第40話 3億の女と不穏な動き

 週末の渋谷で起きた大規模ダンジョン崩壊が犠牲者0で鎮圧されてから数日。

 世間ではいまだにカリンの成し遂げた偉業が騒がれており、ネットを中心に〝山田カリン〟は完全なる時の人となっていた。


 軽々と一千万単位で再生される切り抜き動画。乱立するスレッド。復興中の渋谷ダンジョン周辺は聖地扱い。狂ったようにファンアートを投稿しまくるもちもちたまご先生。TVではカリンを中心とした探索者特集を組みまくり、これを機に探索者の宣伝をしたいダンジョン庁が全面協力したことでニュース番組がどこもかしこも偏った内容になっているほどだ。


 ちょっとした探索者ブームが起きているといっても過言ではない。


 しかしその一方、とんでもない偉業を成し遂げ一躍時の人となった張本人はといえば――学校で汚い悲鳴をあげていた。


「真冬うううう! 助けてくださいましいいいいいい!」


 ダウナーな親友、佐々木真冬にすがりついて、


「お優雅とはほど遠いわたくしのはしたない姿がまだネットに残ってますのおおおおおお!」


 カリンが掲げたスマホに写っていたのは、ダンジョン崩壊時の動画。

 カリンがお口から重量級魔法兵装を取り出すはしたない場面だった。


 あれから数日。

 カリンのファンたちが通報しまくって大体の動画は削除されたものの、ネットは広大。手の出しづらい海外サイトなどにはまだ少なからず動画が残っており、なかなかの再生数を記録していたのである。


 また、人の口に戸は立てられないというべきか。


 カリンに気遣ってぼかしているものがほとんどではあるが、あまりにも衝撃的だったカリンの収納スキルについてはネットで話題が続いており、魔法兵装とあわせて議論されまくっていたのである。「山田カリン」と検索すれば「例のアレ」とサジェストが出現するほどだ。


 そんな状況にカリンは絶叫。


「渋谷でのことはみんな早く忘れてくださいまし!」と学校にまで押しかけてきたマスコミから逃げまくり、様々な企業から押し寄せてきたコラボ打診も「ほとぼりが冷めてからですわ!」と保留にしていたほどだ(狂喜乱舞しながら快諾したのはダンジョンアライブ新装版への帯コメント及びカリンとセツナの描き下ろしコラボイラストのおまけ封入についてくらいのもの)。


 企業としてはほとぼりが冷めてからでは意味がないのだが……。


 なんにせよカリンは現在ダンジョン崩壊について言及されることを避けまくっていたのである。


 学校にまでやってきたマスコミはなぜか急にいなくなったのでよかったのだが……すべての元凶である「魔法兵装吐き出し動画」は健在。


 カリンは親友である真冬にいつものごとく泣きついていたのだった。


「わたくしの味方は真冬だけですわあああ! どうにかなりませんのおおおお!?」

「……」


 そんなカリンを、真冬は頬杖をつきながら見つめ、


「あんたってそういうの誰にでも言ってそうだよね」

「そんなことありませんわよ!?」


 なぜだかちょっぴり拗ねたような真冬にカリンは教室の真ん中を指さす。


「ほら見てくださいまし! クラスの連中なんて担任含めてあんなですわよ!?」



「山田ァ! あのヤバイスキルどうやって発現したんだ!?」

「もしかしてアレかな!? 中学の文化祭の打ち上げでいったバイキングで満腹になったあとも『タッパーはダメでもこれなら持ち帰り可能ですわ!』ってハムスターみたいに口のなかに料理詰め込んでた奇行が原因とか!?」

「カリンちゃん、もしかして私のことも飲み込めたりする!?」

「うぅ、まさかあの山田が渋谷を救ったうえに毎日ちゃんとした髪型で学校に来るなんて……奇跡ってあるんだな……」 



「……いや、さすがにアレと比べられても……」

「じゃあなんで拗ねてるんですの!?」

「いや別に拗ねてないけど」

「拗ねてますわ!? わたくしにはわかるんですのよ!?」


 ダウナーな表情の真冬をじーっと見つめるカリン。

 真冬はそんな親友に根負けしたように「変なとこだけ鋭い……」と溜息を吐く。


「ホントに拗ねてないって。ちょっとお気に入りのティーカップが割れて落ち込んでるだけっていうか……少なくともあんたが悪いとかじゃないし。……で、まぁ、動画に関しては前にも言った通り諦めるしかないでしょ。というか今回はあんたのファンが動画削除申請しまくってくれてるし、状況はフィス●ファックのときよりだいぶマシ。なんなら海外の動画もそのうちどうにかなりそうな勢いじゃない?」


