第10話 上層トンデモ攻略
「あれ? なんかコメントが流れなくなりましたわね?」
超速の拳で狼型モンスターを壁のシミにした直後。
ちらりとスマホを確認したカリンは首を傾げた。
「ちゃんと配信繋がってますの……?」
心配になってスマホをこんこんと叩いてみる(ちなみにティーカップを持っている方の腕にスマホを装着しているのだがそれでも紅茶はまったく揺れていない)。
するとその直後、堰を切ったかのような勢いでコメントが流れ始めた。
〝ちょ、ちょっと待ってくださいまし!?〝
〝いまなにしたんですの!?〝
〝ヘルハウンドがいきなり消えましたけど!?〝
〝なんか衝撃波出てなかった!?〝
〝そういうスキル!?〝
〝いったいなにしたんですの!?〝
「え? 普通に殴っただけですわよ?」
コメントが復活したことにほっとしつつ、カリンはコメントの勢いに少々面食う。そんなカリンのもとには「「「グオオオオオオオオッ!」」」とさらに複数のヘルハウンドが迫っており、
「ほらこんな風に」
カリンが軽く拳を握った。
瞬間――ドパパパパパパァン!!!
カリンに近づいたヘルハウンドたちがほぼ同時に消失。
壁の染みが次々と増えていき、しかし歩き続けるカリンが持つ紅茶は引き続き一切揺らがない。そんな異次元の光景にいよいよコメント欄が大混乱に陥る。
〝なにが起きてんだこれ!?〝
〝ウルフの群がお嬢様に近づいた途端消失して代わりに壁の染みが増えていくんだが!?〝
〝爆弾が爆発したみたいな音が連続してんだけど!?〝
〝狼だけじゃなくてカリンお嬢様の片手もさっきから消えてない!?〝
〝あ!? これマジでモンスター全部殴り飛ばしてんの!?〝
〝速すぎてカリンお嬢様の腕が映ってないのかこれ!?〝
〝いや草〝
〝殴ってるっつーけどだったらなんで紅茶がこぼれてないどころか水面が一切揺れてないんですの!?〝
〝カリンお嬢様の言葉を信じるならウルフが壁のシミになる威力で殴ってるんですわよね!?〝
〝反動はどうなってんだ反動は!〝
〝物理の法則が乱れる!〝
「え? 別におかしなことはしてないですわよ? ほらなんでしたっけ、攻撃した際に返ってくる反動も反転させて相手に叩き込むスキル……あ、なんか名前ド忘れましたわ」
〝適当すぎんだろww〝
〝お嬢様!? 探索者なら自分のもってるスキルくらいちゃんと把握しててくださいまし!〝
〝もしかして〈無反動砲〉のこと?〝
「あ、そうそうそれですわ! 〈無反動砲〉ってスキルですの!」
〝確かにアレなら近接攻撃の反動軽減できますけども……〝
〝手に持ってる紅茶の水面を1㎜も揺らさないレベルの無反動ってなに!?〝
〝俺の知ってる〈無反動砲〉と違うんだが!?〝
〝スキルLvいくつでございまして!?〝
〝〈無反動砲〉ってLvカンストするとそんなことになるんですの!?〝
〝お吐瀉物様をぶっ飛ばす威力の拳を反動込みで叩き込まれたらそりゃ上層モンスターなんてひとたまりもねぇですわ……〝
〝肉片すら残ってないの怖すぎない?〝
カリンの無自覚な異常スペックに驚愕のコメントが爆速で流れていく。
(たまに見る他の方の配信でもそうですけど、ネットの皆様はやっぱりノリが良いですわね。こういうオーバーリアクションで動画を盛り上げてくださるのは滅茶苦茶ありがたいですわ)
しかしカリンはそれをネット特有のノリと判断。
嬉しいですわ! わたくしも頑張って応えませんと! とさらに自分を奮起させる。
〝あ、あの……いちおう確認なのですが、これがカリン様の言うお優雅なダンジョン攻略でして……?〝
「当然ですわ!」
目に止まったコメントにカリンが大きく頷く。
「ドレスを纏ってお紅茶を嗜み、一切の被弾を許さず相手を葬り去る……これこそわたくしが『ダンジョンアライブ』のセツナ様から学んだお優雅なダンジョン攻略でしてよ!」
そしてウォーミングアップは終わりとばかりに、迫り来るモンスターを蹴散らし紅茶を嗜みながらこれまで以上の速度でダンジョンを突き進み始めた。
〝うっそだろこいつwwww〝
〝マジで紅茶飲みながらダンジョン進んでるぞおい!?〝
〝どうなってんだこれwww〝
〝背景がダンジョンなの除けばマジで良いとこのお嬢様が紅茶飲みながら散歩してるだけに見えるレベルの余裕で草〝
