が時折あり安全と言える仕事ではないが、邪霊と戦うディガーよりかはマシである。


「なあ、アルド、今日は一緒に飲みにいかないか?」


「えっと。すみません。僕はもう酒をきっぱりとやめたもので」


「がはは。イーリスちゃんが嫌がるからってやつか」


「…………僕が飲まなくてもいいなら。お付き合いしますけど」


「お? 良いのか?」


「ええ。ちょっと聞いて欲しい話もあるので」


「そうか、そうか。がはは。それじゃあ、仕事終わったら酒場に行くか」


 親方と約束を取り付けたアルド。仕事終わりに酒場へと向かった。


 雑多な酒場。この時間帯は仕事を終えたばかりの労働者が酒を飲んで騒いでいる。表の街の酒場ではあるから、スラム街と比べて治安は良いほうではあるが、それでもここの店でも稀に客同士のトラブルが発生することもある。


 そこの隅っこの席にアルドと親方は座る。親方がビールを注文し、アルドは水を要求した。酒場に来て酒を飲まないアルドに店員は怪訝そうな顔をしながらも注文を承った。


「んで。アルド。話ってのはなんだ?」


「その……僕の娘。イーリスについてのことなんです」


「ああ。イーリスちゃんね。どうした? 年頃の娘に嫌われでもしたか? がはは。それは、まあ父親の宿命だと思って諦めな」


 親方は冗談めかしてアルドを元気づけようとする。だが、アルドの持っている悩みは全くの逆だった。


「いえ。その逆なんです。その……僕のことを好きすぎるというか、まだ親離れができてないというか」


「なんでい。のろけ話かい」


「のろけとかそういうのじゃなくて! 僕は本当に悩んでいるんです」


 アルドの真剣な語気に親方もつられて真剣になってしまう。親方の中ではアルドは真面目な好青年として映っている。そのアルドが本気で悩んでいるんだとしたら、それはもう尋常ではないことだ。


「親離れできないって言うとあれか? パパと結婚するとかそういう話か?」


「どうなんでしょうね。多分、それに近いものだと思います」


「と言うと?」


「その……イーリスは優しい子なんですよ。だから、妻に浮気されて逃げられた僕のことを気遣ってくれているとは思うんですけど。男の子を好きになるのは浮気だとまで言っているんです」


「浮気……? なぜ……? 父親と娘で?」


 親方の理解が追い付いていなかった。


「僕も最初は冗談かなと思ったんですけど、イーリスの話を聞いたり、態度を見ていたりするとそういう感じじゃないんです」


「なるほど。もしかしたら、イーリスちゃんはアルドのことを男として好きかもしれないって話か」


「僕の思い過ごしならそれでいいんですけど、やっぱり僕としてはイーリスにはきちんとした人と結婚して幸せになって欲しいんです」


「なるほどなー」


 親方は酒をグイっと飲む。そして、グラスをドンと置き、いかにも良いことを言いそうな雰囲気を出す。


「まあ、アレだ。うん! イーリスちゃんって同世代の男友達っているのかい?」


「えっと、僕が知っている限りでは、そこまで仲が良い異性の友人はいないですね。近所の男の子と遊ぶことはあっても、大体は他に女の子も一緒にいる状態で遊ぶことも多いですね」


「まあ、この際、同世代でなくても良い。イーリスちゃんよりちょっと年上でもいいか。とにかく、イーリスちゃんが他の男に恋をすれば良いんだろ? だったら、そういう機会を設けてやれば良いのさ」


「なるほど」


「まあ、だとすると学校なんかが良い気がするけどな」


 この国では子供を学校に行かせる義務はない。アルドもイーリス本人が学校に行きたいと言うのであれば行かせてやりたいとは思っている。だが、イーリスはあまり学校に行きたがらないのである。


「学校ですか。確かにそこなら子供たちが集まる場所だし、イーリスも学ぶチャンスはありますけど……学校に行くように説得してみますかね」


「おう。このご時世。子供を学校に行かせられる余裕があるだけで立派なことじゃないか。頼もしいな。パパ!」


 親方がアルドの背中をバンバンと叩く。アルドは背中に痛みを感じつつも愛想笑いをした。


「とりあえず、解決の糸口は見えた気がします。親方。相談に乗ってくれてありがとうございます」


「良いってことよ」



「イーリス。学校に行く気はないか?」


「ない」


 アルドの提案を即答で断るイーリス。全く考える余地もなくて、アルドは逆に心配になった。


「イーリス。学校はいいぞ。同年代の友達と友達になれる」


「私が今から学校に行っても……どうせ、年下の子と同じクラスにされちゃうし」


 これまで学校に行ってなかったイーリス。今から入ったとして、教育課程的には年下のクラスに混ざって授業を受けることになるのはほぼほぼ間違いなかった。


「学校は学びたい意思があれば、何歳でだって入れるんだ」


「お父さんと離れてまで学びたいとは思わないし」


 イーリスは口をとがらせて拗ねている。だが、それは本当に彼女の本心なのかと問われればアルドは違うと答えるし、その根拠もある。


「イーリス。また本屋に行ったんだね。本が増えている」


 イーリスの部屋にある本棚。そこには、色々な本があった。イーリスは本好きでそれは物語を読むだけではない。学校の勉強に使える教科書も中には入っていた。


「イーリス。本当は勉強したいんじゃないのか?」


「勉強は……している」


 イーリスは机の引き出しにしまってあったノートをアルドに見せた。そこにはイーリスの努力の跡が見て取れる。


「お父さんが仕事でいない時……一人で勉強していた。クララさんとミラさんも今はこの街にいないし」


「そうか。でも、学校に行けばもっと勉強ができるぞ」


「私は別に暇つぶしで勉強をしているだけ。学校に行ったら……お父さんが休みで家にいる時でも会えなくなっちゃう」


 学校の時間とアルドの仕事の時間が重なっていれば全く問題はなかった。けれど、現実としてそうではない。アルドの仕事は交代制で休みが不定期なのである。それに対して学校は決まった曜日と時間にのみ開放されている。その時間帯にいない時が多ければ卒業資格は与えられない。


「でも、イーリス。1人でやる勉強には限界がある。誰かに勉強を見てもらった方が効率的だと思わないか?」


「だったら……お父さんが勉強を教えて?」


「え?」


「だって、お父さんって頭が良いんでしょ?」


「い、いや。その……僕は炭鉱夫やってるし、学校も出てないみたいだし」


 記録の上ではアルドは学校を出ていない。だから肉体労働の仕事に従事しているのである。


「でも、お父さんって結構難しい本を読んでいるよね?」


 確かにイーリスの言う通りである。アルドは色々な本を読み漁っている。その中には教養がなくては読めないものも存在している。


 元のアルドは育った家庭環境のせいで教育の機会は与えられなかった。しかし、現代から転生してきた今のアルドに入っている人格は確実に教育を受けていて、学ぶ意思もあるのだ。


「そんなに私に勉強させたいならお父さんが教えてくれれば良いのに」


 実際のところ、アルドにはイーリスに勉強を教えられるだけの能力はある。そうなれば、イーリスを学校に行かせる理由というものも薄くなってしまうのであった。

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