ありがとな
俺はその場から走って逃げた。一体何から逃げているのか分からないがとにかく逃げた。そうすれば少しは気が紛れるから。そうでもしないと気が狂ってしまいそうだったから。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
筋肉が悲鳴をあげ息が切れる。だが走ることをやめない。やめたくない。走ることをやめた瞬間、現実が一気に襲いかかってきそうだったから。
だがやはり人間の体の構造上、延々と走る続けることは出来ない。俺はフラフラになりながらその場に倒れた。
「…」
涙は出なかった。どうしてだろう。心が枯れてしまったのかもしれない。分からない。俺はこれからどうすればいいんだろう。いつも通りに過ごせばいいのだろうか?
「なんかもうどうでもいいな」
純粋にそう思った。もうどうだっていい。何もしたくない。何も考えたくない。自分のことを不幸だと卑下するような人間にはなりたくないが、これはさすがに許して欲しい。もう耐えられない。
「…死んだら楽になるのかな」
そんな考えが俺の頭を支配する。そうだよ。この世から消えれば俺は楽になれる。
俺はゆっくりとその場に立ち上がり歩く。どこがいいかな。川なんかいいんじゃないだろうか。そうだな。川でいいや。
数分歩いた後、俺は橋の上に立っていた。その橋の下には川が流れている。俺は靴を脱いだ後、橋の上に立った。
「…気持ちのいい風だな」
前から吹いてくる爽やかな風を全身で受ける。それだけで気持ちがいい。死ぬにはいい日だ。
「あ、彩乃…君?」
俺は瞬間、声がした方向に勢いよく顔を向けた。そこには本を抱えた島百合が立っていた。
「な、何してるの?」
島百合は戸惑いと心配を孕んだような表情をしていた。
「あぁ、島百合か…」
今まで散々罪悪感を持っていた相手がそこにはいた。でももう死ぬんだ。最後はちゃんと謝らないとな。
「島百合。今までごめんな?俺は今までお前に同情心で話しかけてたんだ」
「…」
島百合は無言だった。まぁ当然だよな。
「可哀想。だから話しかけた。最初は可哀想なだけだった。でもお前と話すようになってからその時間が楽しいと思い始めたんだ。気持ち悪いだろ?」
「…」
「だから俺はお前に心配されるような資格も持ってないしお前の友人にもなれない。俺は自己満足で話しかけた偽善者なんだよ。本当に今までごめんな」
最後はちゃんと隠し事しないで伝えた。言葉にしてもう一度深く理解した。自分がいかに気持ちの悪い生物なのかを。
「…うん。気づいてたよ」
「そうだったのか」
「でも…それでも嬉しかった」
「は?」
それは予想だにしなかった返答だった。
「同情心でも…それでも彩乃君に話しかけられた時は嬉しかった。私の話をちゃんと聞いてくれるし私の趣味を理解してくれようとした。だから自己満足でも私は嬉しかったよ」
俺は島百合がこんなにも話すところを見たことがなかった。
「…そっか。それなら…まぁ良かったよ。今まで…」
ここでごめん、と言うのは違う。こうだな。
「ありがとな。それじゃ」
「え…」
俺は島百合を一瞥した後、橋についていた足を宙へ放り出した。
その瞬間、体が無重力になったかのような錯覚に陥った。だがそれは間違いなく錯覚で俺は垂直に落下している。遠くにあった水面がもう目の前に…
水面に衝撃が加わり音を立てながら水しぶきが飛び散る。肺が水で満たされていく。息をしたくても出来ない。そして生まれる恐怖心。苦しい。死にたくない。まだ生きたい。
徐々にい識がとおのいて…
【あとがき】
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