第15話 下層での失敗
〝すげぇ、マジでドレスのまま下層にカチ込んでる……〝
〝本当に大丈夫なんかなこれ〝
〝まあこれまでの無茶苦茶っぷりからして心配ないとは思うけど……〝
〝とはいえ同接10万とかプレッシャーやばそうだし万が一のミスもありそうでな……〝
〝下層以降はマジもんの魔境ですものね……探索慣れしたベテランでも一瞬の油断で、なんて話がいくらでもある場所ですわ……〝
〝下層配信はいつ見ても落ち着かないですわね……〝
カリンの下層突入に伴い、コメント欄の雰囲気は様変わりしていた。
同接10万突破の賑わいは鳴りを潜め、カリンを心配するコメントが多くを占めている。それほどまでにダンジョン下層というのは危険極まりない領域だった。
下層は上層中層と一線を画す『別世界』。
それというのも、下層ではモンスターたちの内包する魔力が跳ね上がるのだ。
それによって破格の戦闘力を発揮するばかりか、近代兵器をはじめとした通常物理攻撃の通りが極端に悪くなる。
頑丈というより、文字通り
言ってしまえば幽霊にお札やお経は効いても近代兵器が通用しないようなもの。
そのデタラメっぷりはダンジョン発生初期に各国の軍隊精鋭が軒並み下層で敗走したほどだ。
探索者たちが銃を使わず魔力の込めやすい剣や弓、あるいは素手で戦う最大の理由であり、武器や防具の材料に魔力との相性が良いダンジョン産出品が好まれる理由でもあった。
加えて下層には複数のボス部屋が存在しており、その力はタイタンナイトボーンと比べて数段上。まさに魔境と呼ばれるにふさわしい領域であり、専業探索者でも上位数%しかまともに活動できないと言われている危険地帯なのである。
そしてそんな『別世界』において――カリンは自らの準備不足を全力で悔いていた。
「……っ! わ、わたくし一生の不覚ですわ……!」
その致命的なミスにカリンは頭を抱える。
「お紅茶が……お紅茶が切れてしまいましたの……!」
そう。紅茶がなくなってしまったのだ。
配信にあたって十分な量を水筒につめてきたつもりだったのだが、なんやかんや想定を遥かに超える視聴者数に緊張していたのだろう。無自覚に紅茶を口にする回数が増えてしまっていたようで、下層突入と同時に飲み干してしまったのだ。
「も、申し訳ございませんですわ! 完全な準備不足ですの!」
浮遊カメラに向かってカリンは慌てて頭を下げる。
〝いやこの子マジで下層でも紅茶縛りやろうとしてたんですの!?〝
〝わたくしたちはいったいなにを謝罪されてるんですの!?〝
〝いくらなんでも余裕すぎて草〝
〝あれ? この子もしかして本気で頭がおかしい……?〝
〝👺<判断が遅い〝
〝いやさすがに下層でお紅茶縛りは無理だから紅茶が切れたって体でやめたんでしょ。…そうだよね?〝
〝このお嬢様がそんな腹芸できるかというと……〝
〝ほらよ、お嬢様が探索開始時にお紅茶飲みだしたときの演技切り抜きですわ → URL〝
〝大根すぎる……〝
〝山田カリン、恐ろしい子……!(これが演技ではないという意味で)〝
〝なんにせよ下層でまであんなバカな真似続けないみたいでほっとしてるよ…〝
〝このお嬢様なら大丈夫な気はするけど、それはそれとしてハラハラして見れたもんじゃなくなりそうだしな……〝
〝てゆーか下層で頭下げないで! ちゃんと周り注意してくださいまし!〝
「くっ、やはりもっとたくさんお紅茶を用意しておくべきでしたわ……いやでも最近はお紅茶も高いですしどうしようもありませんでしたわね……」
さすがに下層での紅茶装備は進行速度が落ちる懸念があるし、ドレスによる全回避攻略でも十分にお優雅な配信にはできる。
さいわい視聴者からも特に不満はないようだし、ここは動画のテンポを優先したと思って割り切るしかなさそうだった。
(真冬にも気負いすぎるなとは言われてますし、最初から全開にしてのちのちの配信ネタがなくなってもいけませんものね。それにしても……)
どうにか自分を納得させたカリンはスマホの画面に目を向けた。
(……し、視聴者数の増加が止まりませんわ)
見れば先ほど10万を突破したばかりの同接数は10万1000、10万1500とさらに伸び続けていた。先ほどコメント欄で報告のあったバズに加え、カリンが実際にドレスで下層へ足を踏み込んだことがさらに人を呼んでいるらしい。
(改めて現実味がありませんわ……2日前までとやってることは大して変わりませんのに)
とカリンがたった2日前まで同じ下層で同接0に絶望していたことを思い出していたとき。
「あ、なにか来ますわね」
通路の奥から気配を感じ、カリンは思考を中断。
視聴者へ会敵を知らせる。
そしてカリンがもう必要なくなったティーカップを懐にしまうと同時――下層に入って初のモンスターが姿を見せた。
それは牛の頭を持つ筋骨隆々の怪物。
「ブルオオオオオオオオッ!」
〝うわマジか!?〝
〝いきなり下層最強が来んのかよ!?〝
〝カリンお嬢様引きが強すぎませんこと!?〝
ミノタウロス。
ボスをのぞいて下層最強とも評される凶悪なモンスターが、蒸気機関のような鼻息とともに雄叫びを轟かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます