第11話 パワー系お嬢様!



 71000……72000……切り抜き拡散とトレンド入り効果で止まることなく同接が伸びていくなか、カリンはダンジョン中層に足を踏み入れた。



〝この子中層でもまだ紅茶もってるの!?〝

〝上層はなんやかんやでレベル獲得したばっかの駆け出しでもいけるとこだからまだしも中層はさすがに……〝

〝言うて中層も結構な数の探索者がメインで活動する場所ですしいけるのではなくて?〝

〝つっても中層からは当然モンスターの強さも数も増すし、専業探索者がパーティ組んで活動する場所だろ? さすがにキツいんじゃないか?〝



 上層に引き続き紅茶を片手にダンジョンを突き進むカリンを心配する書き込みがコメント欄を流れていく。だが、


「えいや! ですわ!」


 ドパパパパパパァン!


 それは完全に杞憂だった。


 モンスターの数も強さも増した中層。

 そこでもカリンは引き続き不可視パンチと絶対回避を駆使。

 迫り来るモンスターたちを壁のシミに変え、紅茶をこぼすことなくダンジョンを突き進んでいた。



〝ふぁーwww〝

〝中層も瞬殺&ドレス完全回避かよww〝

〝このお嬢様マジでイカれてますわwww〝

〝え、上層を曲芸攻略してるって聞いてきたんですけどこれ中層なんです!?〝

〝攻略速度速すぎて情報が追いついてないですわww〝

〝わたくしたちはついていけるでしょうか、お嬢様のこのスピードに……〝


 

 当然のように上層と同じ調子で突き進むカリンにコメントが沸き立った。

 が、そうして中層を進むことしばし。


「「「ゴルアアアアアアアアアアアアアアア!」」」


 大量の雄叫びが中層に木霊した。


 上層で遭遇したヘルハウンドの統率された群れ――それを遥かに上回る数のモンスターがカリンの前に出現したのだ。


 さらにその群の奥で、ブブブブブブブブブッ

 無数の羽音が響く。


 巨大な毛虫に羽根が生えたような昆虫型の怪物――フライキャタピラーだ。

 


〝うわでた〝

〝中層のクソモンス筆頭!〝

〝しかも群と一緒かよ!〝

〝最悪ですわ!〝

〝せっかく伸びまくってる同接の勢いが落ちたらこいつらのせいですわよ!〝



 コメント欄がフライキャタピラーへの罵倒で満ちる。


 フライキャタピラーは探索者や配信者ファンから蛇蝎のごとく嫌われているモンスターだった。


 その理由は全身から生えた鋭利な棘。

 フライキャタピラーはこの針を遠距離からひたすら撃ち込んでくるのである。


 その嫌らしい戦術から基本的に弓矢持ちや希少な魔法スキル持ちが対処することになるのだが、かなり距離をとってくるうえにモンスターとしては比較的小柄な体躯でぶんぶんと飛び回るものだから攻撃を当てるのが非常に難しい。


 そのうえ今回のように大量のモンスターとともに現れた場合、対処はかなり面倒だった。命がけで戦う探索者からはもちろん、引き撃ちを繰り返すフライキャタピラーとの間延びしがちな戦闘は配信ファンからも不評で、どの界隈からも絶対的な「クソモンス」と忌み嫌われていた。



〝カリンお嬢様これ素手だと遠距離攻撃手段がないんじゃありませんこと!?〝

〝カリン様ならすぐ追いつけそうだけど……群れもいるしなんにせよ面倒だな〝

〝これはさすがにお紅茶いったん置いてちゃんと処理したほうがいいですわよ!〝


 

 ドガガガガガガガ! と無数の針が発射され、コメント欄もカリンへの忠告でいっぱいになる。だがそんななか、


「よいしょっ」

「ブモッ!?」


 四方八方から迫るモンスターの攻撃や針の一斉掃射を当然のように避けつつ――カリンは紅茶を持っていないほうの手で猪の中型モンスターダンジョンボアの頭を鷲づかみにした。


「フライキャタピラー、群れと一緒に現れてくれてよかったですの」


 そしてカリンはダンジョンボアをそのまま大きく振りかぶり、


「あの面倒な飛行モンスターにはこれが1番効きますもの!」


 キュイン――ドゴオオオオオン!


「ブモオオオオオオオオッ!?」

「ギイイイイイイイイイッ!?」


 大気を貫く凄まじい風切り音と衝突音、そしてモンスターの断末魔が轟いた。


 体長1、5mはあろうかという猪型モンスターをカリンが投擲し、フライキャタピラーを撃墜したのだ。



〝ふぁ!?〝

〝いや、え?〝

〝は?〝

〝もしかしてですけどいまダンジョンボアを投げましたの!?〝

〝ちょっ、さすがになんかの見間違いじゃあ……〝



 困惑のコメントが大量に流れていく。だが、


「そりゃそりゃそりゃそりゃ! ですわー!」


 ドガガガガガガガガ!


