闇の術

「俺達は、再生者を倒すために旅をしている。司祭苺から、再生者流未歌に挑むには闇の力が必要だと聞いた。俺達に、闇の術を教えてくれ」

龍神さんがそう言うと、皇魔女…ルナーズさんは言った。

「…あいにくだが、それは出来無い相談だな。純正の闇は、容易く術師自身の心身を蝕む代物だ。並の異人が、そんな簡単に使いこなせるようなもんじゃあない」


「…お願いします、皇魔女さん!この人達は、あたし達の恩人で、希望でもあるんです!

それか、せめてあたしに闇の術を教えてください!あたしは祈祷師と水兵の混血なので、それくらいは!」

二ルパさんがそう言うと、ルナーズさんは、

「あなたの恩人だとか、そんな事はあたしは知らないね!てか、祈祷師との混血って…それこそ闇に呑まれかねないじゃないの!」

と、怒るように言った。


「はあ…!?てか、さっきから何なの?口調をコロコロ変えて…多重人格者か何かなの!?」


「興奮しないで下さい。彼女はあなたそのものです」

カイナさんは、二ルパさんをなだめるように言った。

「えっ…どういうことですか…?」


「ルナーズは闇を追い求め、闇に溶け込んだ魔女。そしてその人格は、深い闇そのもの。他者に対しては、その姿を写し出す鏡となります」


意味がわからない…と思っていたら、ルナーズさんはカイナさんの方を向いた。

「おや、カイナ。久しぶりですね。あなたまで来るとは、どういった風の吹き回しです?」


「ルナーズ。彼らは再生者を全て倒すために旅をしている者達です。彼らが流未歌を倒すためにも、どうか彼らに闇の術を教えてあげて下さい」


「そうだとして、なぜあなたがここに来る必要があるのです?おおかた、他に目的が…あるんでしょ?」


「実は、我が国の近くの森に住んでいる影喰らいが、流未歌の下僕となったようでして。彼らを洗脳したのは、流未歌自身ではなく奴の部下なのですが、奴はおそらく、自身の力を耐性も含めて部下に与えている。故に、あなたの…闇の力が、必要なのです」


「あなたも知っているでしょう?さっきも言った通り、闇の力というものは…そんな軽い気持ちで使えるシロモノじゃないぜ」


「彼らは既に3人の再生者を倒しています。あなたもそれは知っているでしょう?」


すると、ルナーズさんは黙った。

「この者たちは、私達と同等かそれ以上の力を有しています…肉体的にも、精神的にも。闇の術を扱う資格は十分にあるでしょう」


「けどさ、この人たちも心の闇を克服できてないか、かつて闇に呑まれた異人でしょ?あなたの言う通り、資格はあるかもしれませんが、彼らが、自らが扱う闇に呑まれないという保証は…あるのかよ?」


「あら、わからないのですか?彼女…アレイさんは、生の始祖の末裔。陰陽師の血を引く者であり、忌まわしい再生者の力を少なからず受けている者。そんな環境にありながら、彼女は今の今まで闇に呑まれなかった。そのことは、あなたも知っているはずです。

それだけでも、十分な証明になると思うのですが?」


「…」

ルナーズさんは、再び黙った。

「再生者流未歌のまとう風は、悪の風。

氷と風を跳ね返し、闇に弱いという性質を持っています。しかし…普通の闇術では、奴に傷を負わせる事は叶わないのよね。それを破るには、純度の高い闇の術が必要だ。

純度の高い闇は、それだけ心身を蝕みます。…彼らが、闇に呑まれなければいいんだけどね。それだけが心配ですわ」


「ふふ、はっきり言いなさい。彼は、曖昧な事の理解は苦手なのですよ」

龍神さんは「え、なんでわかるんだ?」と困惑し、カイナさんはうふふ、と微笑んだ。

「ならばはっきり言わせてもらう。あたしは、彼らに闇の術を教える」


「…本当ですか!」


「あなた達のこれまでの働き…私も伺っています。いずれここに来ることも…正直、予想はしてたのよね。ただ、こんなに早く来るとは思わなかった。…俺としては、5人か6人くらい再生者をぶっ飛ばしたあたりで来るんじゃないかなー、なんて思ってたんだけどな。まあいい。…楽しみね。あんた達は、どこまでついてこれるかな?」

