第10話 三世の邪眼

 私は「時の加護者」アカネ。

 とりあえずは魔人たちの名前を知ることはできた。憤怒のローキ、闇炎のルカ、静謐のダリ、天空のジャク、慈愛のドルヂェと呼ばれているらしい。ローキの強さから言ってひとりひとりの能力は高そうだ。だが、ローキはまだ何かを隠していそうだった。


—現世 茜の世界—


 魔人ルカの魔素は日増しに強くなっていくようだった。


 時には塵導明(じんどみょう)による魔素の分散に関係なく暴走が始まり、多くの人々が闇の炎の犠牲になってしまった。


 今やいつ始まるかもわからない魔素の暴走に、シエラは異世界に帰ることなく私の身体で過ごしている。


 シエラはこの世界の文明には驚いていたが、さして興味を示さなかった。これは異世界の惑星テラが文明に執着しないようにとリミットをかけているからだ。


 だが、食べ物については、それには当てはまらないようだ。


 特にスイーツ類に関しては、かなりの愛を感じる。闘神とはいえ基本が女の子だもんね。一度芽生えた欲求は、学校の小テストの最中でも、抑える事が出来ない。


 『茜様、僕、またあの「クレープ」って奴を食べてみたいのです。あっ、でも、あの食堂で見た「ぱっふぇ」っていうのもおいしかったですよね。 ..そういえば、昨夜、テレビがしゃべっていた「チョコホンデ」ってのもおいしそうでしたよね』


 「わかった、わかった『チョコフォンデュ』ね。今度、食べさせてあげるから、少し黙っててくれないかな? テスト中なんだよ」


 「こらっ! 一ノ瀬、テスト中に独り言をするな。集中しなさい!」


 クラス中にクスクスと笑われてしまった。


 『 ..あ、すいません。僕のせいで.. 』


 「( ..いいよ。今日はDerry‘sのキャラメルパンケーキでも食べにいこう)」


 『ほんとうに!! やったぁっ!』


 「だから、少し黙っていてちょうだいね」


——そしてその夜の事だった。


 『アカネ様、起きてください。アカネ様』


 「なに.. どうしたの? 」


 『魔人の魔素の気配が大きくなっています』


 「まだ新月から3日しか経っていないよ」


 『取り敢えず向かいましょう』


 いつものように「時の狭間」を開くと私の部屋が真っ白いキャンバス上の線画となった。シエラがトパーズの力を解放すると、私の髪は白くなり自分の脚や手も色白に変化する。


 すると突然、「時の狭間」内に声が響いた。


 [  —アカネ様、アカネ様  ]


 その場から飛びのき、気配がする方を見やると、線画がひとつ書き加えられていく。


 それはスーツを着た老人ローキの姿だった。


 [ アカネ様、お呼び止めしてすいません ]


 『ローキなの? どうやってここへ』


 [ 私も少々時空間魔法を使用できます。それの応用で私の念を飛ばしております ]


 「ローキ、アカネ様と僕は忙しいんだ。用があるなら早く言ってくれ」


 [ はい。実は私の3世の邪眼にルカの姿を捕らえる事が出来ました ]


 『本当!? ルカはどこにいるの』


 [ この「時の狭間」なら私の邪眼をお貸しできます。よろしいでしょうか ]


 『うん。いいよね、シエラ』


 「はい」


 [ 『レクタリズ』 ]


 短い詠唱を唱えると、私の右目にローキの邪眼が宿った。


 そこに映し出されたのはブラウンのパーカーにカーキ色のジョブパンツを履いたルカの姿だった。


 彼は慌てて教会から飛び出し、月明り射す森の道を走っている。


 何かを叫んでいるようだ..


 [ アカネ様、出口を作ってください。今なら近くに行けます。早くしてください! ]


 『シエラも気配を探れる?』


 「はい、大丈夫です。今度こそ捕まえましょう」


 右手の時計の回転が止まると、線画で描かれた教会に色が塗られていく。


 そこはイギリス・コッツウォルズの田舎町にある小さな教会前だった。


 「時の狭間」から出ると私の邪眼は効力をなくしてしまった。


 仕方がない。そこからは自力で探すしかなかった。


 しかし、私たちは、またしても間に合わず失敗に終わってしまった。


 ルカを前にした時、彼の悲痛の叫びと涙を見た。そしてその凄まじい力を内包する爆発に指をくわえてみている事しかできなかったのだ。


 私の耳には彼の叫びがいつまでも消えずに残っていた。


 ——誰か、僕を消滅させてくれ。もうやさしい魂をこれ以上燃やしたくない——


 ローキの邪眼のような能力で彼を直ぐに察知で来たなら間に合ったはず。


 私たちに足りないのは情報収集能力なのかもしれない。


 だが、その問題が私たちとある男を引き合わせることになったのだ。

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