「そ、そうなんですの……?」


「そうそう。だからまあ、いまはとりあえず動画配信を継続してイメージを塗りかえていく方向で。基本戦略はそれしかないでしょ。前にも同じこと言ったけど」


「まあそれは確かに……」


 なんだかそうやって動画配信を繰り返すたびになぜかろくでもない称号が増えていっている気もするが……真冬の言う通りそれしか手はないだろう。


 なにやら超絶カッコイイファンアート(渋谷でのアレコレを除く)を量産してカリンのお優雅な印象アップに寄与してくれているもちもちたまご先生の厚意を無駄にしないためにも、配信を続けてイメージ払拭に努めるほかなかった。


「……うん、やっぱり真冬に相談するのが一番ですわね! さすがはわたくしの一番の親友ですの!」

「……また調子の良いこと言って」



 と、そっぽを向く真冬に改めて感謝しつつ、カリンはそのアドバイスを胸に再び配信を頑張ろうと決意するのだった。こういう態度をとるとき、真冬はなんやかんや照れてるだけなのである。




 そして放課後。


「皆様ごきげんよう~。色々バタバタしてて間があいてしまいましたが、久々の配信ですわ~!」


 カリンは早速覚悟を決めて自室での雑談配信をはじめていた。


 体内収納スキルが全世界に配信されたショックやらダンジョン庁&警察からの感謝状授与やらでバタバタしっぱなしだったため、渋谷での騒ぎ以降、初の配信である。


(本当はお優雅なダンジョン攻略配信で早くアレなイメージを払拭したかったんですけど……)


 渋谷での一件はカリンの想像を遙かに超えた騒ぎになっている。

 さすがになにも言及しないままダンジョン配信をはじめるのは無理そうだったため、自室配信で一度触れておくことにしたのだ。


(本当は早く忘れてほしいので言及したくないんですが……触れないほうが長引きそうな気配があるんですのよねぇ。ま、改めてあの収納スキルについて忘れるよう念押ししておく必要もありましたし、数日配信をサボったリハビリと考えればちょうどいいですわ)


 とカリンは挨拶もそこそこに改めて画面に目を向けた。

 途端、



〝キタアアアアアアアアアアアアアアア!〝

〝渋谷の英雄お嬢様あああああああああああああああ!〝


 ¥50000

〝待〟ってたぜぇ! この〝瞬間とき〟をよぉ!?


 ¥50000

 あのとき渋谷にいた者です! 本当に、本当にありがとうございました……!


 ¥50000

 わたくしがいまこの場にいるのはカリンお嬢様のおかげですわあああああ!


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 あのとき死んでた命、カリンお嬢様にすべて捧げますの!


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 こんな躊躇ちゅうちょなく1スパチャ最高額ぶっこめる配信なんてほかにないぜえええええ!


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 あなたがいなければ大切な一人娘を失っているところでした。少ないですがお受け取りください


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 恋人を助けてくれてありがとうございます! 本当は彼氏が女の配信者にハマってるの嫌だったんですけど……私がバカでした。2人で一生推していきます!


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 いま彼女と一緒にお嬢様の配信を見られてるのが信じられないです。助けられた命で彼女を一生大事にします!


 ¥50000

 は~? カップルで視聴とか舐めてんのかぁ? 御祝儀だオラァ!


 ¥50000

 あなたがいなければとんでもない惨劇になるところだった。現場では大した動きもできなかったぶん、せめてものお礼をさせていただきたい。あなたは素晴らしい探索者だ


 ¥50000

 あの日お嬢様が魔法兵器をぶっ放したビルに店を構える者です。命と店を救われたうえに聖地扱いで売り上げが激増して……! 一生貢ぎます!



