第9話 〝お優雅〟ダンジョン攻略配信開始
「よ、よし。それじゃあやっていきますわよ……!」
雑談配信の翌日。放課後。
学校が終わると同時に都内某所のダンジョンにやってきたカリンは配信準備を終えて何度も深呼吸を繰り返していた。
もうあまり身バレ云々を気にする必要もないため、既に髪色は変わり服装はド派手なドレス姿。頭上には以前懸賞で当たった中古の浮遊カメラがついてきており、問題なくカリンの姿を捉えている。
あとはスマホに表示された『配信開始』をタップするだけでいつでも配信は始められる。
だがその一歩がなかなか踏み出せなかった。
「昨日の自宅配信で大勢の前で喋ることには多少慣れたつもりでしたが……いざ本命のダンジョン攻略配信となるとやはり緊張しますわね」
もしかしたら昨日よりも緊張しているかもしれない。
なにせ「ナチュラルボーンお嬢様・山田カリンの優雅なダンジョン攻略」チャンネルのメインコンテンツはその名の通りダンジョン攻略。
一時的にバズったカリンに集まってくれた視聴者たちがちゃんとした固定ファンになってくれるかは今日の配信にかかっているのだ。もし無様な攻略姿をさらしてしまえば「やっぱこの間のはやらせかフェイク」などとなってしまう可能性は非情に高い。
それに、
「チャンネル登録者数50万……」
スマホに表示されたその異次元の数字に改めてごくりと喉を鳴らす。
昨日の雑談配信を終えたあと、カリンのチャンネル登録者数はさらに伸びていた。
なにやら「ダンジョンアライブ」や「アニメの悪影響」と言った単語がネタ的な意味でまたバズったらしく、さらに多くの人がカリンのチャンネルに集まっていたのだ。
同接数が少なくなりがちな自宅配信で同接5万を突破したことを考えると、今日の配信もそれなりの視聴者数が予想された。そんな彼らを前にどれだけお優雅なダンジョン攻略を見せられるのかで今後の配信者人生が決まるといってもよく、配信開始前から変な汗が噴き出してくるのだ。
「とはいえいつまでも躊躇ってなんかいられませんし……SNSで配信開始を呟いて、えいやっ、ですわ!」
はじめてダンジョンのボス部屋に踏み込んだときのような気持ちでカリンは配信を開始した。
瞬間、
〝仕事速攻で片付けて待ってた!〝
〝キタアアアアアアアアアアア!〝
〝通知から〝
〝告知から〝
〝期待してるぞ!〝
〝お吐瀉物様をぶっ飛ばした実力見せてくれ!〝
「っ!?」
開幕からとんでもない勢いでコメントが流れていく。
それに伴い視聴者数もうなぎ登りで、配信待機勢が元々かなりいたとはいえ昨日の自宅配信を上回るペースで数字が伸びていく。
「……っ!? え、ええと、み、皆様ごきげんようですわ~」
し、視聴者が一瞬で1万に!?