「「「グギャアアアアアアアアアッ!?」」」

「「「ギイイイイイイイイイイイッ!?」」」


 もはや見間違いなど疑えないほど連続でカリンがモンスターを投げまくり、次々とフライキャタピラーを撃墜していった。


 さすがに紅茶を持った状態では外すこともある。

 だが衝撃波を伴うモンスター投擲はかすっただけでフライキャタピラーを地面に叩き落とし、再び飛び上がる前にカリンの第二投が激突して粉々になる。


 中層最悪の脅威が一方的に蹂躙されまくっていた。


 

〝ふぁーwwwww〝

〝なんだこれ!? なんだこれ!?〝

〝どうなってますの!? これホントにフェイクじゃないんですの!?〝

〝ダンジョンボアを片手投げはもう人間のやることじゃねえですわ!〝

〝レベルいくつになればこんなことできんだよ!?〝

〝切り抜き班もう嬉ションしとるやろこれwww〝

〝フライキャタピラー戦がこんな爽快なことある!?〝

〝爽快っていうか豪快っていうか……〝

〝モンスターは野球ボールじゃありませんことよ!?〝

〝野球ボールでもこんな異次元剛速球にならねぇんだよなぁ……〝

〝カリン様!? これも「お優雅」なんですの!?〝



「このやり方なら地上のモンスターと空中のモンスターを同時に潰せて効率が良いですわ! つまりお優雅ですの!」



〝無茶苦茶すぎんだろこの自称お嬢様wwww〝

〝この大蹂躙のなかでも紅茶片手にちょいちょいコメ欄を見ているという恐怖〝

〝カリンお嬢様には一度ちゃんと辞書を引いてもろて……〝

〝辞書(ダンジョンアライブ原作)ならしっかり読み込んでましてよ多分〝

〝そっかー。いままで弓矢や投げナイフでちまちま対処してたけど、これならアイテム消費や武器ロストのリスクなく効率的に倒せるんだぁ……〝

〝なぁんだ、簡単じゃん!〝

〝次の攻略で真似しよっ〝

〝ダンジョンボアは天然の砲弾だった……?〝

〝しっかりいたせー!〝

〝探索者クラスタが軒並み正気失ってておハーブ〝

〝そら(こんなもん見せられたら)そうよ〝

〝マジでどんだけレベル上げればこんなことできるんですの……?〝



「ふぅ。それじゃあフライキャタピラーも全滅しましたし、あとは普通に群れを倒すだけですわね」


 厄介な飛行モンスターをあっという間に殲滅したカリンが紅茶を一口飲みつつ周囲のモンスターたちに目を向ける。その途端、


 ビクッ。


「「「グ、ウ、グオオオオオオオオオオッ!」」」


「え」


 同胞が散々砲弾にされるところを目撃していたモンスターたちがフライキャタピラーを失ったことで死を確信したのか、一斉に逃げ出した。



〝クソワロタwww〝

〝モンスターって人間から逃げることあんのかよwww〝

〝そりゃ逃げますわ。わたくしだってこんなゴリラお嬢様を前にしたら裸足で逃げますもの〝



「え、ちょっ、それじゃ撮れ高になりませんわ! 待ってくださいまし!」



〝追いかけんなww〝

〝撮れ高www カリンお嬢様は配信者の鑑ですわwww〝

〝お嬢様のやることじゃねえんだよなぁwww〝

〝(どっちがモンスターか)これもうわかんねぇな〝



 視聴者のそんなコメントも置き去りにしてカリンは再び中層を突き進んだ。

 

そして、



「ちょ、ちょっと横道に逸れましたけど無事中層踏破ですわ!」


 今日の目標はモンスターの殲滅ではなく下層踏破だと思い出したカリンは難なく中層最奥に到達していた。 



〝おめ!〝

〝はやすぎんだろ……〝

〝今度はベテランパーティの倍以上の速度やぞww マジでどうなってんだこのお嬢様ww〝

〝よりにもよって群れを形成したフライキャタピラーと遭遇しといてこの記録はもう意味わかりませんわww〝

〝ダンジョンボア大砲の人がここで配信してるって聞いたんですけど本当ですか!?〝

〝やたら鳩が飛んでるから何事かと思ったらww なんなんだこのお嬢様ww ゲロ瞬殺どころの騒ぎじゃねえwww〝

〝めっちゃ人きてんな〝

〝そりゃあんなトンデモ映像見せられればな……(2回目)〝

〝同接8万いってんじゃん!〝


 

「わっ、本当ですの!?」


 コメントに教えてもらいカリンが視線を移せば、本当に同接8万を突破していた。


 上層に引き続き、中層での攻略風景もまた切り抜き&クリップで大拡散。

 さらには鳩――他の動画にカリンの活躍を書き込む者たちの働きもあったらしく、ぐんぐん新規視聴者が増えているようだった。


(ま、まさか攻略開始から1時間ちょっとでここまで伸びるなんて……逆に怖いくらいですわね……。今回は張り切ってお紅茶をプラスしたとはいえ、わたくし割といつも通りに配信してるだけですのに)


 バズによる後押しがいまなお継続していることにカリンは戦く。

 しかしだからといって萎縮してこの勢いを逃す手はない。


「そ、それじゃあ来てくださったたくさんの視聴者をお待たせできませんし、先を急がないとですわね。中層踏破とは言いましたが、それはまだ『一応』」


 カリンは張り切って背後の巨大な扉を振り返る。


「本当の中層踏破はここからですもの」


 そしてその分厚い扉を押し開き、奥に広がる巨大な空間へと足を踏み入れた。


 直後、

 

「――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 大気が揺れる。

 ダンジョンが揺れる。


 部屋の中央にだけある砂の地面を突き破るようにして現れたのは、全長10mは超えようかという巨大骸骨だった。


 分厚い鎧を身に付け巨大な剣を担ぐバケモノの名は、タイタンナイトボーン。


 中層と下層を繋ぐ巨大空間。

 通称ボス部屋。


 その大広間の主である骸の巨人が、明確な殺意を持ってカリンを見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る