影喰らい
リィラスを出た後、すぐに森へ向かった。
幸いにも、影喰らい達の所へはこちら側から行ったほうが近い。
「どんな奴らなんだろ…」
「悪い方々ではありませんよ。あくまで防人の仲間ですのでね」
「そうなんですか?」
「ええ。…しかし、それはもはや過去の話。今は流未歌の下僕として、容赦なく襲いかかってくるでしょう。出来ることなら犠牲は出したくありませんが、止むを得ぬこともあるかと…」
「…」
二ルパさんは複雑な表情をしていた。
半分水兵で、半分祈祷師である二ルパさんにとっては、影喰らいは親しい種族だという認識と、天敵だという認識が入り乱れているだろう。
防人は水兵の町にはよく来る異人で、彼らと結婚する水兵も少なくないからだ。
そんな二ルパさんに、カイナさんは語りかけるように言った。
「あなたの心情は、私にはわかりません…でも、とても辛く、複雑であろうことは想像できます。防人は水兵にとって、重要な交流相手ですものね」
「ええ…あたしの知り合いにも、防人の旦那を持ってる水兵が何人もいるんです。あたし自身も、今まで何度も防人と関わってきました。なので、防人を倒す、って言われると、どうしても…」
「そのお気持ちはお察しします。しかし、再生者の力を受けた以上、彼らはあなたの知っている防人ではないのです。辛いですが、アンデッドと戦う者は、心を殺さねばならない時もあるのです」
「その通りだ。相手とどんないきさつがあったとか、どんな種族だったとか、そんな事は忘れろ。アンデッドはあくまで敵、敵は殺すもの。ただ、それだけを考えてればいいんだ」
龍神さんにもそう言われ、二ルパさんは一層複雑そうな表情をした。
数十分もしないうちに、影喰らいの拠点についた。
いつかの白水兵の集落にも似た雰囲気だったけど、それ以上に異様な殺気が漂っている。
そして、なんだか嫌な匂いもする…肉が腐ったような、かすかな匂いが。
「なんだか嫌な匂いがしますね…」
私がそう言うと、龍神さんが感心した。
「ほう…君にもこの匂いがわかるか。これが奴ら特有の匂いだ…吸血鬼狩りは、この匂いで奴らの存在を確認する。覚えとけ」
「はい」
ところで、さっきから影喰らい達は全く姿を見せない。
何かが、おかしい。
「奴ら、全然いないね。何か変じゃない?」
「無論、偶然ではあるまい。どこかに隠れてタイミングを狙ってるか、あるいは…」
龍神さんがそう言った直後、家の影から何かが彼に飛びかかってきた。
それは男の異人だった―短剣を持っていて、龍神さんに斬りかかった。
彼はそれを受け止め、素早く切り返す。
すぐにまた向かってきたそいつに、龍神さんは電撃を浴びせる。
けれど、男は怯んでいないようだった。
「…アレイ!」
彼の声に反応し、私は魔弾を放つ。
男は避けてきたけど、魔弾がかすったことで左腕が凍りついた。
「…よし![シャドウショック]!」
龍神さんはすぐに月の術を使い、自身の影を飛ばして攻撃した。
相手の腕が砕け散った所で、龍神さんは相手の右腕を掴んで投げ落とし、頭から地面に叩きつけた。
そして、その額に刀を突き立てた。
「ふう…危なかった」
「大丈夫?」
「ああ。…こいつらはまさしく俺達の「天敵」でな、油断すると普通にやられる。だから、相手する時は細心の注意を払わないといけないんだ」
「ふーん…もしかして、あたしにも向かってくるのかな?」
「あんただけじゃない…俺達全員に向かってくるさ。なんせ、今の奴らは流未歌の忠実な下僕なんだからな」
「おっそろしいわねえ…」
その直後、二ルパさんの背後から一人の女が飛びかかった。
「…!」
カイナさんがハンマーで女を殴り飛ばした。
「…びっくりした!」
「驚いている暇はありません!来ますよ!」
木に背中を打ち付けた女は、すぐに立ち上がって向かってきた。
二ルパさんは槍を突き出したけど、躱されて掴まれ、押し倒された。
「っ!!」
女は、二ルパさんに馬乗りになると、口を開けた。
…本当に、祈祷師を食べるのか。
「させませんよ!」
カイナさんが再びハンマーを振るう。
その大きさは草刈り鎌ほどだけど、一人の異人を容易く吹っ飛ばす威力があった。
「あ…ありがとうございます!」
二ルパさんは、吹っ飛んだ女を睨みつけた。
「確かに今、あたしを食おうとしてきたね…けど、相手を間違えたわね!」
両手を広げ、二ルパさんは闇の力をまとった。
「闇の力を喰らいなさい…闇法 [破滅の祈り]!」
二ルパさんが手を合わせると、空中に現れた魔法陣から黒い波動が放たれた。
女はそれを避けたけど、波動は女を追尾した。
そして見事命中すると共に、女はバラバラに砕け散った。
「え…何…今の!?」
私は思わず声を上げた。
「『祈り』、魔法種族の専売特許と言える魔法だよ。今のは、相手の体をバラバラに砕け散らせて即死させる闇の祈り」
「そんなのあるんですか…」
私がそう言うと、カイナさんが言った。
「確かに、祈りは有用な魔法です。ですが、即死…それも、こんなむごいやり方で即死させる祈りがあるとは…」
カイナさん、ちょっと引いてる。
「消費はちょっと重いけど、これが一番確実なので。よいしょ…っと」
二ルパさんは持ち歩いてる水筒を取り出し、中身を飲んだ。
「今のが、魔力を回復する薬ですか?」
「…はい。あたしは一度に持てる魔力が少ないし回復も遅いので、魔法を使った後はいつもこうしてるんです」
「なるほど。水兵が水を飲む場面など、滅多に見られませんものね」
「まあ…確かにそうですね。私達は、髪に水分を貯める事ができるので、水を飲むことはあまりないです。まあ、私は人間だった時の名残?で、今でもよく水を飲んでますが」
「そうなのですか。はあ…やはり、あなた方は実に興味深い種族ですわ…いつか、色々と研究させて下さらないかしら」
「え、えーっと…」
すると、龍神さんが入ってきた。
「皇魔女陛下、彼女らはモルモットじゃないんだぜ。探究心豊かなのは結構だが、もう少し節度を持ってくれ」
「…失礼しました。その通りですわね」
そうしてさらに集落の奥へ進み、一際立派な家の前までやってきた。
「ここにヤツがいるっぽいな…」
「ええ…」
影喰らい達を抱き込んだ、あのリッチ。
あいつもきっと、ここにいる。
「いよいよだね…」
「私もお手伝いさせていただきます。我が国を守るために…!」
「ああ…それじゃ、行くぞ…!」
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