第4話 侵略開始なの

トントントン―

包丁がまな板を小気味よく跳ねる音が響く。

鍋はとろ火に掛けられコトコト揺れていた。


「…あっ、味見するの忘れてたの! …うん。塩加減ばっちりなの」


「そしたら、刻んだネギと生姜をいれて……」


コンコンパカッ

カシャカシャ


「溶き卵をぐるりと回し入れ…なの」


「蓋をしてしばらくまてば……」


「そう、大正解なの!お粥の出来あがり…って、おにいちゃんっ?!」


「いつからいたの? びっくりしたの! そんなことより! まだ寝てなきゃだめなの」


「え? なんで私がここにいるかって? おにいちゃんってば、私とホログラム通信中に倒れたの。だから私いてもたってもいられなくなっちゃって…その…おにいちゃんの家に来ちゃったの」


「鍵…? 鍵はこじ開けたの! はいこれドアノブ」


「もしかして…迷惑だった…?」


「ほんと? えへへ、来てよかったの」 


「…じゃなくて! おにいちゃん寝てなきゃだめなの。お熱がまだ下がってないの」


「気のせいじゃないの! もう、おでこ出してなの」


「…ほらなの。やっぱり、まだアツアツなの」


「それに…顔もさっきより真っ赤になってるの! た、大変なの!」


「え? これは違う? 私の顔が近すぎて恥ずかしかった? 普通は手で熱を計る…? はわ、はわわ!」


「地球のことはまだ勉強中なの。知らなくてもしょうがないの。そ、そもそも、おでこの熱を計るならおでこ同士で計らないと比較検討できないの!!」


「つまりこれは私の星ではただの医療行為…圧倒的にセーフなの」


「なっ…私の顔も赤い? そ、それは、気のせいなの」


「ん? お粥食べたい? そうそう、それがいいの! さぁさぁおにいちゃんはベッドで待っているの」


お粥が鍋から茶碗に盛られている。しばらくするとスリッパがパタパタと後を追いかけてきた。


「おにいちゃん、お待たせなの」


「ふぅ〜ふぅ〜…はいっ、なの」


「自分で食べられる? もう、遠慮しなくていいの。病人は黙ってあーんされとくの」


「ほら、あーん、なの」


「んふふ。こういうの昔から憧れだったの。まるで恋人同士…な、なんでもないの」


「そんなことより、お味は、お味はどうなの?」


「美味しい…けど味が薄い?! しょんなはずないの! 私ちゃんと味見したの。ちょっと待ってなの。スプーン持ってくるの」


「このスプーンを使えばいい? そ、そのスプーンはおにいちゃんが口をつけたやつなの。だ、だから、その、そんなのハレンチなの! 間接ちゅうになっちゃうの!」


「おにいちゃんとは嫌とかじゃなくて…だって、まだおにいちゃんの気持ちも聞いてないし…じゃあ…おにいちゃんは私と間接ちゅうしてもいいの?」


「別に構わない? でも…だって……赤ちゃんできちゃうかも…! なの」


「む! なんで笑ってるの! 私は真面目にお話してるのぉ」


「できるわけない? 間接とはいえ、ちゅうはちゅうなの。絶対大丈夫なんてありえないの」


「私、ちゃんと知ってるの。だって『伍長ちゃん』に聞いたもん。ちゅうすると赤ちゃん出来ちゃうの!」


「まさかおにいちゃんが赤ちゃんの作り方を知らないとは思わなかったの。鳥さんが運んでくるわけじゃないの。それはファンタジーなの。そんなだと、知らないうちにパパになっちゃいそうで、私心配なの」


