第11話「危険な異変」

 ◆◆◆


「どういうことだ!」

 東京ダンジョンの入り口。

 騒然とした空気と、幾つも折り重なるように聞こえるサイレン。

 響いた怒号は、溝口葵衣の声だった。

 嗜めるように天王森が葵衣の肩を叩く。

「あまり激昂するなよ、溝口殿」

「これが怒らずにいられるか、第四層に影人魚が現れた……だと!」

 葵衣たちの前には、憔悴しきった様子の探索者たちがへばりこんでいた。

 第四層にいたアマチュアや高校生探索者たちだ。

 安全地帯と言われている四層に、突如として最凶の迷宮獣ミュートロギアである影人魚が現れたのだ。

 それは、要するに昼下がりの公園に電動ノコギリをふりまわす殺人鬼がやってきたようなものだ。

 たった一人の重傷者も出さずに全員が退避できたのは、奇跡としか言いようがなかった。

「……どういうことって、こっちが聞きたいよなー」

 その中の一人、夢見ヶ崎レイが大声で怒鳴る。

 なにせ、彼女はたった一人で突如として第四層に複数・・現れた影人魚たちから周囲の探索者を守ったのだ。

 ランクAの【鉄壁】を持つとはいえ、偉業と言わざるをえない。

「俺たちのチームから二人、行方不明者が出てるんだよ」

 何冊もの単語帳をぱらぱらとめくっているのは、北加瀬太郎。レイと同じく、影人魚に懸命に立ち向かっていた魔導書使いだ。

「何よ、あなたたちは!」

「……うちの学校の生徒だよ」

 葵衣は息を呑む。

「……アカリと一緒に探索してた子たちね。まったく、分不相応なことするから」

「今はそんなことどうでもいいだろ」

 北加瀬が、葵衣の言葉を遮る。

「あんた、迷宮省のお偉いさんだよな? 俺の……友達二人が、まだ第四層にいるんだ。っつーか、湖に飛び込んで、出てこないんだ。はやく、助けに行かせてくれよ」

「……お前たちはすぐに退避だ。これ以降は、迷宮省が引き受ける」

「は!?」

「妹が……アカリが迷惑をかけたな。天王森さん、生徒さんたちのことはそちらで」

「行方不明の生徒がいるんだ、こちらだって部外者じゃないぞ」

「だからこそ、今目の前にいる生徒の安全確認をしてほしいってことですよ」

 ゆっくりと振り返って。

 溝口葵衣は冷たく言い放った。


 ◆◆◆


速報

本日夕方ごろ、東京ダンジョン内で無数の影人魚が発生した。

関係者によると、第四層を探索していた神奈川県にある高校の女子生徒がフィールド内にある湖に落下。直後、何人もの影人魚が四層内に出現したそうだ。

湖に落下した女子高生二名は以前行方不明。影人魚による怪我人は確認されていない。


 ◆◆◆


 そんな速報が駆け巡り、東京不明迷宮ダンジョンは閉鎖された。

 SNSには心ない言葉が飛び交う。

 バカな女子高生が云々であるとか。そういう。

「……納得できないんだけど」

 夢見ヶ崎レイは唇を噛んだ。

 霞ヶ関、迷宮省内の会議室はどこまでも無機質だ。

「ねーちゃん、どーちたの?」

「おなかいたい?」

 彼女の両脇で指をしゃぶっていた弟妹が、心配そうにレイを見上げる。

「……」

「黙ってないでさ、あんたはこれでいいのかよ? タロー」

「……いいわけないだろ」

 現在、レイと北加瀬は迷宮省内での待機を命じられていた。

 状況が落ち着き次第、事故が起きた状況の聴取があるらしい。

 レイたちの願いとしては、今すぐにでもアカリと桔梗の救出に向かいたかった。

「……魔導書使うのってさ、楽しいんだな」

 ぽつり、と北加瀬が呟く。

 ずっと、自分で作成した魔導書を使うのは、顔も知らないどこかの探索者だった。

 溝口アカリが手を取ってくれたから、自分のプログラムした魔導書をダンジョンで使うことができた。

 ランクCの、地味な男子には、絶対にできない冒険だと思い込んでいた。

「ああ、そうだな。楽しいんだよな……ダンジョンって」

 レイは、手にした白い封筒を弄びながら頷く。

 今回の探索で拾った魔力素結晶を、天王森に換金してもらったものだ。

 中に入っているのは、十万四千五百円。たった数時間の働きに対しては、破格の稼ぎだ。

 レイにとっては、ダンジョンに入るのはただの金稼ぎのはずだった。苦しい家計を支えるために、ランクAの迷宮異能という持って生まれた才能を使おうという、ただそれだけのことだった。

