第97話 それから

 それからユエ達は急ぎ迷宮を後にした。

 厄災の討伐に成功したことで目標は達成されたものの、負傷者が多いこともあって帰還に時間がかかると予想されたからだ。

 滞在日数にはまだ余裕があるものの、何が起こるか分からない迷宮内で悠長に構えていることなど出来はしない。魔術による回復など応急処置程度にしかならないし、急ぎ地上へと戻るべきだというのがアルスの決定であった。


 レイリの亡骸はその場に埋葬してゆくことになった。

 如何に彼等といえど、80階層という深い階層から、満身創痍の状態で余計な荷物を連れ帰ることなど出来ないからだ。


 アニタはただ静かに頬を濡らすだけであった。

 彼女とて一流の探索士だ。心情は別にしても、物言わぬレイリを背負って帰ることなど出来ないことを理解していた。幾つかの装備を形見代わり持ち帰り、皆に続くようそっとその場を後にした。


 道中のペースは予想していた通りに低下し、地上に戻るまでにはたっぷり4日が必要であった。一行が地上の門を潜り探索士協会へと戻った時、時刻はすっかり夜になっていた。

 恐らくは一行が出発してから今日まで、何時戻って来ても良いように交代で待っていてくれたのだろう。既に誰も居なくなった受付では、ナナがうつらうつらと船を漕いでいた。


 一行の帰還に気づいた彼女は、随分と帰還が遅くなったことで大層心配していたらしく、涙を流しぐしゃぐしゃの顔でユエに抱きついて喜びを露にした。

 そうしてナナが何処かへと連絡を入れたかと思えば、ものの十分ほどで支部長のラギエルも協会へと飛び込んできた。

 彼もまた一行の帰還を喜び、労い、そして一人欠けていることに気づき、顔を歪めて静かに頭を下げた。支部長であるラギエルとて、レイリという探索士の損失は非常に大きなものだっただろう。


 ほぼほぼ全員が満身創痍だったこともあり、それを見たナナが真っ先に治療の手配を行ってくれた。ユエのパーティーはそれほど負傷していなかったが、アニタやイーナ、アクラ達の怪我は、直ちに命の危険に直結するようなものではないにしても、放置しておいて良いような怪我ではなかった。


 結局、詳細の報告等は全て後回しにされ、先ずは各々身体の回復を優先することに決まった。アルス達は負傷した二人とアニタに付き添い、そのまま協会内の仮眠室を借りて休むことに。比較的軽傷であったユエ達は郊外の自宅へと戻ることにした。今回はいつもと違い、ノルンも着いてくるようだ。どうやら気になっていることがあるらしい。


 そうして疲労で重くなった身体を引きずり、工房兼自宅へと戻ったユエ達を待っていたのはシロの熱い抱擁だった。エイルを生贄に捧げることでシロの突進を回避した三人は、漸くといった様子でソファへともたれかかり一息つくことが出来たのだった。


 そうしてたっぷり十分以上。

 まるで遊び疲れて旅行から戻った子供のように、ソファでぐったりと疲れ果てたユエが漸く声を発した。


「・・・で、何故おぬしがここにおるんじゃ?」


 胡乱げに問いかけるのは自らの頭上。

 ユエの頭の上には、随分と愛らしい見た目をした小さな毛玉が鎮座していた。


「何故、と言われてもな。奴を滅ぼした今、あの場であれ以上の魔素は回収出来んからだ」


 そう、あのフロアに到達した時、ソルが見ていた二本の魔素の流れ。

 一本は言うまでもなく狼型の歪魔、ユエ達が戦った厄災のものであった。そしてもう一本の魔素の流れ、その先に居たのがどうやらこの偉そうな九尾狐のものであったらしい。


 下層から帰る道すがら、ユエ達は既にその素性を聞いていた。

 曰く、この九尾狐はユエ達が初めて出会った厄災、数ヶ月前に死闘を繰り広げた地竜もどきの生まれ変わりであるらしい。


 否、生まれ変わりと言うと語弊がある。

 元々厄災とは滅びることが無く、倒したとしても肉体が死ぬだけである。その魂は次の肉体へと乗り替わり、再び活動を開始する。九尾狐から聞かされたその話は、キリエから聞かされた話とも合致していた。

