第41話 抗争の引き金の引き金


「皆様ごきげんようですわ~。久々のお優雅ダンジョン配信ですの~」


 3億の女になった翌々日。放課後。


 丸2日かけて(真冬のカウンセリングの甲斐もあり)3億の衝撃から立ち直ったカリンは、ダンジョン崩壊騒ぎ以降、初のダンジョン配信を行っていた。


 だがその前に、とカリンはまだ少し声を震わせながら言う。


「ええと。一昨日皆様からいただいたスパチャですが……ご存じの方も多いでしょうが3億とかいうとんでもない額になってましたわ」



〝おハーブ〝

〝年間スパチャ額世界トップクラスの金額を1時間で稼いでたの完全にバグでしたわね!〝

〝元々スパチャランキングは日本勢が強いとはいえどう考えても異常でしたわww〝

〝けど国民栄誉賞どころじゃない英雄にあの金額は安すぎるくらいでしてよ!〝



「あ、ありがとうございますですの。けどその、正直に言うと深層のボスドラゴンより3億円のほうがよっぽど怖いというのもあって……とりあえず皆様の気持ちとして3割ほどいただいて、残りは渋谷復興基金とダンジョン崩壊対策積立基金のほうに突っ込むことにしましたわ!」



〝ドラゴンより怖いは草〝

〝そら知らんやつらから1時間で3億振り込まれたら怖いわwww〝

〝まあ確かにちょっとやりすぎたしな〝

〝すみませんですわ! あのときは舞い上がってて!〝

〝それでもきっちり良い使い方してくれるカリンお嬢様だからこそ突っ込んだんですのよ!〝

〝渋谷、なんやかんや戦いの余波でそこそこ被害受けてるしな。犠牲者は0だけど怪我人も多いし。復興費用だけじゃなく積み立て基金にも回してるのは隙がない〝

〝めっちゃ妥当な使い道ですわ!〝

〝これだからお嬢様のファンはやめられねえですの!〝

〝どうしてこの良識が常識に結びつかないのか……〝

〝ちなみに寄付は節税にもなるからそういう意味でも良い使い方ですわね!〝

〝これは親友ちゃんの入れ知恵に間違いないですわねぇ〝



 投げ込まれた3億の使い道について説明すれば、コメント欄は納得の声で埋まる。

 わざわざ投げてくれた大金の使い方を視聴者が許容してくれるかどうか、額が額だけに少し不安だったカリンはほっと胸を撫で下ろし、


「ちなみに基金の振り込み先もまふ――親友に相談して決めたので信用できるとこですわ。ということで、本日の配信に移っていきますの!」


 と、言うべきことを言ったカリンはダンジョン配信に気持ちを切り替えた。



「トゥイッターでも少し告知してましたが、今日はまたちょっと特別な配信になりますの。というのも実は――もちもちたまご先生が描いてくださったわたくしとセツナ様のイラスト原画がいよいよ来週自宅に届くことになりましたの!」


『ダンジョンアライブ』の原作者もちもちたまご先生描き下ろしの世界に一枚しかない神イラスト。新規視聴者も多いということでその来歴を説明しつつ、カリンは今回の配信の目的を語る。


「――というわけで、今日はこの家宝を飾る額縁を作っていこうと思いますの! もちろんタダの額縁ではありませんわ! 下層の素材と〈神匠〉を使って核ミサイルでも破壊できない額縁を作りますの!」