 けれど──、この数週間、レイはいつの間にか、毎週土曜日を楽しみにしている自分に気づいていた。

 子育ての費用を稼いで、弟妹の面倒を見る毎日……それはレイにとってやりがいのあることだった。そのために、奨学金を使ってでも、家から一番近い樹学院に入学したのだ。

 ひとりで背負い込んでいた重荷を、アカリは思いもかけない方法で一緒に背負ってくれた。

 ダンジョン探索部としての収益を、すべてレイのバイト代として渡してくれた。

 それに──やっぱり、ダンジョンは楽しいのだ。

 同世代の友達と一緒に軽口を叩きながら冒険をするなんて、そんな生活、考えたこともなかった。

「おい、タロー」

「ああ」

「アカリたち、ウチらで助けようよ」

「もちろんだ」

 北加瀬は力強く頷いた。

「……というわけで、制服貸してくれ」

「は? シネ」

 突然のセクシャル・ハラスメントにレイは絶対零度の視線で北加瀬を睨んだ。

 北加瀬も自分の失言に気づいて、大いに焦る。

「へ? ち、ちがう!! そうじゃなくて!!」

 北加瀬が自分のリュックからあるものを取り出す。

 ずろろ……と出てきたのは、長い黒髪。

「きゃ、きゃあああぁあぁっ!?」

「ねーちゃん、あれ、カツラだよ」

「へ?」

「……悪い、驚かせた」

 北加瀬のリュックから出てきたのは、長い黒髪のウィッグ、それから化粧品が入ったポーチだった。薬局でよく見かける、プチプラコスメだ。

「……? なんだよ、化粧するのか」

「ああ、俺たちがここでゴネても、東京ダンジョンに近づかせてもくれないだろ」

「うん、それで?」

「だから……世論を使うんだよ」

「なんだそれ……って、あ! もしかして!」

 北加瀬が取り出したのは、スマートフォン。

 彼の知られざる学外活動は……超人気美少女魔導書作家、パピよん☆だ。

「そ、そういうことか!」

「ああ、そういうことだ!」

 身バレなんて気にしていられるか、と北加瀬。

 この無機質な会議室でできることは限られているが……やらない手はない。

 ──この日行われたパピよん☆初の制服SNS配信は、記録的な同時接続数になった。


 ◆◆◆


「……はぁ、はぁっ」

 地底湖を逃げ回るアカリたちは、小さな窪みに身を隠していた。

『……ぴ?』

「ありがと、ツッチー。あんたがいなきゃ、詰んでたよ」

『ぴぃ!』

 もちもちのツチノコの頭を撫でてやる。

 満足そうに目を細める様がとってもキュートだ。

「……桔梗せんぱい?」

「う、うん……ごめん、ぼーっとしちゃいました。は、はやく帰らなくちゃ、ですよね」

 言いつつ、桔梗の目はうつろだ。

 理由は明白。さきほどの影人魚のことだろう。

「……桔梗せんぱいの名前、呼んでましたよね」

「うん」

 こくん、と桔梗が頷く。

 あのグロテスクな影人魚に自分の名前を呼ばれるという衝撃もあるが、それ以上にある仮説が桔梗の心を乱している。

 あの影人魚が……行方不明の親友、橘梨々子かもしれない。

「そんなわけ、あの迷宮獣が梨々子なわけ、ないんだけど……だけど……」

「大丈夫です、無理しないで。動揺して当たり前ですよ」

「ありがとう、アカリちゃん」

 桔梗はうっすらと微笑んだ。けれど、その笑みが無理をして捻り出しているものなのは見るからに明らかだった。

「……どうやって、帰りましょうね」

 話を逸らすように、アカリは呟く。

 もしも、あれが橘梨々子だとした場合。

 アカリには向き合わなくてはいけないものがある。

 ダンジョン内で失踪した自分の母も、影人魚になっているのではないかということだ。

「……考えないように、しようと思うんだけどさ」

「アカリちゃん……」

「そ、そもそも、私……私たち、ここから出られるかどうかもわからない、のに」

 じわり、と涙が溢れてくる。

 誰からもダンジョンに潜るなんて無謀だと、そう言われるのが怖くてたった一人でドブネズミを倒し続けていた日々にも、せっかく入学した樹学院にダンジョン探索部がなくなっていたときにも、アカリは一度だって泣かなかった。

 けれど。

 ずっと探していた母が、憧れの母が……最凶の迷宮馬、影人魚になっているかもしれないなんて……。そう考えるだけで、恐ろしくなる。

 細かく震える指先を、そっと桔梗が握ってくれた。

「……桔梗せんぱい?」

「アカリちゃん、あのね……お願いが、あるの」

 ぱらり、と前髪が桔梗の顔を隠す。

「リボン、せっかくもらったのに……落としてきちゃって、それで、その」

「……うん」

 桔梗の言わんとしていることが、アカリには手にとるようにわかる。

 あの影人魚が梨々子かどうか、確かめたい。

「……戻れないかな、さっきの場所に」

 桔梗の指が、アカリの頭に伸びる。

 サイドテールを括る大きなリボンに触れて、微笑む。

「アカリちゃん。あのね……リボン、すごく嬉しかったの」

 おどおどした印象の桔梗を少しでも変えたくて、前髪をあげたアカリのリボン。

 そのおかげで、桔梗のファンも増えた。学校でも声をかけられることが増えたらしい。

「だから、あのリボン……取りに行きたい」

「わかった」

 アカリは大きく頷く。

『ぴっ』

 ツッチーが一際大きな声で鳴いた。

「行こう、桔梗せんぱい」

「うん」

 身を隠していた横穴から、立ち上がる。

 どうやってこの地底湖から地上に戻るのか、わからない。

 ……だったら。

「真っ向勝負、してみましょうよ」

 いまだに影人魚を撃破したダンジョン探索者はいない。

 けれど、アカリには賞賛があった。

(……この地底湖、ほかの階層よりも魔力素が濃い)

 先ほど、身体強化を使った時に気がついたことだ。

 他の階層では感じたことのないほどに、魔力素による身体強化が強くかかっていた。影人魚から逃げ切れたのは、そのおかげというのもある。

(だったら……)

 アカリにできることは、身体強化と超自然回復の二つだけ。

 しかも、身体強化に至っては人体の限界を超えた力を引き出した代償として破壊される筋肉を、関節を、内臓を、骨を──超自然回復で回復し続けるという、力技だ。

 そこまでして、やっと戦える。

 けれど、アカリには他のランクA能力者と明確に違うところがある。

 自分が傷つくことに、慣れている。

(もしダメージを受けても、私ならどうにかできる! 痛いのには、慣れてるから)

 影人魚との戦いで、絶体絶命になったとしても。

 足の一本がちぎれても、桔梗一人を守るくらいならできるかもしれない。

「きっと、大丈夫」

 アカリは、元来た道を歩み始めた。


 ◆◆◆


 溝口葵衣は焦っていた。

 第四層に存在する『抜け道』を、明確な意図を持って探り当てる人間がでるとは思っていなかったのだ。

 ──詳細不明の、最深部。地底湖に続く、湖の道。

 その存在を、迷宮省は認識していた。

 東京ダンジョンで相次いでいた行方不明事件をうけて、第四層を『ほぼ完全に攻略された安全圏』と宣言した。

 探索の余地が残っている思えば、むやみやたらに歩き回る。それが、探索者という生き物だ。だからこそ、「高校生と低ランクのアマチュアにしか価値のない、つまらない階層」として発表したのだ。

