第45話 情報収集第五PHASE 決着――亡霊の英雄
命令を受けた鳳凰が連続で火の玉を吐き出し攻撃してくるが、さっきの一撃に比べれば遅すぎる。
それらを躱し距離を詰める。
「お前に【文字】は継承させない。なぜなら――俺が継承するからだ!」
『ふふっ。さぁ答えなさい、貴方が求める最強の力は?』
刹那は考えない。
聞こえてきた声がいつもと違う。
誰の声かがわからない。
だけど今はそんなことはどうでもいい。
「目の前の悪をこの世から消し去り唯さんを導く歴代最強の力――美乃梨の力!」
【美乃梨】
『認識――成功――承認――魔力回路同期――完了――憑依継承率二十七%』
瞬間信じられないほど身体が軽くなった。
今まで代償を必要とした力を代償なしで扱えるような、そんな不思議な感覚。
自分という存在が一ついや二つ上の存在として覚醒したような感覚に思わず微笑みがこぼれた。
「邪魔だ!」
右手の一振りが飛んできた火球を弾き返す。
刹那自身信じられない光景に戸惑っていると、鳳凰がその隙を見て勝正の所に行き、燃える炎に姿を変え身体に纏わり付く形なき鎧のようになった。
「野田家当主だけに許された鳳凰の最終形態。鳳凰(ゴッドフェニックス)モードまで使わされるとは……お前……既に唯と同じ領域に足を踏み入れていたのか?」
今の状態の勝正を殴るということは鳳凰を殴る行為と同意義になるのか?
もしそうなら小さな恒星を纏う今の勝正は太陽人間と言うべきだろうか。
「…………?」
「俺に触れた瞬間お前の身体は一瞬にして燃え灰となる。対火? そんなのはもう無意味だ! 火の領域を超え炎となり、炎のさらに上の灼熱の力! それも限りなく爆炎に近い灼熱! さぁ、亡霊どうする? お前の覚醒なぞ恐くはない。なぜならお前は殴るしかできない落ちこぼれ魔法師。例えるなら太陽を纏った俺にお前如きがどうにかできるわけないのだからなぁ。だから、もう一度あの世に一足先に行け。今度は自殺なんてできないようにしっかりと俺が玩具を管理するからよ!」
「玩具だと? 麻美のこともそう思っていたのか?」
「当然だろ?」
「唯さんさよさん三依さんのことも?」
「あぁ。そんなつまらない質問をして時間稼ぎのつもりか? フフフッ」
大きく息を吸い込んで吐き出す。
深呼吸を通して体内の魔力を整えた刹那。
どうやら誰かの力を現世に呼び起こすのはとても魔力を消費するらしくさっきまで八割近くあった魔力が既に四割以下とタイムリミットが迫る。
それを分かっていながら時間稼ぎなど無意味な行為で時間を浪費し自分を不利にするようなことはしない。
「お前は人を愛することを知らないのか?」
勝正はなにも答えない。
「そうか。だったら今からお前の全てを打ち砕いてやる」
正面からの突撃。
太陽を纏った相手にそれは自殺行為。
それでも魂が肉体に訴えかけてきた。
下種野郎の全てを否定する復讐を成し遂げたいと。
途中指先に魔力を集中させて素早く文字を書き認識。
【●●●●】
「舐めるなぁ! 亡霊の雑魚が――顕現せし神獣は神の代行者に仕える僕(しもべ)となり人の域を超えた力を与える――炎帝地獄(エンペラーサラマンドラ)!」
恒星と呼ばれる太陽が放つ炎――プロミネンス。
別命紅炎とも呼ばれるそれは炎が作る歩道橋のように見えたりするのだが、それらは勝正が纏う鎧後方から幾つも千手観音の手のように無数に伸びては四方八方から真っ直ぐに駆け抜け突撃する刹那へと襲い掛かる。
転生前の知識通りにこの世界が動いているならプロミネンスの温度はおよそ一万度。
よって直接触れる前に人は死ぬ。
当たらずとも死んでしまう……。
「どうした? その程度か?」
勝正はほんの一瞬奥歯を嚙み締め、
「消滅だと? ……ふざけるな!」
