♯21 赦されざる司祭と、彼が操る異形たちに立ち向かった


 シロの協力により無事降り立つことが出来た甲板デッキの上をグルリと見渡すと、人影はほとんど見当たらなかった。

 どうやら敵はみんな、『幽霊船長』を恐れて海に飛び込んでくれたようだ。良かった。余計な争いをせずに済む。


 実を言うと、ここがどういう世界か知ったときに――そしてルーナを必ず家族のもとへ送り届けると決めたときに、ボクは必要なら人殺しだって辞さないと決めたのだけれど、出来れば無益な殺生はしたくない。


「……ま、人殺しだって辞さないとアッサリ決められちゃう時点で、やっぱりボクはどこか壊れてるんだろうけれど」


 どれだけ自分は凡夫ぼんぷだ凡夫だ言い張って、偽ろうとしても、真実は誤魔化しようがないよね……。

 本当は最初からわかってたんだよ。こっちに来る前からさ。ボクはどこかおかしいって。壊れてるって。


 そうでもなきゃ、仕事でもないのに、赤の他人を救うために何度も何度も、躊躇ちゅうちょなく、自分の命をしたりはしないだろう。

 横断歩道を渡ろうとしていたお婆さんを居眠り運転のトラックから助たり、地震のせいで落ちてきた看板から登校中の男の子を庇ったり、木に登って降りられなくなっていた猫を助けようとして引っ掻かれ自分が落っこちたりはしないんじゃないかな。


 一度や二度なら、そういうこともある――命を賭した行動を取ることもあるかもしれないけれど。何年もの間、月一の頻度でそういうトラブルに関わり、簡単におのが命を賭しちゃうのって、傍目はためには異常だよね(そんなトラブルに月一で遭遇している時点で異常だろ、という気もするけれど)。


 従妹アズサの奴が、ボクのそんな無茶な行動を目撃するたび『いい加減にしろ!』って怒って、ボクにチョークスリーパーをかましてきたのも、今思えば仕方ないことだったんだろうな……。

 ………………。

 仕方ないことだった……のかな? 女の子がチョークスリーパーってどうなんだろ……。


 まあ、それはともかく。


「ボクが壊れてしまったのは、たぶん、あのヒトが死んでしまったあの日なんだろうなぁ……」


 でも……うん。

 たぶん、こういうどこか壊れている人間のほうが、ここで生き残れる可能性が高いだろうから――ルーナを家族のもとへ無事送り届けられる可能性が高いだろうから。

 まあ、結果オーライということにしておこう。


 ……こういうふうにアッサリ割り切れちゃうところがまた壊れてる証拠なんだろうけれど……。


「ぶっちゃけ壊れてるって意味じゃ、叔父さんとかのほうがよっぽど壊れてた気がしなくもないしね」


 あのヒトは神主のくせに悪党ならば未成年だろうが女性だろうが躊躇なく半殺しに出来るその精神も中々にアレだったけれど(暴走族を全員病院送りにしたり)、それ以上にぶっ壊れていたのはその身体的能力だ。神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>の技の中には『いやそれ人間をヤメてないと絶対出来んやろ』というモノがいくつかあって、ボクはそれらをとうとう習得できずに終わったのだけれど、叔父さんは普通に使っていた。


 一例を挙げると屋内において床と天井と壁を忍者みたいに一足飛びで何度も跳ねまわり、立体的な動きで敵を攪乱かくらんしてから、死角より必殺の手刀をぶちかます『烽火連天ほうかれんてん』という技があるのだけれど……出来るかあんなん。漫画じゃねーんだぞ。普通の人間は、床を蹴って跳んだその脚で天井に着地して今度は壁に向かって跳んでそしてまた天井へ次は床へ以下ランダムって、そんな立体機動を出来るような身体の構造つくりはしてねーんだよ。サーカスの団員だって無理だよ。むしろなんで叔父さんは出来たんだよ。百歩譲って出来るのはまあいいとしても、それをボクに無理矢理習得させようと猛特訓を課すのはヤメてほしかった……。