想定を遥かに超える速度で万越えした視聴者数にまたお優雅ではない声を漏らしそうになりながら、カリンは頑張って挨拶を続ける。
「きょ、今日は昨日告知したとおり、早速わたくしのお優雅なダンジョン攻略の様子をお届けしますわ。よろしくお願いしますですの」
〝お嬢様今日も緊張してて草〝
〝お吐瀉物様の一件で色々疲れてるだろうにこのペースはマジで感謝〝
〝これが若さか……〝
〝いろんな探索者クランが注目してるらしいから頑張って!〝
〝てかマジでドレス着てるやんけ!〝
〝本当にセツナ様リスペクトのドレスですのね!?〝
〝手ブラみたいですけど武器はなに使うんですか?〝
〝どこまで攻略するの?〝
「え、ええと、武器はこの拳ひとつですわ。それと今日の目標はいつも通り下層最深部を予定しておりますの」
〝拳ひとつは草〝
〝お吐瀉物様をぶっ飛ばした動画から予想されてましたがマジで素手ですの!?〝
〝まあ確かにゲロをぶっ飛ばした身体能力なら武器はいらんだろうが……〝
〝女性でナックルスタイルはストロングすぎませんこと!?〝
〝下層最深部って本気ですの!?〝
〝女子高生がドレス着て武器なし下層ソロ攻略とか絶対またトレンド入りするやろこれ……〝
〝「いつも通り」とかいう狂気〝
〝てゆーかこの画面もしかして浮遊カメラ使ってますの?〝
〝うわホントだ。さすがお嬢様、良い機材をお持ちですの〝
「あー、このカメラについてですけど……。誤解を与えないよう最初に言っておくと、これ実は運良く福引きで型落ち中古品が当たっただけなんですの」
〝マジか〝
〝めちゃくちゃ運が良いですわね!?〝
〝影狼でさえ持ってなかったこと考えると中古品でも破格では?〝
〝あの方は駆け出しの頃の機材を惰性で使ってるだけの機材更新無精ですのよ〝
〝てか浮遊カメラなんていちおう魔力も使う高級品が出る福引きとは……〝
「親友に誘われていった福引きで当たりましたの。本当にあのときは跳び上がる気持ちでしたわ。まあカメラを新調しても視聴者は伸びなかったんですが……」
カリンはかつての虚無地獄を思い出して少し声を落とす。
「あ、それと機材繋がりでいまのうちに断っておきたいのですけど……先ほど言ったように浮遊カメラは福引きで当たっただけで、なんというかその、わたくし本当は全然お金がなくてカメラ以外の機材が貧弱なんですの。コメントを読み上げたり視界に表示してくれるような周辺機器はないので、コメントは腕に固定したスマホから随時チェックという形になりますわ。どうしてもコメント見落としてしまうこともあるのでご了承いただければ……」
〝お嬢様なのに金ないのかww〝
〝まあ昨日の配信からしてお嬢様キャラに憧れただけなのは明らかだし〝
〝なら昨日の豪華な部屋は一体……〝
〝あれ特定班が該当ブランド発見できなくて手作り疑惑出てるぞ〝
〝手作り!?〝
〝ハリボテお嬢様で草〝
〝カリンお嬢様もしかして普通に苦学生なんですの?〝
〝まあ学生はダンジョン素材換金できないしな。貧弱機材はしゃーない〝
〝浮遊カメラだけで十分すぎますわ!〝
〝収益化急ぐんですのよカリン様!〝
「ええもちろん。ありがたいことに収益化ラインに達しましたので現在申請中ですの――って、同接3万ですの!?」
ちらりと視聴者数に目をやったカリンはぎょっと声を漏らした。
攻略開始前にもかかわらず、少し喋っているうちに同接数がさらに伸びていたのだ。
〝おめ!〝
〝勢いすごいなマジで〝
〝昨日の自宅配信もまあまあ衝撃的だったしそら注目されるわなww〝
「い、いきなりこれはわたくしさすがに緊張ですわ。攻略前にちょっと一息つかせてもらいますの」
言って、カリンはそのゆったりしたドレスから少々わざとらしく 水筒とティーカップを取り出した。
昨日から準備していた屋外紅茶セットだ。
真っ白なティーカップにと湯気の出るダージリンティーを注ぎ、「ごくごくですわ!」と緊張をほぐすようにカップへ口をつける。
〝唐突すぎるww〝
〝緊張して紅茶飲み出すお嬢様可愛いww〝