叫び怒りを爆発させた勝正が刹那に向かって自ら飛び込んでくる。
まるで太陽人間爆弾。
それは近くで見ると太陽が人の姿をして近づいてくるよう。
最後の魔力を次の一撃に乗せる刹那。
「うおおおおお!」
「燃え尽きろ亡霊!」
二つの拳がぶつかり合う。
二人を囲っていた七つの炎の柱を吹き飛ばすほどの衝撃波が発生した。
足の指が、足首が、膝が、太股が悲鳴をあげた。
「なぜだ。なぜお前は燃え尽きない!? どうして前世と言い今といいここまでして俺の前に立ちはだかる!?」
刹那は大きく息を吸って、魂の声を叫ぶ。
「心の底から愛した人の幸せに満ちあふれた素敵な笑顔を見たいからに決まってるだろうが!!!」
力で押し負け徐々に押されていく拳。
それを支える手首から嫌な音を鳴らし始める。
ミシミシと骨が限界を迎えた音だった。
それでも刹那は力を入れて正面から対抗する。
「お前だって本当は気付いているんじゃねぇのか!? 力で従わせてもそこに心はなく、中身がない形だけの偽りしかないってことぐらい! 一族を統括できる程の頭があるんならそれくらい本当はわかっているはずだ! 人は弱い! だからその弱みを隠す為に自分が心の中に抱える不安に押しつぶされないように人は偽りを求める。本当は一人が恐いだけの臆病者なんじゃねぇのか!? だからせめて支配欲や性欲を満たすことでお前は自分で自分を肯定した。その代償としてお前ではなく別の女性が一生心に残るトラウマを抱えて生きることを強いられる世界。そんな世界間違ってるってなんで気付かない! もし世界がそれを認めるなら俺は殺人者になることだって躊躇わない! 俺は復讐者だ! そして唯さんたちの英雄にならなくちゃいけない!」
反動に耐え切れない拳が真っ赤な血しぶきをあげる。
刹那の身体を離れた血が一瞬で蒸発して視界から消えていく。
「お前が植え付けたトラウマで唯さんが苦しむなら俺がそのトラウマ以上の何かになって唯さんを笑顔にして支える。そう決めた」
その言葉に勝正の口が止まった。
屋上からそれを見て聞いていた魔法師たちはなにを見たのか、目を大きくして口元を手で隠しあり得ない光景でも見てしまったかのように口をポカーンと開けたまま静止している。
「三依さんやさよさんが古き良き時代を望むなら和田家の再興に俺も尽力する。もし先代当主のような英雄を望むのなら再興するその日まで俺が代理で英雄(美乃梨)になる。そう決めた」
刹那は腹の底から叫ぶ。
「それでも足りないと言うなら俺が『復讐の英雄』(唯さんの分身)になる!そして三人を必ず救う! だがな、麻美の件だけはどんなに頑張ってももう遅いんだ! お前の我儘なせいでもう救えない所まで来たんだよ! 麻美はもう死んだんだ! だからあの世で土下座の一つでもして精一杯謝って許して貰えなくてもひたすら謝り続けるしかもうお前に救いはないと覚悟を決めろ!」
口の水分がなくなり掠れる声で続ける。
「――少なくとも浮気され心が揺らいだんじゃないなら、俺はどこか遠い場所から見守ってくれているであろう麻美に誇れる俺じゃなきゃ意味がない! 俺は今こそ俺が誇れる俺、そして周りが誇れる英雄(復讐者)になる!!!」
最後の一滴まで絞り出した力を持ってして勝正の拳を相殺する。
反発した二つの力に態勢を崩しそうになる。
身体に力を入れてなんとか踏みとどまっていると、逸早く態勢を立て直した勝正が飛び込んできた。
「黙れ亡霊! 未練があるのならお前があの世に行け! そして俺が変わりに三人を愛してやるよ、玩具としてなぁ!」
両手で刹那の首を絞める勝正。
刹那の倍以上ある勝正の腕の腕力はとても強力で息が出来ず、既にボロボロになった刹那の両腕では上手く振りほどくことができないでいた。
その手を通して伝わってくる人を死に陥れる灼熱の炎。