「………………………………………………は?」


 コメント欄が、比喩抜きで真っ赤に染まっていた。

 いやそれどころではない。

 投げ銭最高額を示す真っ赤なコメント以外がまったく存在しないという異常すぎる事態になっていた。


 配信開始1分と経たず30万まで膨れ上がった異次元の同接にも気づかずカリンが固まるなか、赤スパの嵐はさらに続く。



 ¥50000

 コメントやばすぎるwww 


 ¥50000

 同接30万スタートも赤スパオンリーコメントも見たことない異常現象でおハーブすぎるwww


 ¥10000

 なんですのこれwww わたくし渾身の高額スパチャがゴミのように埋もれていきますわwww


 ¥50000

 あの日渋谷にいた人たちやその親族が大集結でおハーブ


 ¥50000

 集まってんのは渋谷勢だけじゃねえぜ!?


 ¥50000

 あんなアニメでも見ない奇跡見せつけられたら財布のヒモなんてゆるゆるのガバガバですわ!


 ¥50000

 カリンお嬢様がここ数日雲隠れ(?)してたのもあって全員貢ぐ準備万端で草


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 こんだけ気持ち良い5万の使い方そうそうありませんわよー!


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 国民栄誉賞の授与には時間がかかる? だったら俺たちが国民栄誉賞(現金)だ!


 ¥50000

 渋谷を救ったお嬢様が例のアレ拡散で凹んでるならせめてこのくらいの見返りはないとですわ!


 ¥50000

 お嬢様への投げ銭を躊躇ためらってるやついる? いねえよなぁ!!?



「な、な、なんですのこれえええええええええええ!?」


 途切れることのない赤スパの嵐にカリンは配信だということも忘れて絶叫した。

 そんなお嬢様の絶叫さえも面白がってさらに流れる赤スパにカリンは再び叫ぶ。


「ちょっ、まっ、本当になんですのこれ!? 血の池地獄ですの!? 皆様なにかに騙されてませんこと!? 渋谷でのお礼!? い、いえ確かにそのお気持ちはありがたく受け取りますが、いくらなんでも投げすぎではございませんこと!?」



 ¥50000

 お嬢様あなた自分がどれだけの偉業を成したか自覚がありませんの……?


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 これはお嬢様に常識や世間の基準を教え込むまたとない機会

 札束で殴ってわからせますわよ!


 ¥50000

 血の池地獄はおハーブ

 てかぶっちゃけ国はダンジョン崩壊で受けるはずだった経済損失の半分でいいからカリンお嬢様に貢ぐべき


 ¥50000

 ま、そんなの無理ってわかってるから代わりにわたくしたちが払うんですけどね!


 ¥50000

 オラァ! 国はとっととカリンお嬢様に貢いだ金を経費扱いにするお嬢様減税するんですの!



 コメント欄はカリンの叫びにあわせてさらに加速。

「こいつ自分がどんだけ感謝されてるかわかってねぇな……」とばかりに「わからせ赤スパ」をつぎ込みまくっていた。



 ¥50000

 すげぇ

 速攻で「赤スパ」「スパチャ」「おハーブ」がトレンド入りしてておハーブ


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 ほんまやんけ草

 お嬢様の影響力が天元突破してんなww


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 やっべぇ

 これもうスパチャの日本記録どころか世界記録いくやろwwww


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 世界一か。いいですわねそれ

 お嬢様が払拭したいと思っていた例のアレのイメージも押し流せそうで


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 そこまでいったら確実に払拭できるわな


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 よっしゃ!

 このままわたくしたちの財力でカリンお嬢様の不名誉なイメージを押し流しますわよ!


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 拙者あの日カリンお嬢様に命を救われたカリン党侍! 義によって助太刀いたす!


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 ↑この構文で本当に「義」があるサムライはじめて見ましたわ


 ¥50000

 目指せ世界一ですわー!