〝ダンジョンにカップと水筒持参は草〝
〝遠足かよww〝
〝まさかの仕込みww〝
〝セツナ様リスペクトですわね!〝
〝キャラ作りが徹底しててわたくしこの方好きになってしまいますわ!〝
〝カリン様これ同接数関係なく開幕ティータイムやるつもりやったろwww〝
〝ネタも欠かさない配信者の鏡ですわねww〝
〝バズ後すぐの配信だから張り切ってるなww〝
カリンの大根演技も初々しいと受け取ってもらえたようで、好意的なコメントが多く流れる。
が、
「ふぅ。それじゃあ大体人も集まってきたと思うので、早速ダンジョン攻略をスタートしていきますわ!」
そう言ってカリンがダンジョンの薄暗い通路へ足を踏み入れた途端、コメント欄がざわつきはじめた。
〝ちょっとお嬢様!?〝
〝攻略開始はいいですけどティーカップ持ったままでしてよ!?〝
〝中身もがっつり残ってておハーブ〝
〝水筒しまっといて飲みかけのティーカップしまい忘れるのは草〝
〝緊張しすぎやろww〝
〝うっかり可愛い〝
「え? いえいえ、うっかりじゃありませんわ。もちろんこのまま紅茶を飲みながらお優雅に進むんですのよ?」
〝は?〝
〝え?〝
〝いまなんて仰いましたの?〝
〝なんだろう、パソコンの調子がおかしいですわね〝
〝おかしいのは多分カリン様ですわ〝
困惑で埋め尽くされるコメント欄。
しかしカリンはカップ片手にダンジョンをずんずん進み、
「『ダンジョンアライブ』のセツナ様は常にドレスにお紅茶。それも一滴もこぼさずダンジョンを突き進んでおられましたわ。なのでセツナ様のようなお嬢様配信者を目指すわたくしもまたこのくらいこなして当然ですの!」
〝待て待て待て待て!〝
〝クソワロタwww ……え? 冗談だよね?〝
〝ちょっとこの子本気でアカンのでは!?〝
〝セツナ様リスペクトってそこまでガチなんですの!?〝
〝原作再現の心素晴らしいですわ!?!?!?!?〝
〝原作再現はいいけどダンジョンでやることじゃねえんだよなぁ!?〝
〝ドレスだけでもイカれてるのに紅茶まで再現とか頭のネジぶっ飛んでるどころの騒ぎじゃございませんことよ!?〝
〝いやさすがにネタでしょ……ネタだよね?〝
〝チャンネル登録者数爆増で舞い上がってませんこと!?〝
〝カリン様いったん落ち着いてくだしさいまし!〝
〝魅せプレイや縛りプレイ専門のダンジョン配信者でもこんなバカやりませんわよ!?〝
〝いくら上層とはいえダンジョン舐めすぎですわ!?〝
〝さすがに事故りますわよ!?〝
〝モンスターきてるぞおい!〝
「本気か!?」「無茶すんな!?」という当然のコメントが濁流のように流れていく。
「グオオオオオオオッ!」
そしてコメントの指摘通り、通路の向こうから一体のモンスターが現れた。
ヘルハウンド。
上層によく出現する凶暴な狼型の魔物が唸り声をあげてカリンに飛びかかり、「はよ紅茶捨てろ!?」といったコメントが大量に流れる。
だがその瞬間――ドパァン!!
3万を超える視聴者の心配をよそに――ヘルハウンドが突如消滅した。
〝は?〝
〝は?〝
〝え?〝
カリンがノールックで放った拳に殴り飛ばされ、視聴者はおろかヘルハウンド自身にも知覚できない速度で壁の染みと化したのだ。
遅れて響く破裂音に、ただの余波だけで揺れる空間、軋むダンジョン。
しかしそんな超速超威力の拳撃を放ったにもかかわらずカリンの身体には一切の反動が返ってきておらず、
「緊張でうまく身体が動くか不安でしたが……うん、今日も優雅に絶好調ですわ!」
こぼれるどころか鏡のように凪いだままの紅茶を一口。
満足そうな笑みを浮かべたカリンはまるで朝の散歩でもするかのような優雅さで歩みを再開するのだった。
〝……〝
〝……………〝
〝………〝
その理解不能な映像にコメント欄が一時停止するなか――いままで日の目を見ることのなかった規格外のお嬢様系探索者、山田カリンのダンジョン攻略がいよいよ本格的に始まった。
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