第44話 カリンお嬢様の〈神匠〉レクチャーin下層

 ブラックシェルというろくでもないクランに縛られている少女、神代穂乃花。

 彼女の今後の処遇について議論が交わされるなか、「下層で〈神匠〉を鍛えますわよ!」というカリンの発言にコメント欄がざわついた。



〝カリンお嬢様!?〝

〝いきなりなにを言い出すんですの!?〝

〝ブラックシェルより頭おかしいことしようとしてて草〝

〝いやまあお嬢様なら安心ですけども!?〝

〝なんでいきなりそんな話になりましたの!?〝



「そんなの簡単ですわ!」


 戸惑うコメント欄にカリンが断言する。


「もし契約云々で穂乃花様がブラックシェルを抜けられないなら激務をはね除け自衛するための装備がほしい。ほかのクランを探すなら〈神匠〉で作った装備で力を底上げして実力を示しておけば選択肢が増える。つまりどう転ぼうと〝力〝は必須。なのでここ下層で穂乃花様の〈神匠〉スキルを鍛えつつ専用魔法装備も作ってしまおうというお話ですわ!」



〝カリンお嬢様なのに理路整然としてておハーブ〝

〝カリンお嬢様は緊急時にIQが跳ね上がるタイプだから……〝

〝そんなまるで普段はIQが低いかのような〝

〝けど確かにそう言われると穂乃花様を鍛えるのは有用ですわね……?〝

〝わたくしたちネット民お嬢様がブラックシェルから穂乃花様を引き剥がす方法と安心なクランを探し、カリンお嬢様は穂乃花様を鍛えて選択肢を増やす……完璧な役割分担ですわ!〝

〝かといってレベル30を下層で育てるのはおかしいだろうがよえー!?〝

〝【悲報】ブラック労働から救出された穂乃花様、流れるように怪物から無茶ぶりされる〝

〝↑波瀾万丈すぎる……〝



『凄いよ穂乃花! カリンお嬢様が直々に〈神匠〉を鍛えてくれるんだって! 羨ましい!』


「い、いやそれは凄くありがたいけど……!? え、ほ、本当に下層で!?」


 電話越しに歓声をあげるナギサに、聞き間違いかと疑い声を震わせる穂乃花。

 カリンは穂乃花のそんな疑問に「ええ当然ですわ!」と頷き、


「だってわたくしたち未成年はドロップアイテムを外に持ち出せませんし、〈神匠〉で加工できるのは下層以降の素材から。採取した素材を上層や中層まで移動させるのは時間の無駄ですし。ちゃっちゃかぱっぱと鍛えまくるには下層に籠もるのが最適ですわ!」


 額縁を作った際はお優雅な配信と完成度を優先してやむなく中層に移動したが、そうでなければ下層に留まって加工しまくったほうがよほど効率が良いとカリンは語る。


「わたくしが穂乃花様を守りながら下層モンスターをぶっ倒して素材をパスしますので、穂乃花様はその場で〈神匠〉を使いまくるんですの! 多分これが一番手っ取り早いですわ!」


「……っ!?」


 聞き間違いでもなんでもなかった事実に穂乃花が震える。

 しかし相手は下層を無傷で攻略し深層モンスターをも素手で引き裂く超実力派配信者。そんな人が真っ直ぐ真摯な瞳で鍛えてくれるというのだ。


「わ、私、頑張ります……! よろしくお願いします……!」


 ブラックシェルに下層アタックを強要されたときとはまったく違う心持ちで穂乃花はそう答えていた。


 一方、再び混乱に陥るのはコメント欄だ。



〝あ、あの御剣弁護士? お嬢様こんなこと言ってますが大丈夫ですの……?〝

〝未成年の素材利用はダンジョン内加工&私的利用限定って話でしたけどこれはセーフですの?〝

〝前提のダンジョン内加工ってのが脱法すぎてもうわけわかりませんわ!〝

〝素人には判断がつきませんの! 御剣弁護士解説お願いしますわ!〝


〝@御剣みつるぎ弁護士:(わたくしなんにも見てませんわ)〝


〝見てるじゃねえか!〝

〝オラッ! 出てくるんですの!(事務所のドアバンバン)〝

〝1万スパチャで目立っておいて居留守は草〝

〝本当はこんなややこしい案件に言及したくないんやろなぁ〝

〝直前1万スパチャのせいで見て見ぬ振りできなくなってておハーブ〝



¥10000 @御剣みつるぎ弁護士

ま、まあマジレスすると……え、えーと、譲渡が違法なのはあくまで加工後の装備を売ったりする場合の話で、ダンジョン内での素材譲渡ならパーティ内での山分けということで、その取り分は当事者たちが納得しているなら外野から強制する法的根拠はなく……穂乃花様は現状ブラックシェルから見捨てられてお嬢様と臨時パーティを組んでいる状態といえるわけで……あとはええと、ダンジョン内での加工については規定がそもそもないので……まあ大丈夫ですわ!


