第12話 お紅茶装備お嬢様VS中層ボス


 ボス部屋とは、ダンジョン内に存在する最大危険区域の通称だ。


 ダンジョンは通常、上層、中層、下層――ものによってはさらに深層や深淵――などに分かれ、さらにそれぞれが上層第1層、第2層といった細かい階層に分かれている。


 階層同士は階段のような縦穴で繋がっており、その連結部は特にモンスターも出現せず難なく通れるようになっていた。

 

 しかしそれは上層から中層までの話。


 中層最深部以降はすべての階層間にボス部屋と呼ばれる広い空間があり、門番のように君臨する巨大モンスターを倒さねば先に進めないようになっているのだ。


 そして探索者がはじめてその脅威に直面する場所こそが、ここ中層と下層を繋ぐ大広間。いまカリンの立っている空間だった。


 そこに単身踏み込んだカリンを見下ろすのは、身の丈10mを超える骸骨騎士、タイタンナイトボーン。


 様々なダンジョンの中層ボスとして出現するもっともポピュラーな階層ボスであり、ベテラン探索者を名乗れるかどうかの登竜門として有名なモンスターだった。


 ネットでは「足切り骸骨」とも呼ばれる、下層へ行くために必ず倒さなければならない存在である。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」



 ドゴゴゴゴゴゴゴゴンッ!


 カリンの存在を認めた巨大骸骨騎士が雄叫びを上げ、その手に持った大剣を威嚇するように振り回す。骸骨騎士の巨体と同じくらいの大きさを持つ大剣が地面や背後の壁に叩きつけられれば、それだけで凄まじい衝撃がボス部屋に轟いた。



〝相変わらずボスモンスターは画面越しでも迫力が段違いですわ……〝

〝そしてあんな剣戟食らってヒビすら入らないダンジョン壁さん丈夫すぎる〝

〝つーかカリンお嬢様、ボスを前にしても紅茶を手放す気配がないんですがそれは……〝

〝さすがにボスモンスを前にティータイムはヤバくないですこと!?〝

〝まあでもこのお嬢様なら……〝

〝カリン様への信頼が既に半端じゃない〝

〝いけえええええええ! もうそのまま紅茶片手にボスもぶっ倒しちまえですわあああ!〝



「それでは、下層目指して中層ボスをサクサク倒していきますわ!」

「オオオオオオオオオオオオッ!」


 拳を握ったカリンに呼応するように、タイタンナイトボーンが行動を開始した。

 

 たった数歩でカリンとの距離を詰め、大型モンスターにふさわしい怪力で大質量の大剣を振り下ろす。生半可な防御ごと叩き潰す必殺の一撃だ。


 しかしカリンはその場から一歩も動かない。


〝え、ちょっとお嬢様止まってない?〝

〝回避は!?〝

〝なにしてんの!?〝


 コメントが困惑と心配で染まる。だが、


「どっせい! ですわ!」


 ドガゴオオオオオオン!


 カリンが気合いの声をあげた瞬間。

 大剣がカリンを叩き潰す寸前に突如その軌道を変え、的外れな場所に叩きつけられた。


 それでも凄まじい衝撃が発生しボス部屋を揺らすが――その隣に佇むカリンは無傷。


 汚れてさえいないドレスを揺らして紅茶を口にし、悠然とタイタンナイトボーンを見上げていた。


 なにをしたかといえば……カリンがその拳を大剣の側面に叩き込み、剣戟の軌道を強引にズらしたのだ。


〝え!? なに!? 今度はなにしたの!?〝

〝カリン様がトマトみたいにぐしゃっとなるかと思ってビビったんだが!?〝

〝足切り骸骨の剣戟がヒット直前に逸れた!?〝

〝え……もしかしていま大剣の側面を殴って攻撃逸らしたの……?〝

〝見えてる視聴者おって草〝

〝実力者ニキ引き続き解説してくれ……俺はもう動体視力も頭も追いつかねえ〝

〝あの……足切り骸骨の大剣攻撃は防御に秀でたタンク系探索者と回復役が複数で受け止めて隙を作るのがセオリーって教本で読んだんですが……〝

〝この激ヤバお嬢様が教本なんて読んでるわけねえんだよなぁ〝

〝なんでや! ちゃんと読んだうえで無視しとるだけかもしれんやろ!〝

〝そっちのほうがタチ悪いんですのよ……〝

〝ほ、他にもソロ攻略してる配信者はいるしそんな驚くことないやろ……〝

〝残念ながらあの大質量剣戟を(紅茶片手で)あんないなしかたするバカはほかにいないんですの……〝



 コメント欄の流れが一気に早くなる。


「ふんっ!」


 ドガゴオオオオオオオオオン!