〝いや表情とかはそうだけど速度が散歩のそれじゃねえよww〝
〝いくら上層だからってありえんだろ!?〝
〝あかんwww 俺いま会社なのにオフィスで爆笑してるww なんだこれwww〝
〝世のフェイク動画作成者は反省しろwww 現実のほうがよっぽどヤベェじゃねえかww〝
〝フェイク作成者として言わせてもらうがこんな動画作っても一発で嘘バレして再生数伸びねえよ!〝
〝フェイク動画作成者とかいうカスの言い分にはじめて納得しましたわ〝
〝あの動きにくくて面積増やすだけのドレスにマジで一発もかすってねえww〝
〝へー、『ダンジョンアライブ』って実写化してましたのね(白目)〝
〝上層くらいなら大して見所もないだろと思って遅れてきたらとんでもないもの見せられましたわ……〝
〝遅刻お嬢様震えてておハーブ〝
〝いま来たんですがなんだかわたくしの知ってる「優雅」と違いましてよ!?〝
〝なに言ってますの? この虐殺こそカリンお嬢様の言う「お優雅」ですわよ?〝
〝ま、まあ確かに「優雅」と「お優雅」は違いますわね……〝
〝お優雅 ← これもうカリンお嬢様用語だろww〝
〝草〝
時間差でカリンの生配信に集まってきた視聴者も含め、カリンの凄まじい攻略風景にどんどんコメントが流れていく。
(わ、わたくしの攻略動画にこんなたくさんのコメントが……!)
攻略開始から数分とは思えない盛り上がりに、時折ちらちらとコメントを確認するカリンも思わず打ち震える。コメント、同接ともに永遠の0だったかつての虚無地獄が嘘のようだ。
だがその一方、
〝うせやろ……アニメリスペクト云々はユニークスキルの詳細を誤魔化すための方便かキャラ作りだと思ってたのに、まさかこの子ガチでセツナ様再現しようとしてる……!?〝
〝控えめに言ってイカレてますの……〝
(盛り上がっている割に「お優雅」とはあまり思ってもらえてないような……)
このチャンネルのコンセプトはあくまで「お優雅なダンジョン攻略」。
チャンネル登録者数が増えるのはいいのだが、「お優雅」と思ってもらえていない状態で増えてもそれはいずれカリンの魅せたい配信内容とのズレとなり、登録者数の減少やコメント欄の荒廃に繋がる。コンセプトが上手く伝わっていないというのは少し気になるところだった。
現状では割と理想通りの攻略ができているはずなのだが……どうしてお優雅と思ってもらえないのだろうか。
(はっ、そうですわ!)
そこでカリンはふと気づく。
(わたくし全然回避をしてませんでしたの! 確かに殴ってばかりでは少しお優雅ポイントが足りませんでしたわね! こういうときは――あ、ちょうどいいですわ!)
と、折良く通路の奥から近づいてきた気配にカリンは視線を向けた。
「「「オオオオオオオオオオオオオオッ!」」」
迫り来るのはいままでと同じ狼の群。
しかしいままでとは勝手が違った。
「ゴオオオオオオオオオッ!」
一際体格の大きいヘルハウンドが十数頭の群を統率しているのだ。
武器を持ったゴブリンを背中に乗せている個体もおり、その連携は高度。
ダンジョンの広い通路を使って四方八方からカリンに襲いかかる。
だが、
「ちょっと殴りすぎて手が疲れたので休憩ですわ」
「「「グルッ!?」」」
当たらない。
四方八方から迫るモンスターの攻撃をカリンはすべて回避していた。
そのあいだ、当然紅茶はこぼさない。
そんなふざけた芸当をしているにもかかわらず、モンスターたちはそのひらひらしたドレスの端にすらまったく触れられなかった。
〝ふぁーwww〝
〝マジでどうなっとんねんこれw〝
〝カリンお嬢様の動きがやばすぎてなんかもう社交ダンスの動画を倍速再生してるみたいなんだが!?〝
〝ゴブリンとヘルハウンドも困惑しとるやんけww〝
〝この期に及んで紅茶がこぼれてないことにわたくしたちも困惑ですわ……〝
〝いくら上層モンスターとはいえヘルハウンドの統率攻撃がなんでドレスにかすりすらしねえんですの!?〝
〝わたくしがはじめて統率攻撃食らったときのあの苦労は一体……〝
「ええと、みなさまどうでしょう? お優雅ですわよね??」
〝なにモンスターの群れから全方位攻撃受けながらコメント欄凝視してんですのこの方!?〝
〝この子まさか手が疲れたとか言ってわざとモンスターの群に飛び込んだの!?〝
