第20話 初勉強会

泰正に急かされ、俺は4日連続となる保健室訪問をする羽目になった。

俺は数学の教科書と、筆記用具を持って廊下を歩いていた。

気乗りしない、と言えば嘘になるのかもしれないが、足取りが軽い、と言っても嘘になる。

「また来ちゃったよ…」

白い扉を前に、俺はひとつ。

一つ息を吐き、俺は扉を開けた。


「失礼します。南條です。勉強教えに来ましたよ」

俺はそう言いながら保健室の中へと歩みを進める。やはりこの部屋には独特の匂いがあって、その匂いにはなかなか慣れない。


奥へ歩いていくと、そこでは理子が事務机に突っ伏して寝ていた。

その近くの丸椅子に座った柚希と目が合い、

「30分くらい寝てる」

と小声で言われた。


(職務放棄じゃねぇか)


そんなことを思ったが、柚希にそんな荒いことは言えない。

「そうだったんですね、じゃ、どうしましょっか」

俺も小声で返すと、柚希は右手をその小さな顎に乗せて、思案する様子を見せた。

「よし、起こすか」

何を言い出すのかと思えば、意外と力技で、俺は少し面食らった。

「え、ほんとにやるんですか、まぁいいけど…」

「うん、やるよ、はいはい!理子ちゃん!起きて〜」

そう言うと柚希は理子の肩をゆさゆさし始めた。


少しすると、うめき声というか、うなり声を上げながら理子が状態を起こした。

「んー、二日酔いなのぉ…」

「職場で寝たらダメですよ、ほら、南條さん来てくれたし」

「広哉ぁ?あぁ、柚希ちゃんが恋しくなっちゃったのねぇ、可愛い子だわぁ、ほんとに」

理子は半目で俺の姿を認めると、そんなことを言って来た。だが、寝ぼけて言っているだけだと自分に念じて、ダメージを軽減する。

「違います。勉強教えに来ただけです。先生は普通に仕事してください」

「あぁん、冷たいよぉ」

そう言って、また突っ伏してしまった。

「ほらほら寝ないー!」

また柚希が起こす。

また寝る。

また起こす…


ひとしきりこれを繰り返した後、やっと理子は立ち上がり、コーヒーをれた。

「じゃあ勉強しなさいね、何やるのよ広哉」

「数学持って来ました」

「ん、じゃあ教えてもらいな柚希ちゃん、教えるの上手いからわかんないけど」

へへへっと笑った理子の顔がとても憎たらしかったが、俺は丸椅子に腰掛け、机に教科書を置いた。

「じゃ、始めますね〜」

「待って。なんで私だけタメ口で、南條さんは敬語なの?なんか堅苦しくてやだ」

開始早々、柚希はそんなことを言って来た。

「いや、なんていうか、礼儀?ですかね…」

「むしろ私が教えてもらう立場なんだから、南條さんが礼儀とかなんとか言う必要はないと思う」

「あ、え、そうなのか…?まぁ、わかりました、敬語やめる」

「うん!よし、じゃあ、お願いします、先生」

そう言った彼女の笑顔が、とても眩しかった。

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