〝草〝

〝おハーブ農園〝

〝気持ちはわかるが全力投球すぎるww〝

〝核ミサイルは比喩だろうけどカリンお嬢様ならできそうなのが怖すぎますわ!〝

〝話には聞いてたけどマジでダンジョン内加工するのかこの人……〝

〝あのトンデモ魔法兵装を生み出したらしい〈神匠〉で額縁作るってマジですかですわ!〝

〝新規お嬢様たちが困惑しておられますわ!〝

〝なんなら古参お嬢様も毎回困惑してるから問題ないですわね!〝

〝てかわたくしたちも〈神匠〉での加工を見るのははじめてでしてよ!〝

〝ワクワクですわ!〝



 そんなこんなで、早速下層まで降りたカリンのダンジョン内加工配信がはじまった。





「「「ギャオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」」」


 下層にモンスターの悲鳴が響き渡る。

 言わずもがな、額縁の材料として狙われたモンスターたちの断末魔だ。



〝え!? あの渋谷での武器使うかと思ったら素手で無双してるんですけどこの人!?〝

〝前情報で知ってたけど本当に下層ドレスでノーダメなんですか!?〝

〝あんだけのことやった人だから納得だけど実際に見ると脳が理解を拒む……〝

〝そうか渋谷の一件から入った人は普段の配信風景知らん人もおるか〝

〝皆様これがカリンお嬢様の「お優雅」配信ですわよ……〝

〝モンスターを素手で撲殺する動画が優雅とは一体……〝

〝「優雅」ではなく「お優雅」ですので……〝

〝新規勢の方々もゆっくりお嬢様の「お優雅」に慣れていきましょうですわ!〝



 カリンの素材集め風景にコメントが盛り上がる。

 新規視聴者も多いようで、その同接は既に50万というとんでもない数字になっていた。


(お、一昨日の雑談配信もあとで見返してとんでもない同接になってたのは把握してましたが、リアルで目の当たりにするとちょっと信じられませんわ……)


 素材を集めながらカリンはあまりの視聴者数に声をあげそうになる。

 ただでさえ登録者数500万という数字を叩き出しているうえに、カリンは世間の注目度に反してほぼメディアに露出していない。


 そのため渋谷を救った英雄はどんな人間なのかと、普段配信など見ないような層まで集まっており、配信開始から大した時間も経っていないのに同接がとんでもないことになっていた。


(け、けどまあ3億に比べれば数字的にはマシですわ! ……とはいえこの同接数、なにかやらかしたらこれまで以上の速度で広まりますわね。気をつけませんと……)


 と、さすがに学習してきたカリンは自分に言い聞かせる。

 そして大量の下層素材が集まった時点で「念のために」と中層へ移動。


 周囲のモンスターを骨片で遠距離爆殺しつつそのスキルを発動させた。


〈神匠〉


 下層以降の素材しか加工できないうえに、作成物は制作者本人しか使えないという有名な外れユニークスキルだ。


 だがその外れスキルを凄まじい戦闘力のカリンが使えば――たちまちぶっ飛んだ性能のマジックアイテムを生み出しまくる凶悪スキルと化す。


 

「ですわ! ですわ!」


 トンテンカン!


「ですわ! ですわ!」


 トンテンカン!


 いつかのように、妙な掛け声とともに魔力を凝縮。

 手にしたトンカチ状の器具で下層素材を加工すれば――ぼわんっ。


 そこに立派な額縁が誕生していた。


〝ファー――――wwww〝

〝相変わらず額縁を作る工程じゃねえですわwww〝

〝は? なんですかこれ? フェイク動画?〝

〝どういうことですの!?〝

〝新規お嬢様の悲鳴が心地良いですわ……!〝

〝カリンお嬢様のトンデモ配信を初視聴するお嬢様からしか摂れない栄養ぱくぱくですわ!〝

〝てかいますげぇ魔力が凝縮してませんでしたこと……?〝

〝わたくし大した感知スキルもないのに画面越しでもなんかヤベェ感じがしたんですけどぉ!?〝

〝空間が歪んでませんでした!?〝

〝ぱっと見は普通の加工スキルと同じだけど込められた魔力が尋常じゃねえってこと……!?〝

〝魔力で空間が歪むとか深層モンスターじゃあるまいし……〝

〝その深層モンスターの親玉をノーダメ秒殺したお嬢様ですしお寿司……〝

〝なんなら深層ボスより空間歪めてておハーブ枯れる〝

〝なんかあのガトリング砲やパイルバンカーを生み出したというのも納得の光景でしたわ……〝

〝てゆーか加工スキルで出しちゃいけない魔力出力じゃありませんこと!?〝



「さて、それでは色々と試していきますわよ」


 大量に流れていくコメントをよそに、カリンは懐から一枚の画用紙を取り出した。

 作り上げた額縁にそれを入れる。


「……よしよし。いちおうわたくしが出し入れするぶんには使えそうですわね」


 生成物は自分以外には使えないという〈神匠〉のお排泄物仕様的に額縁は大丈夫らしいということを確認。


「じゃあ次は額縁の強度実験ですわ!」

 

 言って、カリンは凄まじい速度で下層へ逆戻り。

 額縁を全力で振りかぶり――バッカアアアアアアアアアン!


「ブモオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 下層最強の打撃耐性を持つミノタウロスを額縁で殴りつけた。

 カリンに襲いかかってきた雄牛は自慢の角ごと頭をたたき割られて絶命する。

 

 反面、鈍器として使われた額縁には傷ひとつなかった。


「よし、とりあえずミノタウロスの角はクリアですわ!」



〝ファーーーーーーーーーーーーー!?wwwwwwwwwwww〝

〝うっそだろこいつ!?〝

〝あのお優雅トリング砲とパイルバンカーのあとだから驚いたりしないと思ってたわたくしは想像力が足りませんでしたわ……ダンジョンアライブ見返してきますの〝

〝打撃耐性マックスなミノタウロスの身体のなかでも最硬部位ですわよ角って!?〝

〝壁にミノタウロス叩きつけて殺すお嬢様が額縁持ったらこうなるのは必然……〝

〝額縁ってなんだっけ……〝

〝鬼に金棒 カリンお嬢様に額縁〝

〝お優雅すぎるだろ!?〝

〝そこらの探索者武器や防具より硬いやろこのふざけた額縁wwwww〝

〝核ミサイルはともかく対物ライフルくらいなら確実に防ぐ強度で草〝

〝本気すぎるwww〝



 コメント欄が沸き立つなか、カリンの強度実験は止まらない。


「ちょっと火ぃお借りしますわよ」

「グエエエエエエエっ!?」


 下層のファイヤーコングの首を締め上げ、吐き出された炎で耐熱実験。


「その鎌良いですわね!」

「ギュイイイイイイイイッ!?」


 斬りかかってきたブラッティマンティスの鎌を叩き折って斬撃耐性実験。

 あらゆる攻撃を額縁に浴びせその強度を推し量る。

 

 

〝お嬢様大暴れすぎるwwww〝

〝カリン様「私に殺されるのは大災に遭ったものだと思え」〝

〝てかなんだよあの額縁! マジで全然壊れねえんだが!?〝

〝あの……もしかして〈神匠〉って外れユニークどころかヤバいスキルなんじゃ……〝

〝👺<判断が遅い〝

〝カリンお嬢様が異常すぎるのは前提だけど、それにしたって上限と拡張性がヤバそうってのは一気に定説化しはじめてるしな……〝

〝いま判明してるだけでも擬態ドレス、モンスター殲滅ガトリング、風龍殺しのパイルバンカー、アイテムボックス、不壊属性額縁だからな……〝

〝こんなんもう実質複数ユニーク持ちですわよ!?〝

〝どうなってんだホントに……〝



「よーし、完璧ですわ!」


 額縁から画用紙を取り出したカリンは満面の笑みを浮かべる。

 あらゆる攻撃を加えられてなお額縁は傷一つつかず、中の紙も無事。

 これならもちもちたまご先生から送られてくる神原画を保存するに値する額縁ですわね! と想定以上の成果にご満悦だ。


 今日の配信はこれでもう十分だろう。


(本当は最近お世話になりっぱなしの真冬にもなにか作りたいんですけど……ダンジョン素材で作ったものは譲渡できませんし、そっちは帰ってから別途用意ですわね)


 と目的を果たしたカリンが額縁をアイテムボックスにしまい帰還準備をはじめたとき。



「クソふざけやがって!」

「なんだってこんなときに強化種が出んだよ!」

「最悪だ畜生!」

「おい早く逃げろ! あの役立たずが殺られてるうちに逃げねえと次は私らだぞ!」

「あのカスが下層なんて無理って1日ゴネなきゃ鉢合わせすることもなかったっつーのに……自業自得だ!」



「……? なんですの?」


 なにやら顔色を変えて走り去る探索者の集団が通路の向こうに見えた。 

 下層で人を見かけるなど珍しい。

 浮遊カメラもその様子を捉えていたようで、視聴者たちもざわつきだす。



〝なんだあいつら〝

〝トラブルか?〝

〝遠目だから静止画拡大してやっとだけど……あのエンブレムってブラックシェルじゃね?〝

〝ブラックタイガーの傘下クラン筆頭やんけ!〝

〝お排泄物クランの一角ですわー!?〝

〝クランに傘下とかってあるんですの?〝

〝正式にそういう制度があるわけじゃない。けどクランの元メンバーが独立してクランマスターに → 繋がりが強くてことあるごとに連携するから傘下呼ばわり、ってのがブラックタイガー周りには何個もある

〝てか尋常じゃない雰囲気だったけどマジでなんかあったんじゃあ……〝



 とカリンや視聴者たちが突然の事態に面食らっていれば、



「い、いか、いかないでええええええ! 置いてかないでええええええ!」



「――こりゃいけませんわ」


 ドギュン!


 ブラックシェルが逃げてきた方角。

 その悲痛な悲鳴と迫る怪物の気配を捉えた瞬間、カリンはダンジョンを揺るがす勢いで風と化していた。



 ――その邂逅がのちのち、国内最強の腐敗クラン、ブラックタイガーとの静かなる大抗争のきっかけになるとは誰も知らないまま。

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