それに対して、二ルパさんは挑戦的な笑いを浮かべた。

「やってやりますよ…あたし達の力を、しかとご覧に入れましょう」




それから、カイナさんにも見守ってもらいながら、私達の闇術の修行が始まった。

始まった…のだけど、それはただひたすらに闇の魔導書を使って闇魔法を使い続けるというもので、正直言って予想外だった。

魔法の修行と言えば、普通は基本的な知識を身につけるための読書や、魔力を制御するための訓練をするものだと思うのだけど。


それについて聞いたら、「あなた達の魔力は十分だから、とにかく何度も実際に使って扱いに慣れるのみ」とのことだったけど、正直よくわからない。


「[マゥル]!」


まあ、おかげで魔導書を使うタイプの闇魔法の名前は大体覚えられた。

基本的なものは初級が「ダーク」、中級が「ネクロス」、上級が「ヴィシャス」、超上級が「アヴィース」。

何かしらの追加効果や特殊効果があるものは、魔力を多めに使う代わりに基本威力が高い「マゥル」、相手の魔法防御力を下げる「ヘル」、魔力を多く使うけど、込めた魔力の二倍の威力が基本になる「トワイライト」、使用者が受けた傷が多いほど威力が上がる「トラジェ」。

そして、基本威力は低めだけど、相手の耐性や魔法防御力を完全に無視できる「カオス」。

他にもあるとは思うけど、とりあえず今教わっているのはこのくらいだ。


「[ヴィシャス]!」

今もまた、二ルパさんが魔導書を使った所だ。

「ふう…」

二ルパさんはため息をつき、小さな容器を取り出して中の液体を飲む。

二ルパさんは元々の魔力が少ないので、自家製の薬を持ち歩き、魔力を使ったらこまめにそれを飲んで、魔力が枯渇する事がないようにしているらしい。


その一連の様子を、ルナーズさんはカイナさんと向かい合って椅子に座り、紅茶を飲みながら見守っていた。

「いい感じだね。やっぱり、あんたは呪海人…祈祷師の血が混じった水兵なのですね」


「ええ…魔力は少ないですけど、これでも闇への適性はありますから!」


「君の才は確かなようだな。あとは、闇に心を支配されない事を…願うばかりですわ」


「…十分に気をつけます」


そして、ルナーズさんは次に私を見てきた。

「アレイさん」


「はい…」


「あなたの実力も、なかなかのものです。そっちの彼と並んで、優秀だと思う。まだ始めて3日なのに、上級の魔法も使えてるんだもの…あなた達が、我が城の専属術師希望者だったら、よかったのになあ…」


「え、えへへ…」

私は、変な笑いを浮かべた。



その日の午前中には、修行は終わった。

なんでも、私達はルナーズさんの予想以上に優秀だったらしい。


「ルナーズ。これでもう、彼らはいいのですね?」


「はい。彼らは私の予想以上に優秀でした。もうこれ以上、あたしが教える事はないよ。それに、あなたの言う通り、これだけの精神力があるなら、闇に呑まれる事もなさそうですわ。

あなた達が身に着けた闇の力…それをもってすれば、流未歌の部下…いや、奴自身を倒すことも容易なはずだ。行ってこい」


「ありがとうございます」

私は、カイナさんと共に深く礼をした。

もちろん二ルパさんも。

龍神さんは…見様見真似でだけど、礼をした。


「私は、大したことはしていません。将来有望な者に、花を咲かせるための施しを…したに過ぎないんだから。さあ、行って。

…もう10時だな。俺は疲れた、少しばかり寝かせてもらうぜ…」


そして、ルナーズさんは消えた。


「今の時間から昼寝ですか…」

二ルパさんは、ちょっと驚いてるみたいだ。

「彼女は本来、闇の存在…昼間はあまり元気がなく、寝ていることの方が多いのですよ」


「…じゃ、あたし達のために昼も無理して起きて…。

なんか、申し訳ないな」


「そう思うなら、あんたも仕事をきっちりこなさなきゃだな」

龍神さんの言葉を聞いて、二ルパさんは、

「そうだね。…よし、じゃあ行こっか!」

と、力強く言った。


  □


二ルパ・ヴィル


レークの水兵の一人。年齢は19歳。


ものを過去、あるいは未来の姿にできる「[今昔]」の異能を持つ。


剣や弓などの武器ではなくシャベルをメインに扱う、魔力の基礎量が少ないために自家製の薬を常に持ち歩き、随時それを飲んでいる、など変わった点も多いが、スタイルの良さからレークの水兵の中では人気はある方。


厳密には水兵ではなく海の祈祷師(マリンシャーマン、祈祷師と海人の混血種族)。




ルナーズ


闇の属性と[虚無]の異能を持ち、魔導王国リィラスを治める皇魔女。


本人格を表に出さず、相手の口調を鏡に映したように模倣して話す。


常にフードを被り、服装も露出が少ないためミステリアスな雰囲気を漂わせているが、その素顔は美しい肌と顔立ちの美女そのものであると言われている。


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