 実際、第四層は『抜け道』以外はつまらない階層だ。

 迷宮獣も弱いし、わくわくするような目新しいギミックもない。

「これより救出作戦を開始する。目標は最深部、未発表の第十層・・・!」

 迷宮省直属の特任探索者たちに、力強い号令をかける。

 三十名にもわたる救出隊は、その誰もがランクA探索者だ。

 中には、すでにプロ入りの決まっている高校生探索者もいた。

「……第十層」

 聖アンジェラ学院のニコラもその一人だった。

「そう」

 溝口葵衣は大きく頷く。

「迷宮省の最大機密である、東京ダンジョン最深部──そこに、一回の高校生ごときがたどり着いてしまったことは遺憾です」

 ニコラからの報告によれば、『もぐもぐズ』は明らかに第四層の湖の周りを『意図をもって』探索していた。

 だとすれば、なんらか理由で彼女たちは機密に気付いていたと思う方がいい。

 ……葵衣の恐れいていたことだ。

 彼女の妹である、溝口アカリ。彼女はダンジョンに、愛されている。

「救出目標は二名。溝口アカリ、木月野桔梗……彼女たちへの処分は、探索者ライセンスの永久剥奪も含めて、すでに検討しています。」

 葵衣の言葉に、救出隊員がメモを走らせる。

「どちらもランクFあるいはランクEの迷宮異能しか持たない、低能力者です……おそらく、長くは持ちません。早期の救出を! 現在、影人魚が通常よりも多く発生している可能性が高い……くれぐれも、気をつけていきましょう」

 隊長である葵衣の言葉とともに、救出隊員の進軍が始まった。


 同時刻。

 東京ダンジョン入り口。

「おい、ここを開けろ!」

「パピよん☆ちゃんを通せ!」

 夥しい数の人間が、封鎖されたゲートを突破しようと押しかけていた。

 数十分前から始まった、パピよん☆による初の完全顔出し、しかも制服を着用した配信によって東京ダンジョンへの突入が呼びかけられたのだ。

「……すっげぇ人だな」

 呆れたように肩をすくめるレイ。学校してのクソダサ小豆色ジャージ姿である。

 迷宮省の会議室から、上手いこと抜け出してきたのだ。

「名演技だったよな、あいつら」

「ああ、アイス買って帰ってやらんとなー」

 北加瀬ことパピよん☆による生配信が終わったあと、レイの弟妹が体調不良になったという設定で一芝居打ったのだ。

 女子高生が面倒を見ている小さな子供がぐずるのを見て、無理を通せるほどには公務員は非道ではない。いや、事なかれ主義とでも言おうか。

「いやぁ、なんというか……俺、こういう人たち相手にしてたんだな」

 学ランに着替える間もなく駆けつけたパピよん☆こと北加瀬太郎は、フードをまぶかにかぶって少し青い顔をしていた。

 SNSの向こう側にいるはずのファンを直接目にするのは始めての体験だった。

 実際に質量を持った人間が、ざっと見て数百人単位で渋谷に大集合しているのだ。自分の影響力について、なんとなくフワフワとしか把握をしていなかった北加瀬だが──少し、インフルエンサーとしての自覚を持った方がいいな、と改めて襟を正すのであった。