「……っ!? っ!? っ!?」


 もはや止めれば止めるほど加速するコメント欄にカリンは絶句。

 収納スキルについては忘れるように、との念押しも忘れて配信はほぼ静止画に。


 しかしそれでもなおスパチャは止まらず――、





「……………さ………ん億……?」


 渋谷での出来事についてなんとか最低限の言及を行った配信終了後。

 スパチャ総額を確認したカリンはカピカピに乾いた唇から愕然と呟きを漏らし、


「さ、3億ってなんですのおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 そのとんでもない数字を頭が理解した途端、あまりの衝撃に泡を吹いてぶっ倒れるのだった。




 そしてカリンが自宅で白目になっている間。

 ネットでは当然、カリンの配信について大盛り上がりしており、


「令和の3億円事件」

「時給3億の女」

「スパチャ額年間世界1位を1日で達成」

「血の池地獄」


 などのトレンドワードがトゥイッターを席巻。


 計らずもカリンが気にしていた収納スキルのイメージを完全ではないものの押し流し、チャンネル登録者数も500万を突破。


 渋谷を救った功績が改めて評価されるように、カリンのチャンネルはどんどん成長していくのだった。



      ●


 カリンが視聴者からの札束攻撃にノックアウトされていた頃。


「は!? ブラックタイガーを辞める!?」


 洗練された調度品の並ぶ部屋に、中年男性の怒声が響いていた。


 東京の一等地にある事務所。

 国内でも1、2を争う最強の探索者クラン、ブラックタイガーの本拠地である。

 最強の探索者たちを取り仕切るクランマスター、黒井腹満はらみつは驚愕と怒気が混じった声でさらに続けた。


「どういうことだ影狼!? いままで育ててやったのも、お前の迷惑行為を庇ってやっていたのも私たちだろうが!?」


「んなこたぁわかってるよ」


 影狼砕牙。

 いままさにクランマスターへ脱退の意を伝えた若い男が面倒そうに言葉を返す。


「てか迷惑配信について庇ってたのはブラックタイガーの政治力アピールっつーか周囲への威嚇や力の誇示って面もあんだろ? そもそも庇いやすいようにヤバイ一線は超えてなかったしな俺は。世話になったのは間違いねえけどそっちは恩を着せんなよ」


「なんにせよ唐突すぎる。国内最強のブラックタイガーを抜ける理由はなんだ!?」


「別に大した理由はねーよ。どんな手ぇ使っても成り上がろうとするこのクソクランの方針は俺のしょうにあってたしな」

 

 ならなぜ、と問うクランマスターから顔を逸らしつつ、影狼はぼそりと続ける。


「ここにいちゃにはなれねぇ」


 抜けたところでなれるとは思わねぇけど。マイナス100%からマイナス99%くらいにはなんだろ。という言葉を影狼は口の中で転がす。


「ま、そういうことだからな。いままで世話になった。ああそうそう、心配しなくてもクランを抜ける違約金やらなんやらは何年かかっても払うし、親父の会社がこっそり出してる融資を止めたりはしねえから。安心しとけって」


「そういうことでは……!」


「じゃあな」


 言い残し、影狼はクランマスターの部屋を出て行った。

 ブラックタイガー所属を示すエンブレムや違約金の請求先、辞表届けをきっちり残して。


「どうする黒井。潰すかあのガキ?」


 と、出て行った影狼の気配を追いながら低く呟く声があった。

 国内最強級のブラックタイガー。そのなかでも絶対の最高戦力と名高い男だ。


「……いや。あいつの親の会社はでかい。見せしめを優先して切るには太すぎる。ちっ、最後まで抜け目のないやつだ。ゆえに手駒としては残しておきたかったんだがな」


 クランマスター黒井は忌々しげに顔を歪める。

 そして出て行った影狼よりも、黒井は別の者に敵意を向けていた。

 

「山田カリン……っ」


 その手に握るスマホに写る、フリフリドレスの頭おかしい女。


 影狼を2度も瞬殺してブラックタイガーの面子を潰したばかりか、恐らくは影狼脱退の原因にもなった配信者だ。


 その怪物めいた活躍は数多の強力な探索者を見てきた黒井をして「異常」かつ「異質」。いくら損害を与えられたからといって早々に潰しにかかるのは割に合わないだろう。


 だがそれでも、


「……いまのうちに潰す手くらいは考えておいたほうがよさそうだな」


 ブラックタイガー拡大の功労者である黒井はなにかを予感するように、山田カリンの画像を睨み付けるのだった。


 バケモノを潰す手段はなにも直接対決だけではないと計略を巡らせるように。




―――――――――――――――――――――――――――

というわけで前回告知していたように、ここからは週2更新を目処にやっていこうと思います。更新は水曜日と日曜日の朝。次回は7月9日更新予定です。見逃さないようにフォローして通知を受け取れるようにしておくといいかもですね!


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