〝御剣弁護士いままで見たことないほど歯切れ悪くて草〝

〝未成年のダンジョン内加工の時点で専門家しか知らんような脱法行為なのにこんだけ例外要素が重なったら即レスは不可能定期〝

〝とはいえひとまず違法でないならガンガン強化してあげていいのではなくて!?〝



「お、御剣弁護士様ありがとうございますですの! では穂乃花様もやる気満々、法律的にも大丈夫とお墨付きをいただいたところで……まずは〈神匠〉でどんな装備を作るのが穂乃花様に最適か見極めないとですわね!」


 言って、カリンがじーっと穂乃花を見つめる。

 かと思えば、

 

「……穂乃花様、脚力系のスキルがいくつか発現してますわね?」


「っ!? え!?」


 カリンの言葉に穂乃花がぎょっと目を見開く。


「え、え、た、確かに荷物持ちしながら先輩たちに追いつこうと頑張ってるうちに幾つかそういうスキルが発現しましたけど……な、なんでレベルだけでなく脚力スキルのことまでわかったんですかぁ!?」


「? 相手にもよりますけど、凝視すれば魔力の流れから結構わかりますわよ? ……ああ、ブラックシェルの方々はそんなことも教えてくださらなかったんですわね……やっぱり酷いクランですわ!」


 

〝ブラックシェル「ふぁっ!?」〝

〝お嬢様、レベルだけじゃなく所持スキルまで見抜いてて草〝

〝これに関してはブラックシェルに対する完全な言いがかりでおハーブ〝

〝お嬢様観察眼まで半端ないですわ!?〝



 ドレス着用でノーダメダンジョン攻略――そんな馬鹿げた理想を実現するためにアホほど鍛え抜いた見切りの力。その片鱗をさらっと披露しつつ、カリンはさらに続ける。


「ふーむ。そうなると穂乃花様のポテンシャルを最大限発揮するには、脚力強化系の魔法装備がよさそうですわね。あ、じゃあアソコなんてちょうどいいですわ!」


「え……ふええええええええぇ!?」


 カリンは穂乃花を抱え、凄まじい速度で岩の通路を駆けた。

 まるでダンジョンの地形が完全に視えているかのように真っ直ぐ辿り着いた先は、ボス部屋かと見紛う広い空間。

 

 無数のモンスターで埋め尽くされたダンジョン内の立ち入り禁止区域――いわゆるモンスターハウスだった。


 薄闇に蠢くのは、下層の凶悪モンスターが一種、弾丸グラスホッパーの大群。

 モンスターハウスのなかでも特定のモンスターだけで構成される〝巣〟と呼ばれる空間だ


「「「「ギチギチギチギチ!」」」」


「ひゃ、ひゃああああああああああ!?」


 鋭い牙を鳴らして威嚇する弾丸グラスホッパーの群に穂乃花が悲鳴をあげる。


 当然だろう。


 弾丸グラスホッパーは強力な下層モンスターのなかでも速度に特化した種族。


 瞬発力だけでいえばミノタウロスをも上回る強力なモンスターだ。

 それが無数にひしめいているとなれば下層探索者ですら真っ先に逃げ出す状況である。

 

 だがそんななかで、


「それでは、穂乃花様の〈神匠〉レベルアップ&専用魔法装備開発修行、開始ですわ!」


「「「「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」」」」

「ひゃあああああああああああ!?」


 大広間にバッタと穂乃花の悲鳴が木霊した。


 文字通り弾丸がごとき速度で突っ込んできたバッタの群れを、カリンが一匹残らず叩き落としまくっているのだ。

 

 そして時折ドロップする〈グラスホッパーの剛脚〉や〈グラスホッパーの甲殻〉を穂乃花のほうへ投げ込み、


「さあ穂乃花様! 素材は向こうからいくらでもやってきますから失敗など気にせず〈神匠〉を使いまくってくださいまし! 大丈夫、穂乃花様には指一本触れさせませんので!」