だが刹那はまだ死ぬわけにはいかない。
心に誓った――こいつの全てを否定し壊すと。
ほぼ零距離でプロミネンスが刹那を襲う。
「フフフ、アハハ! 俺様に説教など百年早い」
さらに温度が上がる灼熱の炎は目で直視出来ないぐらいに眩しい光を放ち、二人がいる地面をドロドロに溶かし始める。
「かもな……」
酸欠で意識が朦朧とする刹那が喋った。
その事実に勝正がほんの一瞬だが時間が止まったかのようにフリーズした。
腕をなんとかしなければ酸欠による死。
炎をなんとかしなければ焼死。
突き付けられた選択肢の中で刹那は不敵に微笑む。
「お前の炎は俺に触れる前に熱の殆どを失ってることにまだ気づかないか?」
刹那の魔力が不足し始めたことによって二人がいる地面はようやく熱を持った炎によって溶かされ始めた。だけどそれ以外は……。
殆どの熱を今も失ったままだ。
その証拠に刹那はまだ生きている。
どうせ死ぬのなら、自分が誇れる生き方を最後の一秒までしたい。
そう考えた刹那は血液とは別に全身を駆け巡る魔力全てを使い叫ぶ。
「ウオオオオオオ!!!」
熱を失い……正確には分子や原子の運動が限りなく停止に近い状態になり炎が消滅し元の温度が低い勝正の肉体が刹那の首を絞めている両腕から分厚い氷に覆われていく。
刹那が使った文字の効果だ――【絶対零度】。
まだ完璧じゃないその力でも今を生きる大切な女の子たちを護ることはできる。
――その小さな背中に少女たちの心は強く打たれる。
自分を支え護ってくれる英雄はこんなにも身近に居たのだと。
(悪いがその命頂くぜ――)
脳に十分な酸素を供給できなくなったことで薄れていく意識をなんとか繋ぎ止め、魔法が効果を失わないように自分を鼓舞する。
(――麻美……これで良かったんだよな……今まで疑ってて本当にごめんな。だけどさ、麻美が自慢できる立派な……英雄にはn……)
「この俺がこんな所で……負けるなどありえない」
「俺に触れた時点でお前の負けだ……俺はお前の存在と本気を全て否定する。そして永遠の眠りの中で裁きを受けろ」
(この街が望む本当の英雄が復活するその日まで俺が英雄になる)
「うおおおおおおおおおおお!!!!」
最後の気合いを入れる刹那。
――。
――――数秒後。
勝正の全身が氷に覆われた。
直後――。
夜空が一瞬ピカッと光った。
野田家当主の全身を氷漬けにして造られた彫刻は空から降ってきた落雷によって一瞬で粉々に粉砕される。まるで神が悪人に天罰を与えたように。
綺麗な夜空。
雲一つない空からの落雷。
魔法しかありえない。
それは勝正だけを攻撃し一ミリの狂いもなくギリギリのところで雷撃が刹那を避けて地面に流れていくもの。
「――刹那ああああ!!!」
落雷に続いて大きな声と一緒に三人の人影がこちらに向かって落ちてくる。
刹那の記憶が正しければサルビアホテルの屋上から地面まで百メートルはあったはずだ。
それにも関わらず紐なしバンジージャンプをして精密機械のような魔法が扱える人物となれば視界がグルグルと回って焦点があってない目でも誰なのか予測は簡単に付く。
「……あはは、遂に帰ってきたか本当の英雄」
屋上から落ちて来た三人が着地する寸前で刹那は誰かの声を聞いた気がした。
無茶をした代償として刹那の身体にはもう魔力は残っていない。
ただの人間となった刹那の顔はやり切ったと言わんばかりに微笑んでいるが、顔色は既に魔力不足によって青ざめており、身体の体温も急激に低下し始めていた。
まるで死体のようになっていく身体に触れる温もりは残念ながら刹那には届かない。
どうやら亡霊は亡霊らしく現世に長い間留まることはできないらしい……。
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