第81話 魔法について


ヘルスメンの昔話を聞き終わり、再び客室に戻る。


ほぼ同時に鸞龍ランリュウも別室から戻って来た。


「あれ、フェラクリウスは…?」


「使用人を一時的に屋敷から出すので

 遅れてくるよう伝えている。

 侍女が怯えるからな」


…ああ、ずっと“タッチャマン”だったもんな。


確かにあの威圧感はよろしくない。


初対面の女性をびっくりさせてしまう。


しばらくしてフェラクリウスが客間に戻ってくる。


「フェラクリウス!腕は…」


彼の姿を見て、カートは息を飲む。


全裸ペニケのおじさんに、カートは冷たい視線を送った。


「…何をしてきた?」


「ああ、服を着るのを忘れてたぜ」


服を着るのは忘れるのに、ペニケはハメるのかよ。と、カート。


彼が勝手に脱いだんだよ。と、鸞龍ランリュウが弁明する。


流石の鸞龍ランリュウも「服は着てきてね」と指示しなければ出来ないとは想定外だった。


いい意味でも悪い意味でも予測の出来ない男である。


この男を理解するには、もっと“情報”を集める必要がありそうだ。


「女性は屋敷から離れたようだな。

 “タッチャマン”が収まった。

 もうちょっとでイタイイタイになっちまうところだった。

 助かったぜ。

 まぁ、いざとなったら俺一人で…」


急にまくしたてるように話し出すフェラクリウス。


“タッチャマン”が収まっていようがいまいがペニケを付けている限り下半身はおギンギンに見えてしまうのだが、もうそんな指摘をする時間も惜しい程カートは苛立っていた。


「フェラクリウス、もういいから服を着てきてくれ。

 こっちは本題に入りたいんだ」




再び最初の席位置に戻る。


フェラクリウス、カート、ヘルスメンが横一列に並び鸞龍ランリュウと対面する。


「“魔法”とは。

 体格に勝る相手を倒すために生み出された

 弱者の技術だ」

「西が内側の人間に対抗するために。

 東の小柄な民族が大柄な民族に対抗するために。

 独自に生み出した戦闘術になる。

 だから元々体の強い内側や南北では

 あまり研究が進んでいない。

 必要とされていないからね。

 だが西ではこの技術が他国に流出しないよう

 国家レベルでの管理がされている」


これが概要。次に、魔法で何が出来るか。


「魔法は人間が身体に秘める

 生命のエネルギーを糧とする。

 “魔力”と呼ばれるものだ」

「“魔力”を別のエネルギーに変換して

 戦闘に役立てる。

 例えば皮膚を硬化する」


鸞龍ランリュウは椅子から立ち上がると用意していた剣を抜いた。


それから着物の左袖をめくると自らの腕を勢いよく斬りつけた。


ギャッと、素肌を斬ったとは思えない音が部屋に響く。


皮膚には傷一つついていない。


「例えば、傷を癒す」


もう一度、左腕に刃を当て、今度は静かにスッと引く。


先程のような異音は鳴らず、静かにスーッと血が流れる。


手拭いで血を拭うと、傷一つついていない綺麗な肌が現れた。


「例えば、筋力を強化する」


続いて鸞龍ランリュウは剣の両端を持ち、グッと力を入れると真っ二つにへし折った。


鸞龍ランリュウが折れた剣をカートに渡す。


…硬い。上等なものではないが、厚さ六ミリほどの間違いなく一般で使用されている刀剣である。


丸太のような筋肉を持つフェラクリウスであっても素手で刀身をへし折るなんて真似は出来ないだろう。


鸞龍ランリュウは更に続ける。


「例えば、火を起こす」


ボワッ、と手の平から突如焔が燃え上がり、一瞬で消えた。


まるで手品を見せられているようだった。


「ざっと簡略化して話したが

 実際にはこんなものは一部であり

 魔力の抽出方法も多種多様だ。

 魔法の技術は発展途上であり

 まだまだ発見されていない技術もあるはずだ」


これで発展途上…。カートはその力を脅威に感じた。


鸞龍ランリュウが次の説明に移る。


「“魔法”は師匠から弟子へと指南され受け継がれていく。

 だが世の中には他者に教わる事無く

 それを特別な技術と認識する事も無く

 無意識に魔力をコントロール出来る人間がいる」


そこでいったん区切り、鸞龍ランリュウはカートの方へ視線を移す。


「…誰だかわかるね」


そう、彼は幼少期から“それ”を見たことがあった。


「…ダンテ国王」


「その通り。…三英傑。

 彼らは誰に習うでもなく

 無意識に“魔力”をコントロール出来た

 特別な人間だ」


どのように体得したかはわからない。


訓練や経験の中でそれぞれ別の方法で編み出したのかもしれないし、生まれつきの体質なのかもしれない。


ただ一つ言えるのは彼らはそれを“魔法”として認識せずとも肉体を強化する事が出来た。


それも非常に高いレベルで。


「三英傑レベルでなくとも魔力を操作する事で

 “人間を突き抜けた者”は各地に存在する。

 彼らを俺は“超越者ちょうえつしゃ”と呼んでいる」


一息つき、今度はフェラクリウスの方に視線を移す。


「アナタもそうだね」


鸞龍ランリュウが問う。


理解しているのか、いないのか。フェラクリウスは腕を組んだまま黙って彼を見つめ返した。


「アナタは教わらずとも既に

 魔力をコントロールする術を身に着けている。

 我が国でも魔法を修める者は数多くいるが、

 アナタ程優れた使い手はそういない。

 魔法による治療への適応が早かったのもそれが理由だ」


やはり。カートはフェラクリウスの身体能力の高さに納得した。


彼もまた、ダンテに並ぶ戦闘力の持ち主である。


ダンテが魔力を使いこなせるなら、彼が同様である事にも合点がいく。


「では老師も“超越者”であったという事か?」


フェラクリウスが問いかける。


その質問に鸞龍ランリュウは口元に手を当て少し間をおいて答えた。


「…それなんだが」

「老師については情報が少ないため

 推測の域を出ないが…

 ヘルスメンの情報から

 アレはまた“別モノ”ではないかと考えている」


そしてそれこそが、彼がカートを招いた理由でもある。


「では次は老師の力の源について話そう」

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