「みなさん、下がって! 下がってください!」

 迷宮省の職員たちが、混乱を収めようと声を張り上げる。

「今だ、行こう!」

 その隙に、レイと北加瀬は人混みをかき分けて進む。

 レイの弟妹は、学校に残っていた梶ヶ谷起草に押し付けるようにして預けてきた。


「みんな、いっくよぉー!」


 北加瀬が裏声で叫ぶ。

 どこからともなく聞こえてきた、パピよん☆の声に現場の指揮はMAX。

「うおおお、パピよん☆の友達を助け出せええぇえ!」

 迷宮省職員による制圧はその瞬間に無力化し、東京ダンジョンに無数のパピよん☆ファンがなだれ込むことになったのだった。


 ◆◆◆


 地底湖に戻ろうとするアカリの耳に、懐かしい声が響いた。

「……アカリ」

 その瞬間に、全身が硬直する。

「……お姉ちゃん」

 溝口葵衣。

 長らく顔を合わせていなかった肉親が目の前に現れた。

 自分たちだけが到達したはずの、東京ダンジョンの謎の階層。そこで再会するには、あまりにも意外な人物だった。

 いや、もっとも意外性のない人物だとも言える。

 溝口葵衣は家を出る直前、まだ中学生になったばかりのアカリに言ったのだ。

『あんたがダンジョンに潜ろうとするなら、私は絶対にアンタを止める』

 アカリがダンジョンに潜ることを、この世の誰よりも強固に止めようとしていたのは、実の姉である溝口葵衣その人だった。

 母は、常々口癖のようにまだ幼い葵衣に言っていたのだという。

 ──アカリをよろしくね、と。

「どうしてここに?」

「こちらのセリフよ、アカリ。あんたなんかが、この国家機密に触れることになるなんてね」

「国家機密?」

「この場所のことよ。東京不明迷宮の、現在確認されている最下層……」

 葵衣は苦々しい表情で告げた。

 彼女の後ろには、何人もの救助隊がいる。

 トップ探索者として名高い者も何人か見受けられた。

「そちらのお嬢さん、妹が大変に迷惑をかけたね」

「え?」

「この子は昔から思慮が足りなくて。母もそれが心配だったんだろう、『アカリをよろしく』と私に何度も言っていたよ……。私の油断で、アカリがダンジョンに入ることになった。相応の処分は考えているよ、君たちにも、私にも」

「ち、ちがいます! あの、私がアカリちゃんを誘って……それに、今こうしているのも、私のわがままで!」

「庇わなくてもいい。さぁ、こっちにおいで」

 溝口葵衣が手を差し伸べる。

 その手をとってしまえば、この場の危機を脱することができるだろう。

 けれど──ダンジョン探索部としての活動はおしまいだ。

 葵衣はおそらく、アカリを二度とダンジョンには入れないだろう。そのために、樹学院の部活動を制限することもできる。彼女は、迷宮省の長官だ。

「……いやです」

 桔梗は首をふる。

 そんなのは、絶対に嫌だった。

「……なんだと」

「私たちには確かめなきゃいけないことがあるんだよ……この地底湖、何なの? 影人魚がここからでてくることとか……そのかわりみたいに、探索者が行方不明になっていること……迷宮省は知ってたの?」

 おそらく、これが最初で最後のチャンスだ。

 ダンジョンの中で消えた大切な人を探し出すためには、この機会を逃せない。

「……答える必要はない。さぁ、こっちに──」

 葵衣の周囲に、青い光が集結する。

 迷宮異能、【聖水剣】。

 水の力をもってして、全てを切り裂く聖剣だ。ランクAの迷宮異能はたちまち葵衣の手の中で顕現する。

「……お前に拒否権はない、アカリ」

 そのとき。

『ぴいぃいぃっ!』

「なっ!?」

「つ、ツッチー!?」

 桔梗の足元から飛び出したツッチーが、もちもちボディで葵衣の手に体当たりをした。

 思わず聖水剣を手放す葵衣。たちまち、異能を維持できずに剣は消えた。

『ぴ! ぴっ!』

「……早く行け、って?」

 どう考えても、ツッチーはそう言っている。

 突然のツチノコ……いや、迷宮獣ミュートロギア岩トカゲの襲撃に救助隊がいろめきだった。

「ツッチー、逃げて!」

『ぴっ』

 高ランク探索者たちの一斉攻撃などされては、ツッチーに命はないだろう。

 桔梗の悲鳴に、ツッチーは素早く横穴に飛び込んで姿をけした。

「……くそっ」

 溝口葵衣が再び顔を上げる。

 そこには、彼女の妹の姿はなかった。

「……追うぞ!」

 魔力素による身体強化を使った、凄まじいスピードでの逃走。

 葵衣たち救出隊も、同じく身体強化を使った追跡を始める。

 しかし。

 アカリの方は桔梗をお姫様抱っこしているというハンデがあるにもかかわらず、アカリのスピードに追いつけるものはいなかった。



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