第5話 身支度と覚悟の決意をとおして


 巻物を広げて鎮痛魔法を使う。

 巻物に魔力を流すと、それを合図に巻物に封印された魔法が発動する。

 使い切りなのがちょっと勿体ない感はあるものの、巻物から出現した粒子が俺の身体へと付着し吸収されていく。

 数秒後、身体を動かす度に痛みを覚えていたが消えた。

 厳密には感じなくなったと言った方が正しくて完治はしてない。

 回復魔法も絆創膏のようなもので大怪我の前ではあまり役に立たないので今は気持ち程度に持っておく事にした。あるかないかでは心の持ちようが全然違うので、そう言った意味では安心感が少しはある。


 一応言っておくと自力で医療魔法を使える唯は医療魔法師としてもかなり優秀とだけ言っておく。そこに戦闘魔法が加わるのでSランクに近いAランク魔法師とも別名呼ばれている。環境が違えばもしかしたらSランク魔法師になれていたかもしれない……。家宝がなくてもそれだけ強い唯は整った容姿も持ち合わせており、異性からは引く手数多なのは言うまでもない。今回の一端も唯の魔法師としての素質と美しい容姿があってのこと。だからと言ってあの下種野郎共を許すわけではない。


「俺がよく使う魔法【文字】。【文字】魔法の防衛手段として存在する【暴走】二つで一つであり乖離した魔法って唯さんは言ってたけ。実力だけでなく指導力もある。でもそんな唯さんでもSランク魔法師になれないって世界の頂点は本当に凄いんだな」


「そうね。人様の下着を見てゴクリと息を呑み込んだ男の子の魔法を熟知している穢れた女は不気味で不思議よね」


 あれ?

 俺の背中から冷や汗が止まらなくなる。

 まるで滝に打たれたような衝撃が全身を襲った。

 手汗がヤバイ。

 流石に巻物を盗もうとしている所だったってのもあるが、それ以上にその前の行動に思う所があるからだ。


 アイツ……唯さんが戻って来たことに気付いてバックレたのか?


 ようやく腑に落ちた俺は恐る恐る後ろを振り返る。


「やっぱり心配だったから戻って来てみれば何をしてるの?」


「えっと……その……泥棒ですかね?」


 俺は持っていた巻物を鞄に入れて満面の笑みで誤魔――。


「それは置いていきなさい! 盗みはだめよ?」


「はい……」


 俺は盗もうとした巻物を全部鞄から出して元合った位置に戻していく。

 まさかゲンコツされるとは思いにもよらなかった。


「その程度の回復なら私がしてあげる。盗み聞きするつもりはなかったのだけれど、私のために頑張らなくても良いのよ?」


「俺がそうしたいだけです。それにアイツらは第二の被害者を出すかもしれません。誰かがしなければならないことなら俺がしたいんです」


 嘘をついても仕方がないと思い、ありのままの気持ちを伝える。

 三年間魔法師として姉弟の関係であり大切な家族の関係でもあった唯は俺の言葉を聞いて真剣な表情で返してきた。


「わかったわ。一緒に行きましょう」


「えっ?」


「正直に伝えるわ。最初は一人で行こうと思った。でもね、どうしてもすぐに無茶ばかりする刹那のことが気になっちゃったの。それと私は今魔法を高次元で使えないわ」


 その言葉は衝撃的だった。

 思わず聞き返したくなる気持ちをぐっと堪えて唯の話をまずは最後まで聞く事にする。


「魔法とは精神状態の影響を少なからず受けるわ。刹那の傷を一週間あって完治させれてない理由は私にあるわ。軽い男性恐怖症になったみたいでね、刹那に対しては何も問題がないんだけど……他の人にはちょっと色々とね。問題は日常生活だけではないの」


 真剣な眼差しが映し出す瞳の中に映る俺はこれが唯の冗談なんかではないと確信する。


「魔法を上手く使えないの。使おうとするとあの時人質になった刹那を殺そうとした康太君たちのことを思い出して……」


 納得した。

 確かにSランク魔法師に近いAランク魔法師、それも戦闘だけでなく医療の面でも優れた唯が一週間あって治せない怪我ではない。それでもこうして怪我をしていると言う時点ですぐに気付くべきだった。唯は表には出さないが心が既にボロボロでぐちゃぐちゃなのだと。


「俺が隣にいます。俺頑張ります。だから……もう一度唯さんの隣にいるチャンスをください。俺魔法師として立派になりたいんです」


 俺は頭を下げた。

 贖罪は結果と行動で返すと心に誓って。


「えぇ。実を言うと一人は不安で隣にいて貰えないかと思って誘いに来たのよ。また一緒に旅をしましょうね」


 すると、下げていた俺の頭を持ち上げて、今度は懐かしい見慣れた微笑みを目の前で見せてくれた。

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