第8話 雑談配信 後編


「と、というわけで、お騒がせしてしまったことについて諸々のご報告でしたわ。……それで、ちょっとよろしくないきっかけとはいえこうしてたくさんの人に来ていただいたことですし、ここからはわたくしのことをもっと知ってもらえるように色々と質問に答えていこうと思いますの」


 同接3万突破でしばし呆然としたあと。

 影狼のアレコレについて語り終えたカリンは気を取り直して次の予定へと移行していた。

 なんだか現実味のない数字に一周回って頭がポンとなり、先ほどより多少は緊張もほぐれている。


「なんというか、色々とわたくしについてあらぬイメージも広まっているようですし……。お優雅でお上品な本来の山田カリンを知ってもらうためにも質問にはできるだけ答えていくつもりですわ」



〝お股を痛めて生んでくれたお母様に申し訳ないと思わねぇんですの!?〝

〝ちっ、成人探索者のくせにしけてますわねぇ〝

〝やっちまいましたわ!〝

〝なにやっとんじゃオラアアアアアアア!〝



「ちょっ!? そ、ソレはもう忘れてくださいまし! というか下層で爆炎石を爆破しようとしている方がいたら誰だってああなりますわ!?」



〝それはそう〝

〝緊急時に人の本性が出るってやつですわね!〝

〝たとえ緊急時でも「お股を痛めて生んだ子」はなかなか出てきませんわよ……〝

〝逆子かな?〝

〝草〝

〝草〝

〝おハーブですわ〝



「し、質問に答えていきますわよ!」


 謎の一体感を発揮しだしたコメントの流れを断ち切るべく、カリンはコメント欄に目を走らせた。



〝お嬢様って本当にドレスでダンジョン攻略してるんですか?〝



「あ、これなんか良いですわね」


 ふと目にとまった質問をカリンが拾い上げる。

 そ れはお嬢様系配信者山田カリンの根幹に関わる質問だった。



〝1番の疑問ですわね……〝

〝そうだ、それが知りたくて配信覗きにきたんだった〝

〝そうそう、お吐瀉物様をぶっ飛ばした真偽以上にこっちが気になってた〝

〝カリンお嬢様の黒歴史をいじってる場合じゃございませんでしたわ!〝

〝というかあれマジでドレスなんですの?〝

〝いま着てるやつと同じやつですわよね?〝



 コメント欄もそこが1番気になっていたようで、先ほどまでの悪ノリが一瞬で塗り変わった。 

 注目度も上々のその質問にカリンは自信満々で答える。


「当然本物のドレスですわ! 特に配信時は常時この服でダンジョン下層まで潜っておりますのよ!」



〝マジで言ってらっしゃる!?〝

〝本当に本当ですの!?〝

〝さ、さすがにそれは吹いてらっしゃらない……?〝

〝下手したらお吐瀉物様ボコよりも信じがたいですわよ!?〝

〝いやまあ有志が何回動画検証しても本物だったし……〝

〝実際にお嬢様本人の口から聞くと衝撃もひとしおですの!〝

〝魔法装備だよね??? そうだよね???〝

〝あんな動きにくい装備に販売許可が降りるわけねぇですの……〝

〝仮に譲渡可能だったとしてわざわざドレス型にしてる時点でクレイジーですわ!〝

〝なんでドレスなんかでダンジョンに潜ろうと思いましたの!?〝



 カリンの回答にコメント欄が一気に加速する。

 ずっと誰にも注目されなかったこだわりのドレスに焦点があたって上機嫌のカリンは続けてコメントを拾った。


「あ、次はこれに答えますわね。『なんでドレスでダンジョンに潜ろうと思ったのか』」



〝ほんそれ〝

〝マジでなんであんな服装で……〝

〝そういう縛りのレアスキル持ちと予想しますわ〝

〝あー、なるほど。それだわ〝

〝たまによくわからん条件のユニークスキル持ってる探索者いるしな〝

〝考察スレやトゥイッターでも予想されてたけどまあそのへんが妥当ですわね〝

〝じゃなきゃいくらお吐瀉物様を瞬殺できる実力でも危険すぎますもの……〝

〝スキルってやつはダンジョンと同じくらい摩訶不思議ですわ〝

〝不可解なアレコレは大体ユニークで片付くところある〝



「 ドレスで攻略してる理由は話すとちょっと長いんですけど……皆様も経験あると思われますが、わたくし幼い頃に『ダンジョンアライブ』というアニメに魅了されまして」



〝? なんの話ですの?〝

〝急にどうした〝

〝落ち着きなさいませ皆様、最後まで聞けば繋がるタイプの話ですわきっと〝

〝ダンジョンアライブ懐かしいですわね〝

〝ダンジョンアニメにはまるのはあるある〝

〝国の後押しもあったとはいえ、それ抜きでも名作がゴロゴロしてるしな〝

〝誰もが子供のころ通る道よ〝

〝で、ガチで命がけだったりレベル獲得すると公式スポーツに参加できなくなったりする現実を知って諦めるまでがセットな〝

〝わたくしも昔はよくアニメ見てましたわ〝

〝アライブは原作漫画も全巻揃えましてよ〝



「まあ、同好の士がこんなに! ならわかっていただけると思うのですが、わたくし『ダンジョンアライブ』のキャラクターのなかでも特に鬼龍院セツナ様に強く憧れまして。ドレス姿で紅茶を嗜み華麗な動きとお優雅な振る舞いでモンスターをなぎ倒す姿にそれはもう夢中になりましたの。そして当然のようにこう思うようになりましたわ。わたくしもセツナ様のようなお嬢様探索者になりたいと」



〝ん?〝

〝え?〝

〝は?〝

〝流れ変わったな〝

〝おいまさか……〝



「そんなこんなでわたくし、セツナ様の装備を参考にしたドレスでダンジョン攻略をはじめましたの! そうして己を鍛えていたら今度はダンジョン配信者という存在を知りまして。ダンジョン攻略の様子を画面越しに届けて多くの人に元気を与える存在なんてセツナ様そのものだと衝撃を受けてこの界隈に飛びこんだんですのよ! それがこのチャンネルの始まり。なのでドレスは絶対に外せない正装にして最高の戦闘衣バトルクロスなのですわ!」


 1年以上ずっと胸に秘めていた原点をカリンは全力で語った。

 瞬間――コメント欄が壊れた。



〝待て待て待て待て!〝

〝本気で言ってますの!?〝

〝急転直下お嬢様!〝

〝さすがにユニークスキルについて誤魔化すための方便だよな!?〝

〝わたくしもセツナ様が好きで昔はよく真似してましたけど、16にもなってガチのダンジョンで実行するアホがいるとは思いませんでしたわ!?〝

〝元厨二病患者にアホ呼ばわりされるお嬢様おハーブ〝

〝脳みそ筋肉であらせられる?〝

〝上層ならまだしもお前がいたとこ下層やぞ!?〝

〝アニメと現実の区別がついてないLv100〝

〝これがアニメの悪影響ちゃんですか〝

〝アニメお嬢様「こんな怪物の製造責任まで押しつけないでくださる!?」〝

〝性犯罪者に加えて怪物の製造責任まで問われてアニメちゃん可哀想……〝

〝【諸悪の根源】鬼龍院セツナ【わたくしも好きでしたわ】〝



「あ、あれ? なんかおかしいですわね……」


 過去最高速度で流れる怒濤の総ツッコミにカリンは困惑する。

 サッカー漫画を読んでサッカーをはじめたとか好きなキャラの服装再現とかよくある話だしアライブファンも多いようなので共感してもらえると思ったのだが……コメント欄がやたらと荒ぶっている。


 それになんだかお優雅とはまったく違う印象を与えてしまっているような……。

 決して炎上するような方向ではないとはいえ、これ以上掘り下げるのはお優雅なチャンネル的によくない気がした。


「つ、次の質問いきますわ!」


 数万の同接から繰り出される怒濤のコメントに怯んだように、カリンはまた話題を強引に変えるのだった。




 それからカリンはいくつもの質問に答えていった。


「ええと、事務所には所属してませんわ。完全に個人での活動ですの」


 

〝そりゃこんなヤバイ子が事務所に入れるわけないすぎる……〝

〝まともな会社がドレスでダンジョン攻略とかさせてくれるわけないですものね……〝

〝まともじゃない会社でもやらせるわけない定期〝

〝こんな流れで大手事務所のやらせ説が消滅するのおハーブですわ〝 



「それから年齢ですが……探索者ライセンスで多分証明できますわよね?」



〝うわ本当に16歳ですの……〝

〝いろんな意味でヤバすぎる……〝

〝16歳にしては強すぎる&16歳にしては頭がアレすぎる〝

〝なんにせよヤベーヤツですわ……〝


 

 コメントの反応も少し引いているものがありつつ基本的には上々で、カリンがなにか喋るたびにドッと流れが加速する。さらにはなぜかSNSのほうでまたカリンについて話題になったらしく、「トレンドからきました」「ヤベーお嬢様の配信はここですか?」と視聴者もどんどん増えていた。


 配信開始から1時間と経たず、同接数は5万を突破。

 このままいけばその数はさらにとんでもないことになるだろうと思われた。

 だが、


『いきなりたくさんの人を前に配信したら絶対に疲れるから。欲張らず早めに切り上げたほうがいいよ』


(って、真冬も言ってましたものね。実際、さっきからもうドレスが汗でぐっちょぐちょですし)


「ええと、それじゃあ少し早いですが次を最後の質問にしますわ」


 時計をちらりと確認したカリンはそう宣言。

 元々配信の概要欄にも長くて1時間とは書いていたので、特に荒れることなく質問が一気に流れる。


〝そういえば武器は使ってないんですか?〝

〝ダンジョンアライブでセツナ様のほかの好きなキャラとシーンは?〝

〝画面の向こうのお嬢様たちに向かって罵倒していただけませんか!?〝

〝探索者クランに所属する予定は?〝

〝ダンジョン探索の予定はあります?〝



 そのなかから締めにふさわしい質問をカリンは選ぶ。


「ダンジョン探索は早速明日から再開する予定ですわ。コメント欄を見るにまだわたくしのダンジョン攻略について半信半疑の方も少なくないようですし、急ぎお優雅な攻略風景をお見せするつもりですの!」


 喋りながらコメントを見ていた感じ、どうにもまだドレスでの下層攻略という部分が信じられてない気配を感じる。それはカリンにとって同接0時代に何度もフェイク扱いされた苦い記憶を呼び起こすものであり、チンピライメージとあわせてすぐにでも払拭したいものだ。


 加えてネットは熱しやすく冷めやすい。

 話題になっているうちにカリンの本領であるダンジョン攻略配信を行うのは絶対。


 これは真冬との相談でも即座に合致した方針だった。



〝キタアアアアアアアアア!〝

〝早速の配信マジ感謝ですわ!〝

〝こりゃ明日も残業ブッチで待機しとかないとですわ!〝

〝昨日は途中から画面真っ暗でしたし、カリン様のダンジョン攻略がちゃんと見られるの楽しみですわ!〝

〝ドレス云々の話は確かにまだ信じ切れませんが、お吐瀉物様をボコった実力が見られるのはマジ楽しみですの!〝

〝本当にダンジョンをドレス攻略するんですのね……!〝

〝こりゃチャンネル登録しとくしかないですの!〝

〝通知オンにSNSもフォローっと。これで見逃しませんわ!〝



 コメントも最後に大盛り上がり。 

 速攻で攻略配信するという方針はやはり正解だったようだ。


「それでは、本日はこのあたりで。また明日、ダンジョン攻略配信でお会いしましょうですわ。見逃さないよう、よろしければチャンネル登録と通知設定をお願いしますの。それでは、本日は見に来ていただいて本当にありがとうございました。乙カリンですわ~」


〝おつかりんー〝

〝乙かりん~〝

〝乙カリンー〝

〝また明日ですわー〝



「 …………ぶへー、ですわぁ」

 

 そしてカリンは今度こそしっかり配信が切れているのを確認してから大きく息を吐いた。

 瞬間、無意識に張っていた緊張の糸が切れてどっと全身から力が抜ける。


「な、なんとかやりきりましたわ……真冬の言った通り、いやそれ以上に疲弊してますの。けど」


 そのまま泥のように眠ってしまいそうな身体を起こし、カリンは気合いを入れ直す。


「先ほど配信でも言った通り、まだまだわたくしについて半信半疑の方も少なくないですの。明日はとっておきの攻略風景をお見せしませんと!」


 そして「山田カリン」のお優雅さで虜にし、今日来てくれた人の1割でもいいから固定ファンになってもらうのだ。配信者の世界は厳しい。今日はちょっと異常なほど賑わっていたが、それはあくまで一過性の流行りでありカリンの実力とは言いがたい。


 今日の配信はあくまで同業者ボコに関する諸々の言及がメイン。

 そもそもトーク力を売りにしているわけではないので、先ほどまでの配信は事後処理と告知の側面がかなり大きいのだ。


 明日の配信――このチャンネルの本領であるダンジョン攻略でどれだけの人を固定ファンにできるかがキモなのである。


「真冬も応援してくれてますし、わたくし頑張りますわよ!」


 カリンは気合いを入れ直すように声をあげ、明日に備えて紅茶などを準備。

 嫌な汗をしっかり流したあとは疲れを残さないようすぐベッドに潜るのだった。


「それにしても……まだ一過性のものとはいえ、挨拶が帰ってくるというのはこんなに嬉しいものなんですわね」


 電気を消す直前。

 コメント欄に映る様々な表記の「乙カリン」を眺めて自然と頬を緩めながら。

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