 そしてそんななか、カリンは叩き込まれるタイタンナイトボーンの剣戟を繰り返しいなし続けていた。的確に大剣の側面を殴り、紅茶をこぼさず剣戟を逸らしまくる。



〝いやほんま草〝

〝けどなんかおかしくね? さっきから剣を逸らしてばっかりだし……〝

〝なんで剣戟凌いだ隙を突いて本体攻撃しないんだ?〝

〝さすがにあの大質量攻撃を逸らすと技後硬直しちゃうとか?〝

〝素直に剣戟を大きく回避して突っ込んだほうがよくない?〝

〝お嬢様がもたついてるの珍しいな〝

〝お吐瀉物様瞬殺の実力があってもさすがに紅茶&ドレスでボスは厳しいのでしょうか〝



 繰り返される大剣逸らしにコメント欄が少々困惑しはじめる。

 しかしそんなコメントをよそに、カリンの振るう拳と大剣の激しい激突音が何度か響いたとき――ビシィ! いままでと違う音が大剣から響き、


「そいや! ですわ!」


 一際強い拳が大剣の側面に激突した瞬間――バギャアアアアアアアアア!


「オオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 タイタンナイトボーンが悲鳴をあげ――繰り返し拳撃を食らっていた大剣が粉々に砕け散った。



〝!?!?!?!?!!? 剣がぶっ壊れたんですけど!?!?!?〝

〝うっそだろ!? 破壊できんのかよそれ!?〝

〝上位陣が戦闘中にその剣ぶっ壊したって話は聞いたことあるけどあくまで武器や魔法ありきやぞ!?〝

〝どこまでいくんだよこのお嬢様はwwww〝

〝さっきカリンお嬢様の戦法疑ってたやつは謝罪な。まことに申し訳ございませんでした〝

〝これもうナイトボーンさん武器ないからなぶり殺しやんけwwww〝

〝いや武器なしでもあの巨体は脅威ですわ。鎧の防御もめっちゃ硬いですし〝

〝つってもあの大剣がなきゃ危険度はだいぶ下がるけどな〝

〝ん? なんだ?〝

〝なんかナイトボーンさんの様子がおかしくね?〝

〝武器失って発狂したんかwww〝

〝いやそんな感じじゃ……え、マジでなんだ?〝



 武器破壊というカリンの意図に気づいて手の平を返していたコメント欄が不意にざわつきはじめた。


 武器を失ったタイタンナイトボーンの様子がなにやらおかしいのだ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 そして骸骨騎士が凶悪な雄叫びをあげた次の瞬間――その身に纏っていた鎧がどろりと融解、両の拳に凝縮された。一際硬度と魔力密度を増した拳が地面に叩きつけられ、先ほどの大剣とは比にならない衝撃が轟く。


 骸骨騎士が見せたその形態変化で大混乱に陥るのはコメント欄だ。



〝ええええええええええええええええええええ!?〝

〝は? は? は?〝

〝ちょっ、待って! 本気で待って!?〝

〝なにあれ!?〝

〝はぁ!? 特殊行動やんけ!?〝

〝足切り骸骨って特殊行動とるの!?〝

〝皆さんなにをそんなに驚いてるんですか?〝

〝ボスモンスターには特定条件を満たすと特殊技出したり形態変化するやつがいんだよ! けどナイトボーンがあんな行動とるなんて話は誰も聞いたことねえの!〝

〝え、それって……ヤバくないですか?〝

〝そうだよヤベえんだよ! 色んな意味で!〝



「あれ? もしかしてご存じない方が多い感じなんでしょうか」


 予想外すぎる事態に爆速で流れるコメント欄。

 その荒ぶりっぷりにやや遅れて気づいたカリンがのほほんとした雰囲気で言葉を続けた。


「どうもあの骸骨様、素手のソロで戦って武器破壊するとこちらに流儀をあわせてくれるのか、ああいう形態になるんですのよ。死してなお騎士道精神をお持ちなのかもしれませんわね」



〝マジですの!?〝

〝中層ボスの足切り骸骨ってそこそこ突破してる人いるはずなんだけどそんな話聞いたことないですわよ!?〝

〝ソロ&素手で武器破壊が条件とかそりゃ知ってるヤツおらんわ!〝

〝いやこれ普通に大金とれる情報じゃねーか!?〝

〝てかちょっと待って!? ナイトボーンさんなんか動き速くなってね!?〝


 

「オオオオオオオオオオオオッ!」


 狂騒のコメント欄で指摘されたように、タイタンナイトボーンの動きはそれまでとはまったく別物になっていた。


 全身を覆っていた分厚い鎧を手の甲にだけ集中させたことで明らかに速度と攻撃の威力が上がっている。


 ドガガガガガガガガガガ!


 数歩でカリンとの距離を詰めて両の拳から放たれるラッシュ。

 手数も速度も大剣装備時とは別物となっており、鋼鉄の拳が何度もダンジョンの床に叩きつけられ轟音を響かせた。


 だがカリンはその猛攻を紅茶片手に完全回避。


「そうですのよ。コメントでも指摘があったように、骸骨様はこの形態になると速度が跳ね上がりますの。けどその代わり――」


 言いつつカリンはぐっと足に力を込め、紅茶をこぼさないよう気をつけつつ踊るようにタイタンナイトボーンの懐へ踏み込んだ。


「剣のリーチを活かした牽制と鎧の防御が失われて、とっても倒しやすくなるんですのよ!」


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオン!


「オオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 一閃。

 

 カリンが拳を振り抜いた瞬間、轟音とともにタイタンナイトボーンの腰骨が粉砕。

 

「体の要」とも書くその部位を失った巨大モンスターはそのまま崩れ落ち――二度と動くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る