「そういうわけでスプーン持ってくるからちょっと待っててなの」


パタパタパタ…

…パタパタパタ


「ついでにりんごも持ってきたの。かわいいでしょ。うさぎさんなの」


「どれどれなの…うん…やっぱり塩加減はちょうど良いの。おにいちゃんの体調が悪いから味が薄く感じるの。早く食べておねんねしなきゃなの」


「はい、あーん…なの」


「あーん」


「りんごのうさぎさんもあーん…」


「おいちぃ? んふふ」


「ん、この服? そうなの。おにいちゃんの服をちょっとお借りしたの」


「だって、軍服で買い出しにいったら地球人がじろじろ見てきたの。あやうく宇宙軍の『元帥ちゃん』だってバレるところだったの。バレたら侵略計画が水の泡なの」


「だから地球に馴染むためにまずは形からなの。おにいちゃんの服で練習なの」


「地球人の服ってとっても着心地がいいの。地球を侵略した暁には、私の星にも導入したいの」


「それに地球の服は着てると不思議とほっとするの。優しく包まれてるような…たぶんこの匂いがリラックス効果をもたらしてるの。すんすん」


「ふん。やっぱりいい匂いなの。あれ?」


「おにいちゃんからも同じ匂いがするの。すんすん…なんか、ちょっと、私、変なの。腰がジンジンしてきたの」


「こんなに近づいたら病気がうつる? 別におにいちゃんの病気ならうつってもいいの…な、なんでもないの」


「もしも私が病気になったら、今度はおにいちゃんに看病してもらうからいいの」


「軍で一番偉いんだから誰でも面倒見てくれるだろって? それはそうなの…だけど部下たちに私の弱ってる姿を見せたくないの」


「そりゃ、私だって弱気になるときくらいあるの。いったい私をなんだと思ってるの。枕が涙でびちゃびちゃになる日だってあるのぉ」


「そういうときは『伍長ちゃん』に相談にのってもらうの。彼女は私と同じ年なのに人生経験豊富なの。だけど『伍長ちゃん』には彼氏がいるからあんまり私ばかりに構ってられないの」


「『伍長ちゃん』はね、彼氏にぎゅってしてもらって頭をなでなでしてもらうと、どんなに疲れてても悩んでても元気になるらしいの」


「いいこと思いついたの! おにいちゃん、私にお礼をしてほしいの」


「看病したお・れ・い! おにいちゃんが元気になったら、今度私が弱ってるときに、ぎゅってして頭をなでなでしてほしいの」


「そんなんでいいのかって…てことは、いいの? いいのね? やったーなの」


「じゃあ約束なの。んふふ。私早く弱らないかなぁなの」


「んふふ。想像するだけでなんだか元気になってきたの。ぎゅっしてなでなでの効果は絶大なの。医療班に今度教えてあげるの」


「そうなの! 私がおにいちゃんにぎゅっしてなでなでしてあげるの」


「医療班も実例があった方が納得しやすいの。地球人のデータでも意味があるかは分からないけど…まぁいいの」


『元帥ちゃん』の重さが加わったベッドが軋んだ。


「はい、おにいちゃん♪ 胸に頭を埋めるの」


「まずは、ぎゅっ」


「どうなの。元気でてきそうなの?」


「え、我慢してる? なんで我慢するの。我慢しなくていいの」


「じゃあ、次は頭なでなでなの」


「よしよしいい子なの。おにいちゃんはいつも頑張ってるの。私ちゃんと分かってるの」


『元帥ちゃん』の吐息が耳に掛かる。


「不器用で、人から誤解されちゃうこともよくあるけど、ほんとは繊細で、優しくて、思いやりがあって…」


「おにいちゃんの良さを分からない人もいるかもだけど、私はちゃんと分かってるの。いい子いい子…そんなおにいちゃんのこと…私は大好きなの」


耳元でリップ音がなる。


「はっ! い、今のはエアちゅうだからセーフなの!!」


「…危うくおにいちゃんにちゅうしそうになって我ながらびっくりしたの…な、なんでもないの」


「え、私、おにいちゃんのこと大好きって言ってたの? 気、気のせいなの。記憶がないの! 途中から頭がぼーっとしてきてなんか、口が勝手に…」


「おにいちゃん心臓がバクバクしてるの! え、私の心臓もバクバクしてる?!」


「きっと、ぎゅっしてなでなでの副作用なの! これはちょっと危険な医療行為だったの。軍の医療班にはおすすめできないの」


「やっぱり体調が悪いときは消化に良いものを食べて早く寝るが鉄板なの。だから、おにいちゃん早く寝るの!」


「もちろん私もこのベッドで寝るの。だってベッド1つしかないの。それに私も心臓がバクバクしてきて、なんだか病気になったみたいなの」


「きっとおにいちゃんの病気がうつっちゃったの…おそろいちょっとうれしいの…」


「とにかくなの。今日はもう寝るの。そして明日には元気になって、またいろいろ教えてもらわなきゃなの」


「地球のことももちろんそうだけど…」


「おにいちゃんのことをもっといろいろ教えてほしいの。私決めたの。地球侵略の前に、まずはおにいちゃんを侵略するの! だから、これからよろしくなの♡」

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地球侵略プロローグ イツミキトテカ @itsumiki

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