第42話 下層の異物
〝お嬢様クソはええええええええ!?〝
〝浮遊カメラさんが普通に置き去りにされそうになってて草〝
〝持ち主の魔力に引っ張られるかたちで一定範囲外には出ない仕様のはずなのにww〝
〝その仕様って恐らく「普通の」探索者想定でしょうし……〝
悲鳴が聞こえた方角を目指し、カリンは凄まじい速度でダンジョン通路を駆けていた。
角を2回ほど曲がったところで、その光景が目に飛び込んでくる。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「あ……あ……」
ダンジョン下層の通路にへたり込んだ黒い装備の少女。
そしてその少女に血走った目を向ける巨大なモンスターだ。
ジャイアントレックス。
硬い鱗と凶悪な爪が特徴的な、身の丈3メートルはあろうかという恐竜型モンスター。
ミノタウロスと双璧をなす下層最強級の怪物。
さらにそのジャイアントレックスが纏う魔力は通常のものとは一線を画していた。
ほかのモンスターを食らってボス以上に力を増した強化種。
イレギュラーのなかでは比較的ありふれた、ゆえに最も探索者の命を奪うことが多いとされるダンジョンの悪意だ。
「い、いや……いやああああああああああっ!」
下層ボス級の魔力を帯びた牙がギラリと光り、死を悟った少女が金切り声をあげた――直後。
ドゴシャアアアアアアアア!
「っぶねぇ! ……ですわ! 間一髪ですの!」
強化ジャイアントレックスの上半身が消し飛んだ。
巡航ミサイルもかくやという速度で、カリンが無反動砲跳び蹴りをかましたのだ。
「ふぅ。危うくお陀仏様になるところでしたわね。お怪我はございませんの?」
「………………………へ?」
手を差し伸べるカリンに、長い黒髪の少女がぽかんと目を丸くする。
「え、あ、ド、ドレス……? 幻覚……? え……カ、カリンお嬢様……!? 本物!?」
〝幻覚疑われてて草〝
〝そら(ボスより強そうな強化種の上半身がいきなり消失してフリフリドレスのお嬢様が下層に現れたら)そうよ〝
〝てかマジでギリギリだったないまの!〝
〝お嬢様の中からチンピラが飛び出しかけてたくらいですものね!〝
〝↑チンピラはみ出してるのはいつものこと定期〝
〝コメントする間もなく蹴り殺しててほんま草〝
〝カリンお嬢様でなかったら絶対間に合ってませんでしたわ!〝
〝お嬢様SUGEEEEEEEEEEEE!〝
〝お嬢様がまた人を救ってらっしゃいますわ!〝
〝お優雅ですの!(ネタでもなんでもなく)〝
〝このあいだ投げ銭しすぎたから我慢しますが追加でお布施してぇですわぁ… …!〝
コメント欄が沸き立つなか、黒装の少女はしばし夢でも見ているかのように呆然自失。
やがて自分が助かったのだとわかると目に涙を溜めて、
「……あ、ひぐっ、うぇ……た、助けてくれてありがとうございますうううううっ! も、もう絶対に死んじゃうと思って……うわああああああん!」
「あ、あらあら、下層の探索者様にしては随分と泣き虫でいらっしゃいますわね? 身長もわたくしより高いですのに」
〝あら^~〝
〝いいですわぞ^~〝
〝いけませんわ! 親友ちゃんが嫉妬しちゃいますわよ!〝
〝浮気現場切り抜きですわ!〝
〝百合豚と切り抜きハイエナが大興奮ですわね!〝
〝動物園のエサやりタイムかな?〝
わんわんと泣き出してすがりついてきた少女をカリンが受け止め、コメント欄がさっきとは違う方向で沸き立つ。
だが、次の瞬間だった。
「……ん?」
少女に泣きつかれたカリンが怪訝そうな表情を浮かべ、次にぎょっとしたように目を見開く。
「この気配……あなた、もしかしてレベル30程度しかないのではなくて!?」
〝は?〝
〝レベル30?〝
〝またカリンお嬢様が変なこと言ってる……〝
〝さすがにあり得ないですわwww〝
〝草。レベル30とか上層の深いとこうろつくのもちょっと危ない駆け出しですわよww
〝どんな実力派パーティでも下層なんかに連れてくるわけないレベルやぞ!〝
〝てかカリンお嬢様なんか触っただけでレベル読んでて草〝
〝ま、まあカリンお嬢様ならそのくらいやっても驚かないですが……いくらなんでも30は信憑性が……〝
〝仮に読めたとしてレベル300の間違いだと思われるが……〝
コメント欄に当然の疑念が並ぶ。が、
「え……な、なんで私のレベル知ってるんですかぁ……!?」
〝え〝
〝ちょ、嘘ですわよね……?〝
〝いやおかしいだろ!? なんでレベル30が下層なんかにいるんだよ!?〝
〝落とし穴とかのイレギュラーでも絶対に下層なんか迷い込まないレベルでおハーブ枯れる〝
〝まさかさっき逃げてった連中……〝
〝これもしかしてかなりヤバイ場面に遭遇したのではなくて……?〝
妖怪かなにかを見るような目でカリンの指摘を肯定する少女にコメント欄が戦慄に染まる。
「いましがた逃げていった方々といい、一体なにがどういうことなんですの……?」
少女の腕に光る黒い貝殻の紋様。ブラックシェルのエンブレム。
口汚い言葉を吐きながら逃げていった先ほどの探索者たちと同じ所属を示す腕章に目をやりながら、カリンはいまだに腰が抜けている少女の背をさすってゆっくりと話を聞くのだった。
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