「ふえええええええええええ!?」


 カリンは昔使っていた加工道具をドレス(アイテムボックス)から取り出して手渡しつつ、へたり込んだ穂乃花に〝自主練〟を促した。



〝いや無茶苦茶すぎませんこと!?〝

〝「穂乃花様には指一本触れさせませんので!」←頼もしすぎますわ……〝

〝※この魔境に引きずり込んだ張本人の発言です〝

〝殴った後に優しくするDVの基本かな?〝

〝バイオレンスお嬢様!〝

〝レベル30を下層で鍛えるって時点で無茶苦茶なのに初手モンスターハウスはさすがに頭おかしすぎるのではなくて!?〝

〝ブラックシェルすらぶっちぎる無茶苦茶っぷりでおハーブ〝



『穂乃花頑張って! カリンお嬢様が一緒なら絶対に大丈夫だから!』



〝友人ちゃん呑気で草〝

〝その信頼は一体どこからくるのか〝

〝そりゃ渋谷での一件からに決まってますわ〝

〝ま、まあカリンお嬢様なら確実に穂乃花様を守り切るという安心感はありますが……〝

〝にしたってレベル30の子に無茶振りがすぎるだろぉ!?〝

〝当方加工スキル持ち、こんな状況で加工に集中なんてできるわけがありませんわ!?〝

〝下層モンスターとお嬢様が暴れ回ってるすぐ横で加工とか魔法装備作製はもちろん小学生レベルの工作も無理でしてよ!?〝

〝〈神匠〉発動すらほぼしたことがないだろう苦学生には荷が重すぎませんこと!?〝



 コメント欄が当然の懸念で埋まる。


「ひ、ひええええぇ……!?」


 そして視聴者たちの心配通り、穂乃花はその場でほとんど腰を抜かしていた。


 自分より遥か格上の怪物たちが目と鼻の先で暴れまくっているのだから当然だ。だが、


(あ、あれ……?)


 そこでふと、穂乃花は気づく。


(さ、最初はびっくりしたけど……なんだか思ったより、怖くない……?)


 カリンが圧倒的すぎる実力で守ってくれているから……だけが理由ではない。


 それは穂乃花も無自覚な恐怖への耐性だ。


 下層を行き来できるベテラン探索者たちから日々浴びせられた高圧的な言葉や態度。さらには下層で1人見捨てられ強化種に殺されかけた絶望。


 そんなものに比べれば、カリンが危なげなく弾丸グラスホッパーを叩き落とす光景などに恐怖を感じる要素はひとつもなくて。


(こ、これならいけるかも……?)


 震えてすらいない手に加工道具を握り、穂乃花は既に山となっている素材を手に取った。


〈神匠〉をまともに発動したことすらない穂乃花ではカリンのようにいきなり成果物が出来上がることはない。いくら〈神匠〉を発現するほど物作りに適正があるとはいえ、いきなり魔法装備作製は無理がある。


 なので穂乃花はカリンの言葉通り失敗前提で〈神匠〉を発動。

 試行錯誤を繰り返すべく素材を加工し始めた。


 が、


(……!? な、なにこれ……!?)


 穂乃花は目を見開く。


(なんか、凄く加工しやすい……!? いままで〈神匠〉を発動する機会なんてなかったから知らなかったけど、加工ユニークってこういうものなの!?)


 穂乃花の手元では、、はじめてとは思えない精度で加工が進んでいた。


 最初の数度はさすがに失敗して素材を無駄にする。

 だが挑戦するたびに加工の精度は目に見えて上がり、〈神匠〉のレベルまで上がっているようで……。


「……!? で、できた……!?」


 修行開始から1時間と経たず、穂乃花の手元にはブーツ型の立派な魔法装備が完成していた。



〝は?〝

〝ちょっ〝

〝待て待て待て待て!?〝

〝この状況でがっつり加工に集中してたうえに1時間で魔法装備完成ってどういうこと!?〝

〝待って!? 〈神匠〉まともに使うの今日がはじめてだよね!?〝

〝〈神匠〉ってそうなの!?〝

〝〈神匠〉の性能はもとよりあの状況でめっちゃ集中してた穂乃花様がそもそもおかしくありませんこと!?〝

〝なんだこれはたまげたなぁ〝

〝お、おいこれ下手したら「お嬢様」が増えるんじゃあ……〝

〝お 嬢 様 増 殖 バ グ〝

〝サービス(世界)終了レベルのバグなんですがそれは……〝



 穂乃花が完成させたブーツはまだまだ不格好で性能も低い。

 しかしそれでもこの無茶苦茶な環境で即座に完成品を作り上げてみせた穂乃花にコメントがどよめく。そして、


「やはり見込んだ通り。穂乃花様はご自身で思っているほど弱い方ではございませんわ!」


 カリンは見事無茶振りに応えてみせた穂乃花に微笑み、「それではさらに製作を繰り返してブーツの完成度を上げていきますわよ!」とこれまで以上の勢いでグラスホッパーから素材を刈りまくった。




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