 聞かされた時は大層驚いたユエ達であったが、帰還に全力を注いでいたためにその時は深く気にすることは無かった。


 しかしその厄災のうちの一体が、自らの頭の上に乗っているどころか自宅まで着いてきていた。


「以前の器とは違い、今回は随分と矮小な器に宿ってしまったのでな。故にあのままあそこに居ては効率良く魔素を吸収出来ん。というか歪魔に襲われて死ぬ」


「・・・」


「そこで貴様だ。わしに付いていれば楽に魔素を集められそうだからな」


 ユエはキリエの話を思い出す。

 彼女は言っていた。厄災とは魔素を溜め込む生態を持ち、十分に集まったところで破壊を齎す生き物であると。つまり頭の上のこと小さな毛玉は、爆発するまえの時限爆弾のようなものである。非常に剣呑である。

 とはいえ現在はほぼ無力であるし、先の戦闘では随分と役に立っていた。細かい感情や事情を無視すれば、このまま飼育するのも悪くないのでは、などとユエは考えていた。


「まぁ暫く手を貸してやるのも吝かではないぞ」


「・・・偉そうじゃのう」


 結局、今回の探索では大きな被害が出た。

 レイリというイサヴェルにとっても重要な探索士を失い、彼のパーティーがこの先どうなるかは未だ不明だ。そうでなくともアルス達数人は暫くまともに活動も出来ないだろう。そしてユエにとっては非常に重要な武器である宵はへし折れている。


 一方、得たものといえば迷宮内の異変解消だけである。

 強いて言えば非常に危険な一匹の小動物が付いてきたくらいのもので、あとは例のフロアに転がっていた謎の鉱石がいくつかといったところだ。

 前者に関しては現在頭の上で偉そうにしているので割愛するとしても、後者に関してはなんとも言いづらい成果である。


 ユエやソルは当然として、ノルンやアルスですら見たことのない、全く未知の鉱石だという。詳細は理解らず、名前はおろか成分や特性までもが未知数。

 そんなものに値段がつくとは思えず、やはり成果と言うには些か微妙すぎた。


 畢竟、ユエからすれば今回の探索は骨折り損のくたびれ儲けといった印象が強い。

 明日からの事情聴取や報告といった面倒な事後処理も考えれば、疲れ果てた身体が更に重く感じられるようであった。


「お姉様、これからどうなさいますか?」


 流石というべきか、疲れた様子をまるで表に出さないソルがユエへと問いかける。

 考えることは多い。近頃は多くの事が起こりすぎた。

 キリエの来訪や厄災との戦い。折れた主力武器や偉そうな厄災もどき。

 考えれば考えるほど、思考の迷路に迷い込みそうで。


「んぉおおおお!!なんもわからん!とりあえず今日は寝る!!」


 面倒になったユエはひとまず考えることを止めた。そういってユエは服を脱ぎ散らかし、毛玉を引き連れて風呂へと突撃していった。


「・・・色々と。これから大変になりそうですね」


「そうですね・・・ですが、一先ずやることは決まりましたね」


 珍しく疲弊した様子のノルンに、ソルがそう答えた。


「おや。ユエさんの様子では、思考を諦めていたように見えましたが・・・聞かせてもらっても?」


 ノルンがソルに問いかける。


「お風呂です」


 そう言うと、ソルもまた足早に風呂場へと突撃していった。ユエのように服を脱ぎ散らかす等と言ったことは無く、何時の間にか自らと義姉の分の着替えを小脇に抱えていた。


「・・・ふむ。邪魔をすると怒られそうですね」


 見た目通り、どうやら彼女が疲れているのは本当だったらしい。そう言ってノルンはソファに背中を預け、そっと目を閉じた。

 家の外では、エイルの叫び声が夜の闇に響き渡っていた。

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おにエル~鬼娘が斬ってエルフが咲う話~ しけもく @shikeshike

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