第82話 老師に関する考察


「老師の力の源は魔法では無いと?」


「俺はそう踏んでいる」


鸞龍ランリュウは懐から三枚の手紙を取り出し三人の方に差し出した。


手に取り、カートが目を通す。


それは西の国エリクシルで活動する千里眼からの報告書だった。


ある商人が入手した“貴重な資料”を高額で老師に譲った旨が記載されている。


その中で一箇所、ある一文が目についた。


(西の女商人フローラ・ムーアは異界の影を降ろす方法が記載された書物を販売した事を認めた)。


「…『異界の影を降ろす方法』?」


鸞龍ランリュウが頷く。


“異界の影”。


フェラクリウスも初めて聞く言葉だった。


「“異界”とは西で使われる呼称であり

 その存在が確認されているわけではない。

 “未知の存在”を意味する言葉だろう。

 『降ろす』とは、自分の身体をしろ

 “異界の影”を憑依させる事を意味する」


椅子に座り直し、鸞龍ランリュウは再び語りだした。


「面倒な経緯いきさつは省こうか」

「老師の家は焼き払われており

 証拠と呼べるものは残っていない。

 よってここからは大部分が推論になる。

 敢えて断言する形をとるが、

 こちらもなにぶん情報不足でね。

 後からやっぱり間違っていたとなる可能性は

 念頭に置いておいてくれ」


フェラクリウスとカートが無言で頷き同意する。


「老師はこの資料に書かれていた術を実践し

 “異界の影”をその身に降ろした」


するとどうなるか、想像はついているだろう?


二人の客人は声も無くただ息を飲み、続く鸞龍ランリュウの言葉を待った。


「“異界の影”を身に宿した者は

 人間を遥かに上回る力を手にする」


…やはり、そういう事か。


つまり、老師の力の源は“異界の影”によるものだと。


ここまで話して、鸞龍ランリュウは一度二人に質問が無いか確認した。


フェラクリウスとカートはそれぞれ疑問を口にし、鸞龍ランリュウはそれに以下のように答えた。



“異界の影”は魔法とは異なるのか。


 分類上分けて考えられている。


 魔法は生命のエネルギーを糧としている。


 西の研究によれば異界の影が使うのはまた別のエネルギーとの事。


 彼らは“瘴気”と呼んでいるが、それこそ研究不足で正体はわかっていない。



老師が“魔法”ではなく“異界の影”を選んだ理由は。


 魔法は修行によって身に着ける事が出来るが、才能に依るところが大きい。体得に時間もかかる。


 “異界の影”は素質に関係なく即座に人間を超越した力が手に入る。


 老師は何らかの目的のために力を求めていたのではないか。


 彼は体格も非常に小柄だった。フィジカルに頼った戦闘は不向きと言える。


 そこで魔法の研究に手を出したが、それも上手くいかず。


 言い方は悪いが、才能無き者がすがりついた最後の希望だったのだろう。



「どうしても推測に頼った回答しか出来ない事を許してくれ」


「今はそれで十分だ」


フェラクリウスは腕を組んだまま難しい顔をして目を閉じた。


二人に向かって鸞龍ランリュウが問いかける。


「俺は現場にいたわけじゃあない。

 だから対峙した人間の話を聞きたかった。

 直接見聞きし、肌で感じた情報は重要だ。

 アナタたちはどう思った?」


カートがフェラクリウスの方を見る。


質問に答えず、目を閉じたまま黙って俯いている。


あの日の事を思い出しているのか。カートは自分から答える事にした。


「アレは…すまない。

 俺もそんな話を知っていれば

 もっと役立つ情報を集められたかもしれないが…。

 情けねえ話、ただ得体の知れない存在に震えていたよ。

 だが、少なくともアレは人間じゃあねえ。

 人間離れした強い人は見た事がある。

 だがあれは…ダンテ国王とも、

 このフェラクリウスともまた別だ」


ひとしきり感想を述べたカートに続き、フェラクリウスが口を開いた。


「説明しづらいのだが、

 奴と対峙しているとき

 何やら薄気味の悪いものが

 這い上がってくるような、

 体の内側に浸透してくるような…。

 そんな感覚を味わった。

 まるで内臓をまさぐられた気分だ」


これは直接老師と戦闘したフェラクリウスならではの体感であろう。鸞龍ランリュウがそれに同意する。


「俺も感じた事がある。

 過去に一度だけ“異界の影”を

 宿したものと対峙したが…。

 だが、あれが“瘴気”と断定するべきか…」


そう言ったきり、今度は鸞龍ランリュウが口元を手で押さえて何やら考え事をはじめ黙り込んでしまった。


少し待ってからフェラクリウスが口を開く。


「その情報を聞き出すことが

 俺たちを呼んだ理由か?」


おっと。と、鸞龍ランリュウは思い出したように放置していた客人に意識を向け直した。


「失礼、もう一つある。

 “異界の影”は一つの術式につき一度しか使えない。

 だから老師が死亡したのであれば

 同じ術式を再度行っても“異界の影”は降ろせない。


つまり、ひとまず老師の脅威は去ったという事か。


「だが“異界の影”の持つ強力な力を

 自らの目的のために利用しようとする者は他にもいるはずだ」


鸞龍ランリュウはおもむろに足を組みゆったりと背もたれに寄りかかった。


「そしてそれは既に西で始まっている」


!!


「“異界の影”を宿したものを

 野放しにしていたら

 とんでもない事になる。

 だが内側を挟んで西と東。

 俺たちにそいつらを取り締まる術はない」

西エリクシルで起きている混乱はこの先

 必ず内側カートキリアを巻き込んでくるはずだ。

 そしてその次は、このアンの国にも」


またやってくるというのか。老師のような化け物が。


つい先日波紋党の脅威が終わったばかりだというのに。


「…それで内側の人間おれたちに、

 “異界の影”についての情報を伝えようと?」


カートの質問に、鸞龍ランリュウが深く頷く。


「対抗するための“魔法”についても。

 それともう一点、

 大切な情報を伝えておきたかった」


組んでいた足を解き、真っ直ぐにカートの目を見据えて鸞龍ランリュウは言い放った。


「東の国には信頼出来る友がいると」


わざとらしいセリフだが、不思議とカートの胸の中にスッと入って来た。


鸞龍ランリュウの話はまさしく国家の一大事、我が国の脅威、これから起こる“災害”を予見しての助言である。


不安を煽る内容にもかかわらず、カートは彼と向き合って初めて心から安心出来た気がした。


これこそ自分が納得できる真意。ようやく辿り着いたと感じたのだ。


「…上手いこと言って、カートキリアを防波堤にするつもりじゃないだろうな」


照れ隠しのカートの皮肉に、鸞龍ランリュウは優しく微笑んで答えた。


「どちらにしても君たちは自分の国を守らなくてはならない。

 利害は一致しているはずだ」


アンタの言う通りだ。カートは情報を共有してくれた事に感謝を述べた。

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