第11話 アーカンソー川での密約

 私は「時の加護者」アカネ。

 私とシエラは未だにルカの暴走を止められずにいた。イギリスのコッツウォルズでは、寸前だった。あの時、爆発するルカの悲痛な叫びと自分たちの足りなさを痛感したのだ。それは情報力だ。ルカのいる土地に行っても彼をピンスポでとらえる情報さえあれば、助け出し異世界へ送り返すことが出来るのだ。


——アメリカ・オクラホマ州 タルサ—


 『シエラ、また失敗した.. きっと多くの人が死んだんだ』


 「 ..そうですね」


 『あの炎に焼き尽くされると魂まで灰になるって、どういうことかは正直わからない。だけど、それは悲しい事なんだ』


 「 ..僕の身体は死という状態になってもアカネ様がいる限り蘇ります。でも、もし僕の魂が灰になって、アカネ様と会えなくなるとしたら、僕の胸は張り裂けるように悲しいです」


 『シエラ、私も悲しいよ』


 タルサの町に流れるアーカンソー川の鉄橋の上で川に映る月を見ながら、ルカを捕らえられずに、犠牲者が増えるこの現状に打ちのめされていた。


 何か確実な一手が欲しい..


 [ —言葉がわかるなら、どうか逃げないで欲しい ]


 橋に立つ男が話しかけてきた。


 「アカネ様、どうしますか? 」


 男の顔に見覚えがあった。数刻前に私たちを捕らえようとしていた特殊部隊を率いていた男だ。


 『何の用か聞いて』

 「何の用だ」


 「よかった。話すチャンスをくれたことに感謝する。私の名はラズウェル。私が率いる部隊はあなたの事を『White And Moon』からWAM(ワム)と呼んでいる。ワムよ、あなたはなぜいつもテロ現場にいるのだ。この際、あなたの人智を越えた力は別にいい。あなたが敵ではないと言うのならば、目的は何なのだ」


 『私たちは.. これ以上の爆発による被害者を出したくない。それを止めるために来ただけだ』


 「だが.. 失敗している。というところだな」


 ラズウェルにはっきりと言われてしまった。


 「私たちもそうだ。あいつは神出鬼没だ。そしてあの炎は普通ではない。奴をとらえても先刻のように施設ごと燃やされてしまう。あいつはまるで悪魔だ」


 『悪魔.... それは違う。私たちは彼の涙を見たよ』


 イギリスのコッツウォルズ.. あと一歩だった。あの三世の邪眼を現世でも使う事が出来たならば、彼の爆発に間に合ったはずなのだ。あの時、今までにない大きな爆発に私たちは身を引かざるを得なかった。そして、爆発する直前に、私たちは少年の叫びと涙を見たのだ。


 —誰か、僕を消滅させてくれ。もうやさしい魂をこれ以上燃やしたくない—


 ルカ自身がどうしようもない現状に苦しんでいる、悲しんでいる。彼が引き起こしている現状は悪魔のような事だけど、彼の心が悪魔だということではない。


 「ワムよ、あなたは彼を処分する事はできるのか? 」


 『処分? そんなことしないわ。私たちは彼を元の居場所に戻すだけ』


 「でも実際、エジプト、アフリカ、イギリス、そしてアメリカ。あなたは彼を捕らえるのに失敗しているだろ。あなたが現れるのはいつも爆発が起きた後の月の下だ。  私は思うのだが.. もしかしたらあなたは場所の特定に手間取っているのではないのか? 」


 『 .... 』


 「もしそれならば、私たちはお互いに協力することができるかもしれない」


 『 え? 』


 そうだ、そう言えば、なぜ私たちを、しかも鉄橋の上にいる私たちを見つける事が出来たのか。『情報力』だ。この男は世界を網羅できる諜報力を扱う事が出来るのだ。


 『 ..わかった。協力してもいい。だけど、ラズウェルさん、あなたの目的は何? まさか、ただの親切心ではないのでしょう? 』


 「ああ、この爆発が各国に被害をもたらしているこの現状、テロ事件を防げていないというのは、西側諸国にとっては、とても頭が痛い状況だ。何が何でも早く解決したい問題なのだ」

 

 『でも、私たちはルカを渡さないよ。さっきも言ったようにルカを元の世界に戻すんだ。それでは、あなた方にとっては解決にならないのでは? 』


 「我々はこの爆破テロが終息すればそれでいいのだ。その後の解決策ならいくらでも用意できる」


 一瞬、ラズウェルは瞳の奥に冷ややかな淀みを見せた。


 『 ..なるほどね。わかったわ。私たちはルカを連れ戻せればそれでいい。あなた達は爆破テロが終息すればいい。互いのメリットが重なるわけね』


 「そういうことだ。ただこれは一部隊隊長の私の独断で動いている。その事だけは承知してくれ」


 『うん、わかった』


 「じゃ、連絡用としてこれを持っていてくれ。これを持っていれば地球上のどこにいても通信できる」


 ラズウェルの手の上には耳にはめるタイプの小型通信機があった。


 『はははは。そんなもの持ち歩いてたら、私の家や学校が特定されちゃうじゃん。連絡は私があなたの所へ直接現れるわ』


 私は敢えて人の眼では認識できない速さで彼の横に移動した。


 突風でラズウェルの短い横別けが少し乱れた。

 

 普通の人間ならば、突然、真横に現れた私たちに声をあげて驚くだろうが、さすが特殊部隊の隊長といったところだ。ラズウェルは眉をわずかに動かす程度だった。


 『これを持っていて』


 私は自分の輝く白い髪の毛を一本引き抜くとラズウェルに持たせた。


 「 ..髪の毛? 」


 これまでの経験からして、ラズウェルに持たせた私の毛髪を目指し「時の狭間」の出口を作ることは可能なはずだ。


 こうしてWhite And Moon(ワム)の名を持つ私は、ラズウェルと秘密の協定を結ぶ事で、アメリカ合衆国国家安全保障局(NSA)の情報を手中にすることが可能になったのだ。

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