 ……って、昔日せきじつを懐かしんでいる場合じゃなかった。




「き……貴様、何者だ⁉ まさか本当にあの『幽霊船長』だとでもいうのか⁉」




 船上に残っていた唯一の人間――顔に青痣あおあざを作ったあの司祭が、建物一階ぶんくらい高くなっている船尾楼甲板クォーターデッキからこちらを見下ろし、誰何すいかを発してくる。

 見れば彼の背後にはあの大きな女神像が屹立きつりつしていて、どうもその正体は大きな檻だったらしく、あの赤みがかった金髪ストロベリーブロンドの女の子の他にも十人以上のヒトたちがとらわれているのが見えた。


「ふむ……」


 察するに、彼らもまた<魔女>とその身内なのだろう。

<秩序管理教団>が布教した身勝手な教義の被害者たち……。

 全員ボクを見て怯えているようだ。

 まあ、当然の反応か。まさか『幽霊船長』が自分たちの味方だとは思うまい。


 あの赤みがかった金髪ストロベリーブロンドの女の子が、今のボクを見てどう感じているのかは……正直、よくわからない。少なくとも他の面々のように取り乱してはいないようだ。胸元に手を当てて、ジッとこちらを見つめている。


 司祭の問い掛けにボクは答えない。答える必要も、義理も無い。牢屋に囚われているヒトたちを解放するため、ゆっくりを進める。


「答える気は無いか……。いいだろう、化け物には化け物だ!」


 ……ん?

 司祭が法衣の袖から何かを取り出した?


 あれは……ハンドベル?

 あのとき彼が持っていたモノはボクが踏み潰して壊したはず。同じモノがもうひとつあったのか?


 いや、今度のは色が金色じゃなく銀色だし(あかい紋様が鐘の表面に描かれているのは一緒だけど)、こころなしかあのときのモノよりも大きいような……。



 ジャリィィィィィィ……ン――



 鐘の音もどこか重く、寒々しいし……って、これは⁉



 ザ……ザザザ……、ザパァ、ザパァ……、ビシャッ、ビシャッ――



「――さあ! 神の御使みつかいたちよ! そこの背徳者を排除するのだ!」


 気が付けばボクは、海中から甲板デッキへ這い上がってきた十匹ほどの異形に囲まれていた。

 シーラカンスをリアルタッチで強引に擬人化したような半魚人――『深きものども』に。


 これは……。どういうことだ?

 ツバキの話によれば、コイツらにはほとんど知性が無く、人間を見れば無条件に襲わずにはいられない絡繰カラクリ人形のようなモノだったはず。

 食うワケでも犯すワケでもないのに、本能で人間を襲い、殺さずにはいられない人間の天敵――それがコイツらのはずだ。

 なのに……。


「……何故アンタがコイツらを従えている?」


 流石に看過できず、司祭に向けて問い掛ける。


 ボクがまとっている全身防護服メタルジャケットは、つばブリムが幅広い帽子と、コートの長い襟の間の僅かな隙間すら、蒼色の水晶クリスタルのようなカメラ兼モニターでふさがっている。そのため、ボクが発した声は当然くぐもったモノになるワケで……。


「ハッハッハッ!」


 司祭はこちらの正体に気付くことなく、呑気のんき哄笑こうしょうを上げていた(ちなみにあの赤みがかった金髪ストロベリーブロンドの女の子は、ボクのくぐもった声を聞いてピクリと肩を震わせたように見えた)。


「冥途の土産に教えてやろう」


 司祭はそう言って、手にしていたハンドベルを高々と掲げてみせる。


教母きょうぼ様よりたまわりしこの神器には、神の御使いを意のままに操るチカラがあるのだ! 大昔の海賊の亡霊ごときに神の御使いはたおせんぞ!」


 ……教母?


「教母……。ああ、ナンチャラって呼ばれているナントカっていう女のことね」

「<秩序の母>! ナイア様だ! 貴様、せめてどっちかくらい憶えておけ! 無礼だぞ!」


 なんでアンタにそんな指図されなきゃならんの……。

 ていうか、


「神器? だっけ? なんでアンタたちの教母がそんなモノを持っているんだ?」

「ハッ! 決まっているだろう! あの御方は神の代弁者だからだ! そしてあの御方の意により動いている私は正義の代行者なのだよ!」


 神の代弁者……正義の代行者ねえ……。


「ふーん……。で、アンタにはこの気味悪い半魚人どもが神の御使いに見えるワケ?」

「人智を超えた存在というモノは、ヒトの目には異質に映るモノなのだよ。彼らの異質さの奥にある神々しさが理解できないのなら、それは貴様の魂魄タマシイけがれている証拠だ」


 ……えー……。


「でもアンタ、さっきコイツらのこと化け物呼ばわりしてなかった?」

「幻聴だ」


 嘘つけ。おもいっきり『化け物には化け物だ!』とか言ってたやろ。


「つーか、神の御使いを人間が勝手に操っていいの?」

「教母様が神より許しを得ている。その証の神器だ」


 ふーん。胡散うさん臭っ。

 ……まあ、どうもいいけれど。


 ボクは握り拳を作った右手を脇の横に引き絞り、代わりに左の掌をまっすぐ前に突き出した構えを取りながら、ジリジリと包囲網を狭めてくる半魚人どもを順繰りに見遣みやって告げる。


「――んじゃあまあ、試してみようか。神の御使いと『幽霊船長』、果たしてどっちが強いのか」

「ハッハッハッ! あのワケわからん格闘術を使う妖怪じみた強さの小僧ならばともかく、海賊の亡霊ごときに神の御使いが斃せるとでも⁉」


 ……あの。その『ワケわからん格闘術を使う妖怪じみた強さの小僧』って、もしかしてボクのことですか?

 だからあれはあの連中の自滅みたいなモンだって言ったじゃん……。

 え、てか待って。アンタの中じゃ、『幽霊船長』よりもボクのほうが妖怪っぽいって認識なの?

 だから、もう夜が来る寸前だったにもかかわらず出航したの? 万が一にも『ワケわからん格闘術を使う妖怪じみた強さの小僧』に帆船ふねを襲撃されることがないように?

 ………………マジで?

 ちょっとだけ『変身』を解除して『じゃーん、正体はボクでしたー』ってやってみたくなっちゃったじゃん……。

 いやまあ、やらんけど。いろいろと台無しになるし。


「……試せばわかるさ。斃せるか、斃せないかは」

「海賊の亡霊ごときが……面白い! いいだろう、相手をしてやる。――やれ!」


 そう言って司祭がもう一度ハンドベルを鳴らす。



 ギョィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!



 半魚人どもの咆哮、金属同士をこすり合わせたような不快な金切り声が、開戦の合図となった。


 ボクは最初に飛び掛かってきた半魚人の長く展開した爪を、掌でパンとはじく。

 そして相手の右腕を掴み、じり上げ、脇腹に肘鉄ひじてつを叩き込んで、怯んだ相手を一本背負いの要領でぶん投げた。


神威かむい体現闘法たいげんとうほう漁火いさりびけん>――」


 最後に、仰向けになった半魚人の眉間みけんにトドメの一撃を叩き込む。


「――『星火燎原せいかりょうげん』!」


 こう! とボクの右拳が閃光を放つ。

 直後、相手のからだに燃え移ったうずみびのような蒼白い残り火が爆発的燃焼を起こして、異形を炎の柱で包み消し飛ばした。


「…………あ…………?」


 哄笑をピタリと止め、青白い炎の柱を茫然と見上げる司祭。


 彼だけでなく、他の半魚人たちや檻の中に囚われているヒトたちもみな等しく、『何が起こったのかわからない』という面持ちでこちらを見つめていた。


「な……なんだ今のは⁉ 神の御使いをほふるだと……⁉ 『幽霊船長』はただの海賊の亡霊ではないのか⁉ 貴様の目的はいったいなんなのだ⁉」

「アンタの言うとおり、『幽霊船長』は海賊の亡霊だ。……女好きの、ね」


 ボクは留紺とまりこんのコートの裾を爆風でバタバタとはためかせつつ、船尾楼甲板クォーターデッキで慌てふためく司祭へ腕組みをしながら告げた。


「だから、女はすべて奪うことにしてる。仙女だろうが――<魔女>だろうがね」


 さあ来い、正義の代行者と神の御使いども。『幽霊船長』が相手をしよう。



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