第11話 道程




「…………」


「……」


 長く巨大な沈黙が鈴鹿と琴巴ことはとの間に横たわっていた。

 まるで大雨で雨以外の音が聞こえなくなるかのように、2人の沈黙の分だけその他の雑音や環境音などがやけに鋭敏に強調されていると感じられた。


「あの……」


「気安く話しかけないでください。前に親しく話そうとしていたのも何かの間違いだと思っていただければ」


「とは言っても、まともにコミュニケーションも取れないと任務にも支障をきたすでしょうし、それに……」


「……職務上の会話については善処します」


 取りつく島もないと言ったところであろうか。鈴鹿が話しかけても琴巴は返答の様子を見せず無表情を貫いており、何をしても一蹴されてしまう有様だった。


 時刻は正午を回った頃。2人は現在、【夷力災害いりょくさいがい】の調査及び現地にて発生したえみし討伐の任務を遂行するため、ある街に赴いていた。

 その街とは、鈴鹿の家や学校を含む東京郊外の一角であり、2人は目的地へと向けて、街の駅前を歩いていた。

 

「何故私があなたと共に任務へいかなければならないのでしょうか」


 はあ。と浅い溜め息を会話の頭に置いて、琴巴は現在の状況が心底不服であることを表明するが、少し前を歩く彼女の顔は確認し難かった。

 さらに午後のまだ日の落ちていない時間ということもあって、人が多く雑踏がやけにうるさく聞こえた。


「それは僕も聞きたいです」


 普通に会話するだけの余地すら2人の間にはないことを感じた鈴鹿は、琴巴への対抗の意を含ませたやや投げやりな態度で応答する。

 とは思ったものの、鈴鹿には今まで"普通に"他者とコミュニケーションができた試しがないことは当の本人が最も理解しているところだった。それができていれば、鈴鹿は多くの大切な人々に恵まれていただろう。


「……長官の考えてることは私たちには理解し得ません」


「あの人、長と仰がれてる割には奔放そうですもんね」


「ええ。困ったことに。」


 先ほどからあからさまに鈴鹿を敬遠する言動を見せながらも、田村麻呂の行動認識については概ね共感できる部分が多いのか、首を縦に振った。


「とは言っても、今回の任務は本当に僕たち2人だけなんですか? 仮にも僕は要注意人物として徹底的に管理下に置かれるものと思ってたんですが」


「長官のことなのであり得なくもないですが、それは無いと思います。恐らく船坂が近くに来ているか、長官に見られています」

 

「なるほど……それは良い趣味してますね」


 確かに田村麻呂が行っていることとして納得することに易く、鈴鹿はそれを揶揄するように、しかし極めて明るい口調で言った。


「長官は私たちの仲を取り持たせたいのでしょうが、そうはいきません。種別【怪夷】でたかだか【3夷階】のなんてことない討伐任務です。手短に終わらせます」


「だといいんですけど、それどう考えてもフラグですよね」


「……」


 今回の任務とその目的を語る琴巴と、それに対して指摘を加える鈴鹿であったが、彼女は何の反応を示すこともなかった。その表情はピエロか着ぐるみか。まるでとってつけた様な生気のない無機質なものだった。


 そもそも、何故2人で任務に来ているかと言われれば、田村麻呂から任務を受けた数時間前に遡ることになる。


 





「自分が何者かを調べるその第一歩として、鈴鹿くんと樋口くんの2人には一緒に任務に行ってもらいたい」


 鈴鹿が半夷であることを知らされ、琴巴と鈴鹿の2人は英雄の名を冠する者であり、その名前を究明するようにと通達を受けたその時のこと。

 田村麻呂は先ほどの話の言葉尻をつかって、任務の内容を鈴鹿たちに告げた。


「……それは命令ですか?」


「命令ではなかったらどうするつもりだい?」


 琴巴は声量と感情を押し殺しながらも、田村麻呂に対して強かに抵抗を試みるが、田村麻呂は挑発的な口調で琴巴を試すように切り返した。


「お断りさせていただきます」


「おい、樋口。気持ちはわかるが……」


 琴巴は田村麻呂の返答に臆することなく、自身の考えを端的に述べる。その視線は一糸乱れることなく田村麻呂を捉えていた。


「……そっか。だけど残念だな。鈴鹿くんとは結構仲良くできると思ったんだけど……」


「私もそう思いましたが、その可能性は限りなくゼロになりました」


「ゼロって……マジですか……」


「マジもなにも私がこの手のことで冗談を言う気はありません」


「…………」


 正直、鈴鹿は甘く考えていた節が多くあるのかもしれない。ルイの件は差し置いても、もともと異端的であった自分を受け入れてもらえる場所は同じく異端的なところのではないかと。


 少なくとも、船坂という人物には初対面から嫌悪感や敵対心にも似た負の感情を向けられていることは知っていたが、琴巴には打ち解けられる雰囲気を感じていた。

 それだけに、夷伐者もとい人間と夷との対立は底の見えない谷の様に深いものなのだろうと思った。

 


 

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運命の人から求婚されたら、なぜか能力バトルに巻き込まれた話 夜凪惰 らく @Abel-eiberu

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