〝歩きスマホどころの騒ぎじゃありませんわ!?〝
〝わかったわかった! お優雅だから!〝
〝とってもお優雅ですわよ!(必死)〝
〝お優雅だからちゃんと集中してくださいまし!? 見てるだけで怖いですの!〝
〝てかなんでスマホ凝視でモンスターの攻撃全部回避できてんですの!?〝
〝いま真後ろからの攻撃も当たり前のように避けましたわよ!?〝
〝感知系スキルもカンストしてますの!?〝
(あ、やっぱり回避も重要だったみたいですわ)
なんだかちょっと言わせてしまった感もあるので要検討ではあるが……それでも少しはお優雅に思ってもらえたことにカリンは満足。
そのまま回避も織り交ぜつつ、あくまで前座でしかない上層を一気に突破した。
「ふぅ、上層攻略完了ですわ!」
中層に続く大穴の前でカリンは一息つく。
とはいえ彼女の息はまったく乱れておらず、その肌にも汗ひとつない。
当然ドレスは無傷であり、紅茶はちょくちょく口にした以外一滴もこぼれていなかった。
「今日はお紅茶攻略というのもあって少し時間がかかってしまいましたが……みなさまいかがでしたかですわ。退屈などされませんでした?」
ちらりと攻略時間を確認したカリンは少々お優雅魅せ攻略にこだわりすぎて動画のテンポが遅くなってしまったかも……と心配しながら画面の向こうに問いかける。
〝退屈なんてしてる暇ねえよ!〝
〝いや攻略時間早すぎておハーブ〝
〝ベテラン配信者の倍近い速度で攻略してませんこと……?〝
〝なんであんなふざけた攻略法でタイムアタックみたいな速度が出てるんですかね……〝
〝そもそもなんで攻略できてんだよ!〝
〝ドレス無傷はまだしも紅茶をこぼさずとかそこらの道を踏破するのも無理でしてよ!?〝
〝最初は唖然としてたけどなんか見入っちゃったわ……これはお優雅〝
「……っ。ならよかったですわ。ではちょうど飲み干してしまったお紅茶を水筒から補充して、っと。ひと口いただいてから今度は中層のほうを――ぶおほっ!?」
〝ちょっ、汚ねえですわ!?〝
〝なんで急に紅茶吹き出してますの!?〝
〝せっかくガチでお優雅だと思ってたのに台無しだよ!〝
突如紅茶を吹き出したカリンお嬢様のはしたない姿へ一斉にツッコミが入る。
だがそんなカリンはそんなコメント欄に気づかず、
「ど、同接7万ですの……!?」
これまでコメント欄ばかり気にして見落としていたが、同接が凄まじい数字になっていたのだ。昨日の雑談配信がマックス5万。まだ上層を超えただけだというのにそれを悠々と超えてしまっていた。
影狼ボコ事件から少し間があき、多少は注目度が落ちるだろうと思っていたのだが……予想外の数字にお紅茶を吹いたことも忘れて見入ってしまう。
〝うおマジやんけ!? おめ!〝
〝呆気にとられててわたくしたちも気づくのが遅れましたわ!?〝
〝7万突破記念!〝
〝いくらバズった直後とはいえ上層攻略配信でこれはヤバイ〝
〝そりゃあんなトンデモ映像見せられたらな……〝
〝なんなら7万でも少なすぎですわ〝
〝切り抜きとクリップ乱立しまくってて草〝
〝紅茶飲みながら上層ノーダメ突破してる頭のおかしいお嬢様がいるって呟きがバズってたんですけどこの生配信でいいのかな……?〝
〝切り抜きから来たんですけど、これ生配信風フェイクじゃないんですか!?〝
〝新参の方ですわね。恐ろしいことにガチの生配信でしてよ……〝
〝あまりのことに「お紅茶RTA」や「ダンジョン舞踏会」と一緒に「フェイク動画」までトレンド入りしてんのほんま草〝
どうやら上層攻略の様子が現在拡散されまくっているらしく、7万を突破していまなお視聴者数は伸び続けていた。
切り抜きのおかげでまたSNSのトレンドに上がっているようで、それに釣られてきたと思しき新規コメもゴリゴリ増えていく。
「~~っ。皆様拡散していただいて本当にありがとうございますですわ。それではこれから下層を目指して、まずは中層を攻略してまいりますの!」
視聴者の協力によってさらに増える視聴者と祝福のコメントになんだかちょっぴり泣きそうになりながら――紅茶を吹いたことは7万突破のどさくさでなかったことにしてカリンは中層へと飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます