リッチ
家の扉を開け、勢いよく中へ突入した。
中には誰もいなかった。
でも、警戒は解かない。
「…」
一歩一歩、慎重に進む。
ベッドの影から敵が飛び出してきた!
私がマチェットを振るい、顔を切り裂く。
相手は一撃で倒れた。
カイナさんはその死体に近づき、血を指で絡めとった。
「な、何をなさってるんですか…?」
「この血を見てください。妙に粘性が高くなっていますよね?」
カイナさんの言う通り、その血は変に粘り気があり、糸を引いていた。
血と言うより、赤い粘液みたいだ。
「本当だ…でも、なぜでしょう?」
「流未歌の力を受けた事で、血の性質も変化したのかもしれません。しかし、これはすなわち…」
「奴らにとっての死刑宣告、だな」
龍神さんがきっぱりと言った。
「それは一体…」
「血が粘液質なのは、再生者…特に流未歌、ラディア、ルベロが率いるアンデッドの特徴だ。この血を持っているということは、奴らは完全にアンデッドになっている」
「…」
「それって…」
私も二ルパさんも言葉を失った。
アンデッド…すなわち不死者になった者の治療はどうやってもできない。
つまり、殺すしかないのだ。
「そういうことだ。まあ俺としては、どの道奴らは殺すつもりだったからあまり関係ないんだが」
彼の言葉には、並々ならぬ殺意が込められていた。
まあ、それはそうだろうけど。
それに、カイナさんが反応した。
「やはり、影喰らいはあなたからしても宿敵なのですか?」
「まあ…な。昔は奴らによく辛酸を舐めさせられたものだ。ただでさえ日々を生きるのが精一杯なのに、奴らのおかげでますますリスクが上がってたんだ」
「なるほど…」
カイナさんは、手のひらに何かを作りだした。
それは、人に近いような不思議なデザインの黒い偶像だった。
「ん…何してんだ?」
「これを受け取ってください。私からあなたへの、せめてもの慰めです」
「…えっと?これは?」
「『護りの偶像』…これさえ持っていれば、全ての種族特効を受けなくなります」
「種族特効を…!?そんなことができるのか?」
「はい。私の異能を持ってすれば、容易な事です」
種族特効とは、その名の通り特定の種族に対してだけ有効な特効。
この世界には対防人、対祈祷師といったようにいくつかの種族特効があり、対象種族に対して行う全ての攻撃の威力や魔法の効果が上がる。
そんな種族への特効を消す、ということは種族そのものを変えるのと同義で、到底実現しない事だ。
だから、私もにわかに驚いた。
「異能?…って…」
と、ここで部屋の奥に敷かれた青いカーペットの上に例のリッチが現れた。
「みなさん、ごきげんよう」
「出たな…!」
「こいつがリッチ…!」
二ルパさんは、ちょっと引き気味だった。
リッチを初めて目の当たりにして、何を思っているのだろう。
「おや、お初にお目にかかる方がおられますね。あなたは…もしや、私の仲間ですか?」
カイナさんは、身震いしながら言った。
「馬鹿を言わないで!私は、あなたなどの同胞ではありません!私は…誇り高き高位の魔女です!」
「魔女?…ならばやはり、私の仲間ではありませんか」
「…!?」
「お分かりになられませんか?私は、かつて魔王だったのですよ」
魔王と聞いて、カイナさんは黙り込んだ。
そして、やがて口を開いた。
「ならば、なおのことここで倒さねばなりませんね。かつて同族であった者として…!」
カイナさんは技を繰り出した。
「鎚技 [銅鑼打ち]」
ハンマーを振りかぶり、勢いよく殴りつける。
リッチは、結界を張って防いだ。
「ふむ…威力はまずまずですね。では、次にそちらのお嬢さんにも披露して頂きましょうか」
リッチは二ルパさんの方を見た。
「…何?あたしがやっていいの?」
「ええ。あなたは、水兵と祈祷師の混血ですね?珍しい者がいたものです…ぜひ、その力をお見せ下さい」
「ああそう…ならいいわよ!」
二ルパさんは、怒るように言った。
「望み通り見せてあげる…闇法 [ナイトメアブルース]!」
黒い霧のようなものが現れ、リッチに襲いかかる。
「…」
リッチはそれを結界で容易く弾いて見せ、怪しげに笑った。
「そこそこと言った所でしょうか。しかし、魔力の密度が低い…どうやら、元来の魔力自体は低いようですね?」
「…!」
自身の魔力が低い事を見抜かれた事に、二ルパさんは驚いていた。
「せっかく祈祷師の血を引いているのに、この程度とは…少しばかり残念です」
「言ったね…?」
二ルパさんはリッチを睨みつけ、本来の武器であるシャベルを取り出した。
それを見て、リッチはまた笑った。
「ほう…?面白いものを持ち出してきましたね。そんなものでどうやって戦うというのですか?」
「これから見せてやるから、心配しないで。…でもさ、まずはそっちの隠し玉どもを全部出してくれる?」
「おや、気づいておりましたか」
「そりゃあね。というか、たぶんあたし達みんな気づいてたと思うよ?」
その通りだ。
私も、なんとなく気づいていた。
ここまでにいなかった影喰らいが、どこにいるのか…。
「であれば、申し訳ないことをしました。いでよ!」
リッチが手を振り上げると、影喰らい達が現れる。
その数は、ゆうに30人はいる。
「どうです?怯えてしまいましたか?」
「そんな訳無いでしょ…こいつらを全員ぶっ飛ばして、あんたもシバいてやる!」
二ルパさんがシャベルを振り上げたのを合図に、戦いが始まった。
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